外科医用語で浦島太郎を読んでみた

昔むかし、ある地域中核病院の近くに、患者さんの話をすぐに遮らないことで有名な優しい浦島太郎先生という外科のチューベンがいました。

ある日の緊急ラパアッペを終えた後、浦島先生がストレッチャーを押しながら病理室を通りがかると、研修医たちが大きな亀の検体を整理しています。

「おやおや、ちゃんとリンパ節は掘ったのかい。かわいそうに、逃がしておやり」

「いやだよ、僕のエルステの検体なんだもの。ちゃんと掘って、臨床外科学会に演題を出すんだ」

見ると亀さんはホルマリンの涙を流しながら、レベルは良さそうに浦島先生を見ています。「JCS1-1だな」と思った浦島先生はボッテガの財布から万券を3枚出すと、「これでエルステ会をやりなさい」と言いました。

「浦島先生、あざーす!」

こうして浦島先生は亀さんを受け取りました。

「亀さん、お名前をフルネームでお願いします」

「亀です」

「生年月日をお願いします」

「千年前です」

「はい、OKです」

浦島先生は患者取り違えがないことを確認してから、

「じゃあ亀さん、もう切除されるんじゃないよ」

と、亀さんを海へENTしてやりました。

さて、それから数日後に船で次の症例のCTを再構築して絵を描いていると、海の中から亀さんがドレナージされて顔を出しました。

「緊急オペなんですが、竜宮城13ルーム入室してもいいですか?外出許可証は書きますんで」

「OK、ちょっとハルンしてくるから麻酔かかったら院内ピッチで呼んで」

麻酔科部長とオペ室婦長の許可をもらった浦島先生は、製薬会社のMRさんからもらった日付入りのタクチケを使って竜宮城に現着しました。「ベタだけど、オメガのシーマスターでやっぱりよかったな」

竜宮城の一番上には、『竜宮城総合医療センター』と看板があり、城の前はバスターミナルになっていました。

5階のオペ室に行き、やはり自分のネームバンドでダブルチェックをしてから入室しました。

入るとそこは、ふんわりと葉加瀬太郎のCDが流れており、「情熱大陸かよ」と思わずひとりごちてしまいました。

室温は感染対策チームのいい仕事のおかげでうっすらと汗ばむほどあったかく26度に設定され、部屋にはタイやヒラメやマイクロやCアームも準備されていました。出血したときのためにERBEまで置いてあり、浦島先生は「あとは輸血ルートとAライン取ってもらえば完璧だな」とオペ看に聞こえるように独り言を言いました。

「ようこそ浦島先生。私が外科の乙姫です。」

「部活、なんでした?」

「バレーでした」

「私もです。東医体で試合してそうですね」

すっかり二人は意気投合しました。

「浦島先生、手洗いして前立ちしてもらえます?」

「当然です。二助手います?」

「レジデントがいます」

浦島先生はすっかり乙姫先生とのPDに没頭し、ICVの再建を終え気づいたら入室から3日が経っていました。ネックレスをした麻酔科医は、いつものようにタオルを羽織って寝ていました。オペ看は10回以上食事休憩に入っており、気づいたら元の器械出しに戻っていました。

週末は日当直の外勤があることを思い出した浦島先生は、ヒヤリハットしてついに閉創を決心します。

「ガーゼカウント問題なしなら、皮膚、縫っちゃってもらってていいですか?すみません、バイトなので」

「すみません。あと全部やっときます」

「まあ寝当直なんですが」

「そうですか。今度オペ後にぜひエッセン行きましょう」

「うちのレジにも声かけときます」

乙姫先生はお土産に、「抄録集」と書かれた冊子を浦島先生に手交しました。

「あ、きまりで患者さんからは受け取れないことになってまして」

「私からならエヌピーじゃないですか」

「逆に、実際そうですね」

「実際、手が足りなくてオペが回らない時、これを開けて下さい」

退室した浦島先生は、タクチケを使って地上に帰室ました。

「おや?わずか1件のオペで、ずいぶん病棟ナースが変わったな」

気づけばカルテも紙ベースから電子カルテになっており、レントゲンもフィルムレスのデジタル化していました。自分の母を探しましたが、認めません。

「あれ、エントラッセンしたのかな?」

近くで検温していたナースに「浦島の家はどこですか、ディスオリエンテーションしました」と聞くと、

「浦島さんですか?病棟はどちらですか?」

「いやちょっとわかんないんだけど」

「すみません、個人情報なので教えられないんです」

とリークしてくれません。

カンファ室を見つけたので、ホワイトボードを見ると今日もトタールD2とローアンテD3が縦で入っています。「マジか、手が足りねえな」

そう思った浦島先生は、2-0絹糸で外科結紮されていた「抄録集」をクーパー剪刀で切って鼠径管を開放しました。すると、もうもうと白い煙が上がり、硝酸銀で疣贅を焼灼したときのようなにおいがしました。

「サチュレーション下がっちゃうよ!」

結語ですが、浦島先生はおじいさんになってしまいましたとさ。

おしまい。

※この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とはいっさいの関係がありません。

※用語が気になる人のために、解説バージョンも作りました。

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