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昆虫食についての雑感

1.

昆虫食などの代替たんぱく質の話が最近ぞろぞろ出てきているバックグラウンドについて現時点での自分の理解を記録する意味を兼ねて書いてみる。
いわゆるプロテインクライシスに関する危機意識は、主に可耕作地が頭打ちになりつつあることがベースにある。

実際に可耕作地面積は現在ほぼ飽和状態にあり、それらは現在家畜の飼料用のトウモロコシや大豆の大規模集約生産に振り向けられつつある。
https://data.worldbank.org/indicator/AG.LND.ARBL.ZS
https://ourworldindata.org/peak-agriculture-land

牛、豚、鶏といった食肉用家畜は、集約的な畜産システムの発達により広い土地を占有することはなくなりつつあるが、逆に多くの穀類をその生産のために独占しつつある。特に大豆は家畜の主なタンパク源として用いられている。
https://ourworldindata.org/soy

大豆の飼料としての利用は牛がかなりの割合を占めている。牛は増肉係数(収穫可能な可食部の量あたり消費する飼料量)が大きい生き物として有名で体重ベースで5-8,可食部ベースだと非常に大きくなり、試算によれば30以上というものもある
https://en.wikipedia.org/wiki/Feed_conversion_ratio

つまり1キロの牛肉を作るのに30キロの飼料が必要で、その多くの部分は大豆が使われているということになる。換言すると30キロの大豆を収穫可能な大豆畑から1キロの牛肉が生産されることになる。

さらに、牛のような反芻動物は二酸化炭素よりも非常に大きな温室効果を発揮するメタンガスを反芻胃から放出することも環境負荷が非常に大きいと考えられる原因の一つだったりする。

豚は牛よりはましであるものの増肉係数は4程度あり、それは1キロの肉を得るのに4キロの大豆が必要ということになる。養豚廃棄物もメタンの発生源であり、かつ、水質汚染の大きな原因にもなっている。(水は重要資源で、これも可能利用量の問題がある)

2.

実は鶏はこの中では最も増肉係数が低く1台をマークしている。つまり、与えたえさの量がそのまま肉になるわけで非常によさそうに思われる。だがここには別の問題がある。

鶏の餌には魚粉が使われている。魚粉とはイワシなどの小魚を粉砕してつくられるタンパク源で、家畜飼料や養殖漁業用飼料として使われる。ところが、この原材料であるイワシは天然資源であるため、乱獲による資源枯渇が心配されている。

欧州などでは早くからイワシの漁獲調整などを行って資源回復を期しているが、魚粉必要量を満たすために例えばチリ沖などでの大規模な漁獲が行われている。水産天然資源の資源量推定は難しいのだが、漁獲量が減っていることは確かなようで、資源の枯渇が心配されている
https://usa.oceana.org/responsible-fishing-modern-day-pacific-sardine-collapse-how-prevent-future-crisis/

3.

この二つの観点

・可耕作地が頭打ちになっているがその限られた農地で作られた穀物は家畜のえさにすることで量的に1/4-1/30に減ってしまう
・もう一つのタンパク源魚粉は資源枯渇の危機にある

から

1.増肉係数が低く
2.農地競合や水産資源依存が少ない

タンパク質源が必要と考えられている

4.

代替たんぱく質として考えられているもので今一番成功しているのは植物由来の「肉」だろう。これは主に大豆から作られており、本物そっくりの「肉」を提供している。この増肉係数は1であり、非常に良いソリューションであることは論を待たない

ただ、一つだけ問題がある。これは、ヒトは雑食性であるため動物たんぱく質のアミノ酸バランスが必要であるという点で、植物たんぱく質のみを食べていると早晩特定のアミノ酸が不足してしまうことになる。量を食べることで回避は可能だが、それではせっかくの増肉係数1が台無しである

5.

培養肉というものもある。これは臓器再生技術として注目されているオルガノイド技術を用いて筋肉を人工的に培養しようというものだ。日本でもインテグリカルチャー社が無血清培養システムで安価な培養肉生産への先鞭をつけている。日清が謎肉を培養で作るという発表をしたのも興味深い。

ただ、これにも問題がある。増肉係数の問題もあるがエネルギー効率的にペイするかはかなり微妙だと考えられる。また、清浄環境中での生産が求められるので、コストバランス的にも現状では高価につく可能性が高い。

6.

そこで出てきたのが昆虫である。昆虫は元々ヒトを含む霊長類の主要なタンパク源であり、増肉係数はほぼ1、多様な食性の種が知られていることから様々なバイオマスを動物たんぱく質へ変換することが可能である。

現在主要な昆虫食の材料であるコオロギは、雑食性の昆虫なので餌としては養鶏飼料とほぼ同じものを与えられて育てられている。実は鶏とコオロギでは増肉係数がそれほど変わらないので鶏肉を食えばいいじゃないかという意見はもっともなのだが、実はコオロギには利点がある

ひとつは非常にコンパクトに飼うことができるので養殖場を縦方向にスタックすることが容易であること。養鶏自体も土地面積効率が良い畜産であるが、それをさらに高効率にできる。さらに、飼育ユニットを小さくできるので生産の自動化が養鶏に比べてさらに容易な点がある

つまり、コオロギの場合は完全自動化されたプロテイン工場を作ることが可能であるということができる。

ちなみに、コオロギは餌を制御することで、野生個体で問題になる土壌由来のヒ素やカドミウムの蓄積を完全になくすことが可能である。これは逆に地植えの植物生産に比べてはるかに安全である。いわんや微生物叢をや。

アレルギー問題は慎重に取り扱う必要があるが、逆にアレルギー問題がないタンパク源は存在しないことにも留意すべきである。これについてはすでにアレルゲンたんぱく質に関する研究が進められている。元々ヒトの祖先も樹上生活時には昆虫が主要タンパク源だったことも銘記すべきだろう

一般的な観点から見たタンパク源としての昆虫のデメリットはただ一つ、なんかキモイ。これだけである。

7.

虫嫌いの人にとっては、直接食べないという方針があることは救いかもしれない。これはアメリカミズアブやハエの幼虫の養殖で、世界中でその高度化に向けた試みがなされている。

ウジは食品廃棄物や畜産廃棄物を飼料として育てることができるので、どうしても出ざるを得ないこれらの有機廃棄物を可食タンパク質としてリサイクルすることができる。ウジは鶏が好んで食べるので、有機廃棄物→ウジ→鶏というルートでタンパク質を高効率に利用しつくすことが可能になる

実は水産養殖用の飼料としてもこのウジは期待されていて、藻類培養によって生産されたオメガ脂肪酸と共に飼料に練りこむことで魚粉の代替タンパク源として利活用する試みが様々な研究機関で行われている

8.

このように昆虫は

1.増肉係数が低く
2.農地競合や水産資源依存が少ない

を満たしつつ、タンパク質リサイクルや天然水産資源の温存にも役立つ、優れた資源なのである

ちなみに、将来的には様々な昆虫の食性を利用して、もっとユニークな資源利活用の可能性もあるかもしれない。昆虫はその驚くべき多様性によってあらゆるバイオマスに適応しているので、虫の世界を見渡すと、なにかスゴイゲームチェンジャーが見つかるかもしれない。

9.

だからね、そんなに虫嫌わないであげてw

おまけ

昆虫食のおはなしはプロテインクライシスに密接な関係があるのだけど、プロテインクライシスはなかなかに感情的な対立を生みやすいおはなしなので少し腰が引けている。ただ、日本にいるとわかりにくいおはなしでもあるので、それはすでにそこにある危機なのだというはなしを一応しておこうかなと思う

いま途上国を援助する団体の間ではHidden hungerという言葉がささやかれ始めている。「見えない飢餓」という言葉は文字通りそのまま目に見えない飢餓だ。
人々はおなかいっぱいにご飯を食べられている、しかし何故か栄養失調で子供が正常に育たない。こういうケースが増えている。

世界的な農業のマスプロダクションの主流は炭素源に集中している。コメ、トウモロコシ、小麦、イモといった炭素源は、援助物資としてかなりの量が貧困地域に浸透している。しかし足りないのはタンパク質だ。

食肉や魚は温度管理が重要なので、例えば内陸の乾燥地域や半乾燥地域のような食糧自給が難しい地域にまで、炭素源となる穀類のように簡単に送り込むことができない。何しろ現地には電気がないのだ。

なので、多くの貧困地域が集中する乾燥地域や半乾燥地域では慢性的なタンパク質不足に陥っている。人々は炭素源をおなか一杯食べることはできても、窒素源であるタンパク質を十分にとることができない。

その影響を一番受けるのが子供たちだ。子供は成長のためにアミノ酸を絶対的に必要としている。しかし与えられるのは炭水化物ばかりだ。必然的にその成長は不完全なものとなってしまう。

問題は人々が十分に食べられているということで、そのためにこの問題は非常に見えにくくなっている。しかし、それは静かに貧困地域を覆い始めている。しかも頼みの綱の植物性たんぱく源は畜産飼料に2/3近くとられてしまっている・・・

もうね、始まっていますよ?プロテインクライシス。日本から見えないだけ。

見捨てられた半乾燥地の夜に鳴く虫、あれはコオロギか?


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