イスラーム法研究者がサブジェクト・ライブラリアンになった件について:下積編(4)駒場先端研某図書室?

 今回は下積編の最後,アジア研究図書館での勤務と並行して進めていた駒場先端研某研究室での図書室(以下,IR研図書室)構築の話である.なお,筆者自身はこの研究室の末端の作業員であったため,研究室組織構成や,運営方針について正確な内容をここに記すものではないこと,そして未だ組織途中の図書室であるゆえに,作業過程を示す画像を示すことができないことをここで留意されたい.
    さて,I先生の所謂,汚部屋の整理からこの話は始まる.

前提

 I先生やその研究室とのつながりは,筆者の所属研究室に遡る.彼はそこに学部時代所属しており,大学院は駒場へと進学したが,研究拠点が東京に戻って以降,たびたび研究室に顔を出していたり,調べ物をしに来ていた.他にも人的交流があり,駒場のIR研究室設立当初で人手が足りない時期に,事務作業のためにスタッフや院生を借りていた.筆者のIR研図書室の話も,この事務手伝いのツテで回ってきた.
 同時に,I先生が整理整頓できない人間だとは,院生時代からよく聞いていた.読んだ本は読みっぱなし,知らない間に本が増えて積まれている,収集した資料が散乱して足の踏み場がない,など聞き及んだエピソードをあげ出したらキリがない.しかし,研究者の汚部屋伝説は彼特有の問題ではない.たとえば早稲田の校友会は2020年の会報で「教授の部屋」と題して,研究者の濃密な研究スペース事情を紹介している.

 一方でその汚部屋が,設立した研究室の共有財となっている場合は,話は別である.個人による蔵書管理を超えて,研究室としての蔵書を構築するには,すでに購入した「はず」の資料は把握できていなければならないし,無尽蔵に増える蔵書が会議室を侵食することは,研究室としての活動の実質的な損失となる.
 このような事態に対して当初は,事務スタッフと筆者の所属研究室の先輩院生が対処していた.その過程は新設研究室のはずなのに,積年の埃を叩いて落とすような大掃除の様相を呈していたと聞く.さらには,それが本務というわけではないため,時間の合間を縫って少しずつ進めると,時折「なぜか」蔵書が一気に増えているときがあるという怪奇現象つきである.しかし作業の甲斐あって,筆者が作業に加わる頃には床が見えるようになり,2部屋つながった空間は一方をハイブリッドにも対応できる会議室に,他方を大型書架を設置した図書室として運用できる見通しが立っていた.

図書室構築:地域研究資料の分類と排架

 筆者が任せられたのは,とりあえずと言わんばかりに書架に押し込まれ,いまにも溢れ出しそうな資料に秩序を与えることであった.幸いなことに,先立って作業に加わっていた先輩院生が一部の蔵書を分類はしていたが,すこし問題もあった.
 大学内の図書館(室)で中東やイスラームに関する資料を所蔵しているのは,大まかに挙げるだけでも,本郷の総合図書館とアジア研究図書館,東文研,それに文学部のうちで東洋史学とイスラム学の研究室,駒場にいけば駒場図書館とUTCMESのバフワーン文庫がある.これらのうち,総合図書館と駒場図書館は日本十進分類法NDCにしたがって分類しているが,それ以外はNDCに強めのアレンジを加えていたり,そもそも独自の分類法を採用していた.こうした分類のバリエーションは,それぞれの部局が自ら所蔵する資料の傾向と特性を生かすかたちで分類をしていることを意味している.
 では,IR研の資料はというと,必ずしも上記部局の資料の収集方針や蔵書の傾向と一致するわけではない.同研究室の最大の特徴は,地域研究者としてI先生がエジプトやトルコといったフィールドで収集した現地語資料が多く所蔵され,かつそれらの中には,必ずしも学術的でない資料も含まれている点にある.またそのほかに,2つの資料群の存在もある.1つは,イスラームという宗教でもあり,社会生活でもある営みを理解するために受け継がれてきた古典的資料であり,もう1つは研究室の過渡期にあって,中東以外のフィールドをもつ地域研究者や国際政治学研究者のための資料であった.イスラームに関する前近代の資料ならば,イスラム学の分類を採用することもできたが,それでは地域研究の枠組みを捉えることはできない.ここでの最大の問題は,大学の上記部局図書館(室)において,地域研究者を中心に焦点を当てた分類を試みられていないこと,先例がないことにあった.すなわち,ここからはやりたい放題,もといIR研独自の分類法の模索が始まった.
 まず参考にしたのは,アジア研究図書館の「地域分類」であった.同図書館では1〜6の数字でアジアの各地域を分類している.これは,NDCによって埋もれがちな蔵書の地域性を表出させるのに役立つ.

 しかし6つの地域分類というのは,国やその内部の地域,コミュニティをフィールドとして調査する地域研究者にとっては大きすぎる.結果として地域分類を大小2つに分けて,国家レベルの分類(エジプトUA,イランIRなど)のほかに,超国家レベルの分類(中東北アフリカMENA、湾岸諸国GCなど)を採用することにした.後者については集団的安全保障やサプライチェーンの問題や,クルド人など国境を前提としない枠組みに適用することを想定した.これは4月に入ってから知ったことだが,この分類を精緻化したのが,まさに現職場での地域分類法であった.
 職場での運用とIR研での分類が異なったのは,あえてすべての資料に地域分類を付さない方針であった.これには,先述のイスラームに関する古典的著作が該当する.歴史書などは古典であっても,対象となる地域があるときは地域分類を付すが,法学や神学の議論となると,地域性の色は後退する.この種の資料ついては,地域分類なしでNDCにイスラム学での分類をアレンジした分類法を活用した.

 イスラム学では,イスラームに関する概説に相当するC1からはじまり,C2クルアーン,C3ムハンマド,C4ハディース,C5法学,C6神学,C7哲学,C8分派などで分類している.このナンバリングをNDCの167イスラームに小数点以下で追加して(167.5イスラーム法のように),地域によらない古典的著作の排架を試みた.こうした地域分類を付さない方針は,NDC500以降の自然科学,数理科学分野でも同じである.たとえアラビア語資料であっても,中東で出版されていたとしても,たとえば都市計画に関する理論書であれば,その学問の性質上,地域分類は付さず,518都市工学のように分類していた.
 こうして汚部屋だった空間に,秩序がもたらされた.一部には地域分類あり資料が排架され,それぞれの地域や国家ごとにまとまり,その内部はNDCによって配列されている.地域分類なし資料も同様である.また他の図書館で行われているような,言語ごとの排架は採用しなかった。これは実用性というよりも、地域研究における現地語文化へのリスペクト,英語による帝国主義的な学術慣行への抵抗の意もある.確かに,言語ごとに排架されていたほうが資料の見栄えはよい.しかしそうすることで,英語や欧米言語による新興国研究の成果ばかりが手に取られ,現地語研究の厚みが等閑視されるおそれもある.意図的に英語もアラビア語もいっしょくたに排架することは,書架をブラウジングするときの思わぬ発見と着想の機会を増してくれる.
 もちろん,これらの分類と排架の作業にも課題は残った.それは学術的でない資料の整理である.巻号がまとまっていないエジプトの週刊誌や,文化施設で発行されるパンフレット類など,断片的であるだけに図書資料の間に等しく排架することは難しいと考え,手つかずのままになってしまった.後任が果たして来るのかも怪しいが,いずれ担当者がその段ボールに日の目を当ててくれることを願っている.

構築その2:書誌リスト

 床から資料の山が消え,書架とともに図書室としての原型ができたことで,筆者の作業はこれらの資料を把握し,利用可能にする段階へと移った.具体的には,最低限エクセル上で書誌リストを作成して,検索による資料の発見や識別を可能にすることである.IR研が駒場に立ち上げられて以降,研究費で購入された和書や欧米諸語の書籍については,スタッフがリストで管理していたが,一方でI先生が若いころカイロで収集していた資料や,現在でもトルコやイランなどから仕入れてくるアラビア語をはじめとした中東諸語の資料については,書誌に代わるリストが作成されている様子はなかった(もちろん研究費で購入していたので,その証憑書類はあったであろう).そのため,筆者としてはスタッフが扱いにくいこれらの言語による資料の書誌リストの作成から着手した.
 作業としては,そこまで複雑ではない.将来的に大学図書館システムに連携すること,その多くがNACSIS-CAT(以下,NC)のシステムに沿っていることを想定して,NCで求められているフィールドのうち,主要なものを項目として,現物を参照しながら書誌情報を取っていった.その過程で,NCにすでに書誌がある資料については,ISBNなどの識別子とNCIDのみを記録して,将来のシステムへの所蔵登録に必要な最小限の情報のみを残すとどめた.ここでは,前回とりあげたアジア研究図書館への寄贈資料整理の経験が生きた.

 詳しくは前回記事に譲るとして,アジア研究図書館では試験的に,寄贈資料の書誌をある程度リストにしたかたちで寄贈にあわせて提出を求めていた.それを担当した際に、NCと大学システムに登録するために,どの程度の書誌情報が必要となるかを把握できたため,IR研での作業も効率を求めることができた.
 作業の流れとしては,スタッフの扱いにくいアラビア語資料(幸いにも,トルコ語やペルシア語資料はごく少数にとどまっていた)のうち,蔵書の中でも最も比率の多いエジプト地域に分類される資料の書誌から作成した.2023年度当初から開始して,年度末までにおよそ600冊,同地域の8割がたの書誌を作成するところまでは進めた.もちろんエジプトの残りやMENA地域に分類されたアラビア語資料のついては,後任の仕事を待つことにはなるが,引き継ぎ資料を残して図書室構築へ向けた方針を残すことはできた.

 以上、特段面白おかしもなく,ハプニングもない職場ではあったが,これはひとえに筆者の引きこもり労働環境に起因する.筆者一人が図書室(予定)部屋でデスクもない状態で黙々と作業を進め,事務スタッフとも交流することが少なかったが,個人的にはのびのびと快適な時間だった.強いてあったイベントといえば,I先生が帰国して,珍しく研究室で作業しているところに筆者が鉢合わせると,嬉々として今後のプロジェクトの構想を語り,書架の合間の縫いながら資料の紹介と思い出話をされたことくらいであろう.研究室の縁がつないだ職場での不思議な約3年間だった.
 さて,次回からは試験篇と題して、現職場に至るまでのプロセスについて,情報の許す限り紹介しようと思う.ライブラリアンとしての資格を取得するプロセスは,法令や大学などでの一定の要件やシラバスがあるものの,そこから職業人として採用に至るまでは,機関ごとの性質もあって十分な情報共有がなされていない.特に現職場に至っては,その特殊性から先達からの情報が皆無な状態である.実際に筆者は,そのあたりの情報を掴んで,対策を講じることに大いに苦労した.そのあたりを次回以降,掘り下げていこうと思う.

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