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社会的ネットワークで人々の健康はつながっている

医療機関に受診する人は、社会的ネットワークを通じて他の人々とつながっている。
このため、患者に行われる医療介入は、その人への健康影響とは別に、その人とつながっている他の人々の健康にも意図しない影響を与える可能性がある[1]。

例えば、保護者の精神疾患(例:うつ病や統合失調症)を治療することで、保護者が子どもを診療所に受診させることが可能となるケースはあるだろう。
これにより、その子供は必要な健診やワクチン接種をうけられるようになる。その結果、子どもの発達や成長における問題を検出する機会が増え、感染症の重症化リスクが低減し、場合によっては命が救われるかもしれない。

同様に、高齢者における大腿骨頭置換や脳卒中の予防は、その人が配偶者をより良く介護できるようになり、その結果、配偶者の健康が改善されるかもしれない。
肥満のある人が減量に成功すれば、その人の友人も減量に成功するかもしれない。

とある終末期の患者に優れたターミナルケアを提供することで、その患者や家族が死にまつわるストレスが減り、その結果、残された配偶者が死別の際に感じるストレスが減るかもしれない[2-5]。

このように、医療者が患者に行われる医療的な介入は、その患者だけでなく、その人がつながっている人々にも影響を与えることが予測される。
このような健康への付随的な影響が他人に及ぶことを、社会科学者は「外部性(externality)」と呼んでいるようだが、医療分野でも「(健康上の)外部性」を考える必要があるだろう。

しかし、このような「外部性」という間接的な効果は、予期せぬ結果をもたらす可能性もある。
例えば、喫煙やそれに伴う合併症(心筋梗塞)を防ぐことは、個人の健康の観点からは明らかに望ましいことである。しかし、その人が合併症を起こすことで、その人が関係する他の人々が自らの健康習慣を改善する動機となる未来が待ち受けていた場合、合併症を予防してしまうことで他の人々の健康習慣の改善の契機を見送ってしまうかもしれない。

社会的あるいは公衆衛生的な観点からも「健康の外部性」を少し考察してみよう。
もし医療政策上の介入が健康上でプラスの効果を含み、費用へマイナスの効果を含むなら、医療の費用対効果の評価は大きく変わるかもしれない。
この場合、コストとベネフィット・リスクを考えるような研究者や政策立案者は、社会的につながりのある人(例えば配偶者)に価値を見出すかもしれない。
なぜなら、そのような人たちの利益の総和は相加的ではなく、相乗的であるかもしれないからである。

例えば、片方の配偶者が慢性疾患を早期発見されると、もう片方の配偶者の受診の動機付けとなり、同じあるいは異なる慢性疾患の早期発見を促す可能性がある。

健康の社会的つながりは配偶者だけではなく、友人あるいはマスメディアでも存在する。
ある人が健康的なライフスタイルを心がける、つまり運動や禁煙をすることで、その人の友人が同じような行動を取るようになるかもしれない。
逆に、肥満、アルコール依存症、薬物依存症、自殺、うつ病など、仲間から仲間へと広がっていくような負の連鎖があるかもしれない[6]

また、ある有名人女性が乳癌になるとニュースで報道され、そのニュースをみた一般人女性は自身の乳がんを心配しマンモグラフィーを受ける契機になることがある。
このようなニュースは、多くの人々にがん検診を受けさせたり、特定の治療法を選択させたりする動機付けとなる可能性があるし[7, 8]、逆に過剰な受診を招き、本来は不要な検査・処置を誘発する可能性すらある。

このように社会的ネットワークにおける影響は、患者とその社会的に関係する人々の双方において、正である場合もあれば負である場合もある。このため、患者や医療者だけでなく、政策立案者も、さらにいうとマスメディアも、治療法を選択する際、医療政策を立案する際、あるいは利益を評価する際に、さらには報道をする際に、これらの影響を深く考慮に入れる必要があるだろう。

このようなネットワークにおける影響は、社会学だけでなく、工学、生物学などの多様な分野で注目されているが、人々の健康にも、つまり医学や公衆衛生学でもおそらく関連している。
また各個人が親族、友人、隣人、同僚など多数の他者とつながっているというゆるぎない事実は、これからこの分野に研究と政策の発展を意味するものであるかもしれない。

参考文献
1. BMJ 2004;329:184
2. Soc Sci Med2003; 57:465–75
3. JAMA2000; 284:2476–82
4. Am J Epidemiol1995; 141:1142–52
5. JAMA1999; 282:2215–9.
6. Health Psychol2002; 21:349–57
7. N Engl J Med1998; 279:762–6
8. Arch Intern Med2003; 163:1601–5

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