ポコ

南の島、温泉、雪景色、見知らぬ街、船旅が好きな、セミリタイア6年目の元サラリーマンです…

ポコ

南の島、温泉、雪景色、見知らぬ街、船旅が好きな、セミリタイア6年目の元サラリーマンです。 大切な記憶が色あせないうちに書きとめておきたくて、noteを始めました。

最近の記事

シール

初めて彼女の家にあがったのは高校3年の時だった。とても緊張していたが、母親の優しい笑顔にホッとした。 生まれて初めて立ち入る女性の部屋は、古い木造の2階にあった。6畳間だった。昭和の木の香りがした。絨毯が敷かれ、壁は茶色の木目合板だった。 棚にはかわいいぬいぐるみが並んでいて、いかにも女の子の部屋といった雰囲気だ。学習机もあった。昭和のころに流行ったスチール製、クリーム色の机だった。 しばらくすると彼女は「飲み物をとってくるね」と言って階下に降りて行った。あらため

    • 潮騒

      三島由紀夫の潮騒を初めて読んだのは、となりの席の女生徒に淡い恋心が芽生えていた頃だった。 そのせいであろう。憧憬の念を抱きながらページをめくった記憶がある。歌島の港、灯台、八代神社、とりわけ監的哨の場面であることは言うまでもない。 あれから47年、ようやく島を訪れる機会を得た。 「歌島は人口千四百、周囲一里に充たない小島である。歌島に眺めのもっとも美しい場所が二つある。一つは島の頂きちかく、北西にむかって建てられた八代神社である。」 伊良湖から小船でたどりつい

      • 伊豆の踊子

        道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた。 伊豆の踊子の書き出しである。 ふと思い立って天城峠を歩いてみた。 両側から路を覆う樹々はすっかり色づき、足元からは落ち葉をふむサクッサクッという音が心地よく聞こえてくる。晩秋の昼下がり、人影のない坂道をゆっくりと登っていった。 私の眼には二十メートルほど先を行く、旅芸人の一団が映っていた。何やら談笑しながら歩いている。何を話しているのだろうか

        • じーじが孫に甘いわけ

          土曜の朝、小学校に上がったばかりの息子が、サッカーボールを胸に抱えて私の部屋にやってきた。仕事で疲れていた私は、ベッドに横たわったまま寝たふりをした。 日曜の朝、バドミントンを持った息子がやってきた。薄目を開けると、寂しげに去っていく後ろ姿があった。 「ねーパパ、あそぼ」と耳元でささやく声。待ち続けた週末だから、一緒に遊んでほしかったことだろう。 でも、疲れた私を気遣って、揺り起こすようなことはしなかった。その小さな胸には、大きな葛藤があったに違いない。 20

        シール

          レンゲ畑

          父が突然「レンゲを見に行こう」と言った。幼い私には何のことだかさっぱりわからない。でも、どこかに連れて行ってもらえるようなので、喜んでついて行った。 古く薄汚れたディーゼル車は、ガーという大きなうなり音をあげながら加速する。その加速を緩めたとき、一瞬の静寂の中に、カタンコトンというリズミカルな音だけが残る。大きく揺れるたびに、つり革が一斉に網棚に当たった。黒光りする木の床には、油のにおいがしみついていた。 窓の景色が少しずつ里山へと変わっていく。見知らぬ駅に降り立った

          レンゲ畑

          娘が生まれた朝

          社員旅行で訪れた温泉旅館のフロントから呼出しを受けた。午後7時。宴会が始まる直前のことであった。「奥様が切迫流産で入院することになりました。今すぐ病院に来られますか?」という内容だった。何のことだかさっぱり分からない。安定期に入り、母子ともに順調だったのに。 上司と幹事に事情を話し、すぐにタクシーを呼んだ。暗く細い道を右に左に揺られながら最寄り駅に向かった。事情を知らない運転手がしきりに世間話を持ちかけてくる。ずっと上の空だった。 幸いなことに最終列車に駆け込むことが

          娘が生まれた朝

          雑木林

          週末の午後、父はたいてい机に向かって勉強をしていた。難しそうな法律の本をずっと読み続けている。私はその背中を見ながらいつも待っていた。 「キャッチボールしようか」 その一言に心が踊った。 小走りにグローブとボールを取りに行った。そしてお気に入りの野球帽をかぶり、玄関で父を待った。 当時の家は武蔵野の雑木林の中にあった。松の木が生い茂る林の一本道。そこがグランドがわりだった。人も車もめったに来ない。道の両側が笹の葉に覆われているので、ボールを取りそこなうと探すのが大変

          スーパーカブ

          夏の夕暮れ時にスーパーカブを見かけると、ふと思い出すことがある。 四国に住む祖父に会ったのは十数回しかない。新幹線が新大阪止まりで、そこから急行列車、連絡船を乗り継いでようやく到着する時代だ。いたしかたない。 小学3年生のころだったろうか、祖父の家にあった自転車にまたがって、時間を持て余していた私に、「海を見に行こうか」と物静かな祖父が声をかけてくれた。うれしかった。 私は自転車、祖父は愛用のスーパーカブ。いざ出かけようとすると、燃料が残りわずかだったようだ。「ガ

          スーパーカブ

          ひぐらし

          「パパはビール。なっちゃんと隼人はヤクルトね」 娘が満面の笑顔でビールを差し出した。 晩夏の週末。夕暮れ時になると、ひぐらしの声が遠く聞こえてくる。それが出発の合図だ。5歳の娘と2歳の息子をともなって、決まって散歩に出かけた。 飲み物を口にしたり、道端の虫や草花を観察したりしながら坂道を下った。いつもはヤクルトを一気飲みする子どもたちだが、散歩のときは少しずつ口にする。私のビールの飲み方をまねしているのだろう。ときどき私を見上げては、愛らしい笑顔を見せてくれた。 まだ

          ひぐらし

          分かれ道

          高校生の頃、僕は男子校に通っていた。彼女は女子高。ある私鉄の終着駅が、二つの学校の最寄りだった。 7時35分発の電車の前から2両目、最後方のドア近辺が定位置だった。二人並んでつり革につかまり、窓の外を眺めながら電車に揺られた。いつも黙ったまま。目を合わせることはなかった。 改札を出ると、北にまっすぐ伸びる道を並んで歩いた。二人きりになると、僕らは堰を切ったように、いろいろな話をした。他愛もない話題なのに、いつも笑顔が絶えなかった。 駅から10分くらいのところにある十字路

          分かれ道

          雪国

          「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」 若い頃に読んだ「雪国」は理解不能だった。今あらためて読んでみても謎だらけ。 現地に行ってみれば何かわかるかも・・・ と思い、越後湯沢に降り立った。 少しは自分なりの解釈ができるようになったような気がする。 ポケットには文庫本、スマホ、そして青春18きっぷだけ。こんな旅もいい。

          大切なもの

          この子はお金というものを知らない。家も車も持ってない。 所持品はこの4つのおもちゃだけ。 でも、このとおりいつもご機嫌だ。 人は本来、なーんにも持っていなくたって幸せなんだ・・・ と、生後2か月の乳呑児に教えられた。

          大切なもの

          名前

          双子の孫が生まれる前、息子夫婦に「名前はもう決めたの?」と三度聞いた。「まだちゃんと考えてなーい」「迷っているのよねー」「なかなか決まらないんだー」という返事だった。 夏休みの宿題にギリギリまで手を付けないタイプの息子だ。相変わらずだなぁと思った。 初めて孫に対面した日、男の子の名前が「〇〇〇真」だと知らされた。 私の名前は「〇〇真〇」。 驚きと喜びで心拍数が急上昇した。息子が自分の子どもに、父の名の一字を授けたのだ。 本当はかなり前から決めていたのであろう。初対

          貸家にしていた元自宅の入居者が引っ越して行った。ここ数日、6年分の汚れや傷みを自分で補修している。 作業の合間に、昔そうしていたように畳に寝ころがってみた。ウトウトしてしまった。 団地から引っ越してきたとき、私は3歳の娘に「好きなだけ飛び跳ねていいよ」と言った。「本当にピョンピョンしていいの?」と母親を振り返って確認する娘。弾けるような笑顔だった。 家の中でかくれんぼもした。掘りごたつは絶好の隠れ場所になった。 枕もとにクリスマスプレゼントを見つけ、一刻を争うように包

          旅はまだ終わらない

          始めて外国に行ったのは41年前。グアムだった。以来、今までに29か国にお邪魔させてもらった。 行く先々での記憶は尽きることがない。当時はインスタなんてなかったので、紙切れに記録していた。 どこを歩いたか、誰と出会ったか、何に心打たれたか・・・ いつの日か年老いて自由に旅することができない日がおとずれたら、この紙切れを眺めては、遠い記憶に浸る日々をすごしたいと思っている。 そんな紙切れの締めくくりはいつも同じ言葉だ。 ”旅はまだ終わらない・・・” 中島みゆきの「ヘッ

          旅はまだ終わらない

          サウサンプトン

          船旅が好きだ。 とは言っても豪華客船で旅する身分ではないので長距離フェリー。日本国内には14の長距離フェリー航路がある。今までに三分の二くらいは乗ってきただろうか。 今回は2021年7月1日に就航したばかりの東京九州フェリーで、新門司から横須賀に向かっている。 飛行機なら一瞬なのだが、遠く水平線を見ながら考え事をしたり、読書したり、のんびり過ごしたりするひと時に、この上ない幸せを感じる。 そんな船旅が始まるとき、デッキから桟橋を見おろしながら必ず行う儀式がある。 サ

          サウサンプトン