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脳裏に焼き付いた屈辱

社会人1年目、といっても自分はやや異色な存在であった。多くは修士課程を経てきているのに対し、私は博士課程修了者だったからだ。後に聞いたら数百人いる新入社員の中でも2名という希少な存在だった。ただ、希少と言っても特別なスキルがあるわけではない。周りの同期と同様一新入社員として扱われた。

そういう私も、特に学歴など関係ないため、新入社員として、一から勉強する立場として会社へと足を運んでいた。何も特別なことなどないのだ。つい先日まで先輩/後輩という関係だったためか、同期と打ち解けるのにも少し時間がかかったが、気づけば先陣を切って飲み会を開くような立場にもなっていた。

ただ、配属された部署はというと、率直に言って「何だか怖いおじさんばかりだな」という印象であった。学生時代に研究所にいたため、身近におじさんがいる環境は特段珍しいものではなかったが、どういえば言いか、職人気質という言葉が当てはまるような人たちが多かった気がする。

この期待を、いい意味で裏切ってくれた人もいれば全く裏切ってくれなかった人もいた。別に怒られている訳ではないが、何だか迎え入れてくれてる気がしない。歓迎会も開いてもらったが、全く歓迎されている気がしない。あれは今思い出しても地獄だ。自分の奥底にしまいこんでいた人見知りが顔を出してしまった。

どうやら博士課程修了者と聞いて、向こうも身構えていたようだ。どう扱っていいものか分からなかったと。そんなお互いに微妙な空間がある中で業務も進んでいった。

研究所に配属されたため、少なくとも当時は売り上げは度外視、とにかく新しい製品技術を作るというのが目標だったように思う。そこに憧れを抱いてていたが、同時に「これは将来的にどうなっていくのだろうか」という疑問にも襲われた。そしてそれを、聞くことなどできなかった。

最初に感じた「職人気質」という部分はその通りだったと思う。とりあえず作業をしている姿を見て学ぶ、考えるのは後からというスタイル。説明はしてくれたが、何を言っているのかさっぱり分からない。とにかく手を動かすことに集中し、余計なことは考えないようにした。

2~3ヶ月もすれば慣れるだろうと考えていたが、作業には慣れたものの、相変わらず雰囲気には馴染めなかった。気軽に話せる人などほんの一握り。その一握りの人に頼って何とか知識を付けていった。

半年過ぎたころくらいに、職人の1人から呼び出された。飲みに行こうという誘いだった。雰囲気に馴染めていないことを感じ取り、まぁ話でも聞こうということだった。下町情緒あふれる街まで電車で向かい、小さな、それでいて小じゃれた居酒屋へと足を踏み込んだ。

当時の私は、「偉くなってから急に偉そうな態度を取る人間にだけはなりたくない」と思っていた。なので、振る舞いもかしこまり過ぎず、かしこまらな過ぎずを心がけていたのだが、それが馴染めなかった原因だったようだ。よく分からない学歴で、しかも態度が大きい。時には先輩を先輩と思わないような振る舞いをする。その点について滔々と説明を受けた。その後、「お前はプライドが高い」「新人らしくしろよ」などとも。

不本意だった。プライドなどかなぐり捨ててここに入った。それは博士号持っているからという勝手なイメージではないか。新人らしいって何だ。逆にどうすればいいというのだ。結局先輩の思惑とは裏腹に、更にもやもやを抱えたまま仕事に向かうことになってしまった。まぁ自分も不器用だったなと今なら思えるが。それから少しずつ距離が近づいきつつあった3年目の頃、異動が言い渡されその部署を去ることになった。

その時の自分の経験はいまだ忘れることができない。当時の先輩方には申し訳ないが反面教師として今活かすことにしている。今の部署に新人が来た場合、まずは話を聞いてあげよう。そして自分で考えさせようと。

でも、やっぱり私はプライドが高かったのかな。

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