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恋に生きたあの頃のように

私は10代の頃、ほとんどを恋する乙女として過ごした。

それは今思うととても素晴らしい期間だったと言える。

中学2年生の時、私は白く輝く人を見つけた、それが初恋の人 O君だった。

その日から、地獄のような学生生活が一変して、薔薇色になったのだ。

私は勉強なんてそっちのけで、O君に会う為だけに生きることにした。

O君とは別のクラスなので、休み時間が最大のチャンス、私は一人だってへっちゃらで校内をあちこち巡り、O君の姿を探しまわった。

交友関係が広い親友に打ち明けて、O君の情報を集めてもらい、私のO君への片想いは加速していった。

O君の家を突き止めてどんなおうちなのか?偵察に行ったこともある(完全なストーカー行為かも💦)。

そんなヤバいこともやってしまえる自分が、何故か誇らしくもあった。

O君に校内でばったり会った場合、私はギャーヽ(;゚;Д;゚;; )ギャァァァと奇声を発して逃げまどう、非常におかしな人物に成り下がるのだった。

そんな変なヤツの私に、O君は常にポーカーフェイスで、動じることなくスルーしてくれた。

プレゼントや手紙を用意して、親友にO君を呼び出してもらい、人気の無い場所でそれを渡す、O君は全く表情を変えず、冷静に一言「手作りのプレゼントはもらえない、手紙はもらっておく」と言う。

その言葉に私はショックを受けながらも、内心でギャーヽ(;゚;Д;゚;; )ギャァァァ!カッコエエ!めちゃめちゃ大好き♡♡そんな冷たいところがたまらなく好き~!!となるのだった。

そしてその日の夜、実質上フラれた訳なので、私は悲劇のヒロインに成りきり、切ない恋心を歌うアイドルの曲を聴きながら号泣する、そして数時間寝て 目を覚ますと、又々私の恋心が復活して、O君は手紙は受け取ってくれたから、まだ望みはあるよね!と都合良く思い込み、元気に学校へ向かうのだった。

私は恋する期間、とても明るい性格になっていたように思う。

O君について語らせたら、めちゃくちゃ饒舌になり、友達が呆れるくらい熱く語れた。

友達が口を揃えて言う「あんな色白な男子のどこがええの?ホンマに理解できへんわ」と。

それを言われるのがたまらなく嬉しかった。

そうでしょうとも!!私だけがO君を好きなんだもん!と優越感に浸り、他の誰もO君を恋する対象にしていないことが、私の自己肯定感を爆上げしてくれた。

学生の頃の恋する乙女に戻った私で、こうして記事を書いてみると、私は友達に共感してもらえない恋を、心から楽しみ 幸せに感じていたことが分かる。

私は今現在56歳、そして生まれてきて良かったと思えるほどの最愛の人に恋をしている。

その人は中国の俳優でモデルもされている 茅子俊さん。

私よりも19歳も年下で、常識的に言えば、身の程知らずの叶わぬ片想いに過ぎない。

でもだからこそ、一生をかけてこの恋の行方を見守っていきたいという、好奇心を抑えられない私がいる。

だって私は知ってしまったから。

この見えている世界が、私の思い込みが映像化した鏡の世界で、全てが私を映し出した自作自演の一人芝居の舞台なのだと。

だとするなら、茅子俊さんも私だ。

ここに私は物凄く興味がある。

この先 茅子俊さんと私の展開はどうなるんだろう!?私は生まれる前にどんなシナリオにしておいたのだろう?ア~楽しみ~♪ワクワクするなぁ、とポジティブに捉える私。

そして時々、いやいやそんなん片想いで終わるに決まってるやん!そういうもんやろ?と諦めモードの私が顔を出す。

私は以前の私では無い。

悲壮感 絶望感 は随分と小さくなり、安心感や幸福感が増してきている。

中学2年から高校3年にかけて、O君を想う為だけに生きていた恋する乙女の私、その頃の一途な純粋な私に戻って、茅子俊さんだけを見つめて無償の愛のエネルギーを送り続ける。



ここまで読んでくださって感謝します。

幸せをありがとうございます✴️







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