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アレクサ、看取って⑥ OK google, 金と人と場所と空気感をくれ


前回記事↓


大須賀の出番が来た。



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「プレゼンテーションがうまい人ばかりで、このあとにしゃべるのは大変やりにくいですね」

のひと言で、会場がどっと沸く。



ど っ と 沸 か せ て ん じ ゃ ね ぇ か

プ レ ゼ ン 上 手 め




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彼の凱旋帰国を花で飾り、医師たちを集め、犬を召喚し・・・・・・何より、講演会場を用意するために、朝日新聞ウィズニュースはめちゃくちゃがんばった。

もともとは記者連中だ。本職のイベンターではない。イスだって汗だくで配置する。会場を提供してくれたKDDIの人も走り回っている。

参加費3000円取っても、100人入る会場を都内で押さえたら、ふつうに考えて、赤字。

200人、300人呼んで、もっと金をとれば・・・・・・?

でもそんなでかいイベントに対応できるだけのノウハウが、医者にはないし、意気を組んで手伝ってくれたウニュ(※ウィズニュースの略称。ふみつけたい)のスタッフの、異常な汗のかきかたを見ていると、すでにもう限界だ、十分だ、これ以上でかくしたら誰か死ぬだろうな、と思ってしまう。


ぼくらが日頃、学会や研究会で、1000人入る会場で1時間の講演をするために、製薬会社や医材メーカーは、いったいいくらの投資をしているんだろう。まったく知らぬ間にとんでもない甘え方をしていたものだ。

そういうお金からフリーになって、なるべく誰にも迷惑かけないように、手弁当で情報発信を!

もちろんそれが理想で、SNSの医者たちもたいていそういう気持ちでがんばっているのだが、実際に素人運用で破綻しかけたイベントもあった。#SNS医療のカタチ の札幌開催。せいぜい70人くらい集まる程度だろとたかをくくって、結果的に、130人以上がキャパ90人の会場に詰めかけた。イベントホールに無理をいって、部屋を大きいのに変えてもらったが、人数超過で室温が下がりきらず、小さい子どもがいるのに席は狭く、イスの搬入には参加者たちにも手伝ってもらわざるを得なかった。

アンケートには、

「講演の内容はすばらしい! ぜひまたやってほしい! しかし今日のイベントのコーディネーターはクソ! 誰だ!」

と書かれていた。すみませんぼくです。

「グリフィンドールに+10点、グリフィンドールに-50点。」

医者は、自らが専門とする医業以外は何もできない。

見通すことすら、できない。


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大須賀は語り続けた。



現状が語られた。



構造が語られた。



そして、実践が語られた。今、医療者たちができること。

ドローンのロングショットから、いっきにズームアップ。



以下は医療関連で過去最高クラス、見たことがないほど伸びたツイート。

イカサマがん治療を見抜く方法
以下の表現は危険サイン

 ☑ 「何のがんにでも効く」(全種類のがんに効く治療はない)
 ☑ 個人の感想が根拠  (個人感想の強調は科学的根拠なしの自白)
 ☑ 「免疫力をあげる」 (科学ではないことの証拠)
 ☑ 単純な治療方法   (食べるだけなどすぐできること)
 ☑ オールナチュラル  (天然なら効くとは限らない)
 ☑ 極端な宣伝文句   がんが消える、魔法の治療
 ☑ 陰謀論       「医師/製薬会社はグル」が常套句

©大須賀覚


め っ ち ゃ 盛 り 上 が っ て ん じ ゃ ね ぇ か 

あ り が と う 大 須 賀 覚

ま た 来 て く れ 大 須 賀 覚





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今さら言うまでもないことだが、ぼくのnoteは、大須賀いうところの「危険なサイン」をビンビンに発している。

たとえば、極端な宣伝文句をだいぶ使っている。犬を煽ったり、筋肉を煽ったり。「アレクサ、看取って。」クァー煽ってるゥー!

だからあんまり信用してはいけないよ。


さて、ここから書くことも、あくまで、個人の感想だ。危険である。あんまりまじめな顔しないで、気軽に読んでほしい。




今回の演者は(犬も筋肉も、緊張のあまり前日の飲み会の途中からテンションがおかしくなった夜廻り猫担当水野も含めて)、全員が、

社会の状況に詳しく、

システムの不備に敏感で、

ロジックが整然としていて、

複数種類のプロがそれぞれの持ち場で奮闘することを願っており、

正しい医療情報を伝える難しさを実感し、

その上で自分自身が最前線に立って、医療情報の適切なストックとフローに務めるべく尽力している

という特徴があった。

ぼくはこの得がたい機会に、彼らの奮闘ぶりを眺めながら、自分の脳に、これまで言語化できないでいた小さな不満が急速に膨らんでいくのがわかった。

その場では誰にも言わなかった。数日経ったらまたいつものように消えていくかな、とも思った。でもこの爆弾は札幌に帰ってきても消えなかった。

だからこのnoteをはじめた。

今でこそいう、このnoteはある種のノワールのつもりで書き始めた。最初は丁寧に。薄っぺらい言葉を使うならば、なるべくエモく。普段書いていないかんじで。まじめに。言祝ぎを多めに。ハッピーエンドが予想できる文体を意識した。

そこから少しずつ、医療情報をとりまいている不可逆的な構造の歪みを指摘し、ぼくの不安をちりばめながら、次第に、ぼくがこの件に対してある種の諦めを持っていることを少しずつ仕込もうと思った。




医療情報を展開することはとても難しい。

1.情報が難解で複雑である

2.患者ごとに必要とする情報が微妙に違うため、無数の記事が必要である

3.適切なことを時間をかけてゆっくり言うより、患者をその気にさせるキャッチーなウソをつくほうが、ずっと簡単だ

4.医療者は本職に忙しい。情報発信にはなかなか集中できない

これらを必死で改善しようとする大須賀達の姿を見て、ぼくはほとんど叫び出したいくらいの気持ちだった。

なあ、もう、患者ごとに適切な医療情報を伝えるなんて苦行はさあ、iPhoneにまかせようぜ。

ぼくら人間は、ネットワークの細かいところをチェックするとか、新しい治療法を開発するとか、人にしかできないことをきちんとやればいいよ。

それこそ、イベント会場でイスを並べるようなことは、AIにはできないわけで。そういうことをやろう。

情報の適切な配置と分配なんて。これ、人間のできることを超えてるよ。

山本も。堀向も。大須賀もさ。

君らは、馬手にエビデンス、弓手にナラティブで、意気揚々と先頭を突っ走っていくけれど。

もっと大軍の後方に控えて、どっかり、ずっしり、ブレインになればいいじゃないか。

なんでそこまで世界にやさしいんだ。

世界は彼らに甘えすぎ。彼らはもう限界じゃないのか?


イベントの最中、ぼくの心はどんどん冷えていった。


***


渋谷イベントのあった日、仕事があるので打ち上げに出ないで札幌に帰った。懇親会は楽しかったろうな。ケッ。

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でもぼくは懇親会に出てたらきっと愚痴ってしまっていたと思う。

「イベント自体は成功だった。しかしこのイベント、医者も、犬も、ウィズニュースも、みんな、苦労しすぎている」

こういうのはもっとシステムで、”多職種連携” で、オールジャパンでやるべきだ。個人の努力で、一過性に、どうこうすべきものじゃない。


イベントの昼休みを思い出す。メディア関係者や医療者、情報産業に関わる人たちなどは特に興奮して、演者の前に列を為した。「交流タイム」とうたったはずが、実際には延々と名刺交換が続いてしまった。交流タイムなのだから名刺交換は後にしてもらえばよかったかな、と、すこし反省したけれど、でも、名刺を交換したくなった気持ちもわかる。

実際、いい話が聞けた。裏方をやっていたぼくだってそう思った。

けれど、ここでもぼくはすこし意地悪な見方をしていた。こうして取材に来ているオールドメディア、ウェブメディア、数多の編集者、そして医療者、医療関連民間団体、国立がん研究センターのスタッフ・・・・・・。

ほぼ全員が休みを削って自腹で来た。それっておかしくないか? もっとシステムで、みんながこんなに「残業」しなくてもどんどん情報がつながっていく構造をきちんと組み立てていかないとだめなんじゃないのか?

どいつもこいつも手弁当かよ。



ぼくはそういうことひとつひとつが、本当は腹立たしかった。SNSによって情報がどんどんつながって人脈が広がって、とかなんとか言っているけれど、結局ぼくらはまだ名刺文化を抜け出せていない。著者をフィーチャーするまでの速度が遅い。メディアどうしが垣根をこえて集まる場所が少ない。

今日の演者に限らないぞ。前にも書いたけれど、今やインターネット上には、自腹を切ることをいとわず、業務の合間に職能に応じて適切な医療情報をストックする医療者たちの記事が、かつてよりはるかに多くみられるようになった。でも、的確な一次情報をストックできる専門家たちを有機的につなげる取り組みは、未だにしょぼいままだ。


渋谷の翌日、早朝。ぼくは2時間かけてnoteの一話目を書いた。

最後の一行、

医療情報発信は趣味ではない。これは医業であり、知性を傾けるに値する学問であり、おそらくぼくがライフワークにすべき戦場なのだ。

は、公開直前に付け足した文章だ。ほんとうはこれがない状態で下書きを終えた。読み返してみて、すこし考えた。

(いちおう第一話くらいは、このイベントにぼくが満足したような体を出しておこう・・・・・・。)


でも今読み返すと、「①」のあちこちに、ぼくがもう、「人間が生み出す情報産業の限界にため息をついているようす」が見てとれる。


渋谷イベントを通じて、ぼくは9割方あきらめつつあった。

(「自腹と徹夜と過剰な熱意で、瞬間的に局所にエネルギーを集めるやり方で、ときおり、医療情報を取り巻くあれこれがちょっとだけ良くなる」だなんて・・・・・・。

そんな持続性のない取り組みに、未来があるわけがない。


大須賀を見ろ。山本を見ろ。堀向を見ろ!

みんなシステムを熟知している。俯瞰に長けている。これほど優秀なやつらが、これほど努力して、こんなに汗をかいてようやくこれだぞ!

この程度なんだ!



なんなんだよ。

なぜ、ぼくは、システムから現場に降りてくる彼らの姿に、嫌悪感とも言い切れない不思議な感情を持っているのだろう。

まだ何か、考えが及んでいないところがあるのだろうか?


そういえばブログの第2話を書く直前に、「あっ」と気づいたことがひとつあった。

大須賀がほんとうにやりたくてやっていることの正体を半分掴んだのは、この日の夕方。#やさしい医療情報 の第3部、インタラクティブセッションで、ぼくが投げた質問に大須賀が答えた瞬間、ぼくは彼の意図がすこし見えた気がした。

「②」を書きながらぼくは、あの日、とても長かった渋谷の午後に、インタラクティブセッションで大須賀たちの言葉に何度か引っかかっていたことを思い出した。

そして、たまたまそのとき聞いていたウェブラジオが、ぼくにもう一つの気づきをくれる。「②」は、ほんとうに、書きながら、リアルタイムで、ぼくの思考がどんどん切り替わっていったのだ。

そして残りの半分をぼくにもたらしたのは、藤村忠寿という民放局のディレクターが居酒屋で放談した内容を雑にネットラジオ化した15分の番組なのである。( #腹を割って話すラジオ

次回のnoteで、ぼくは、「②」で半ば予告した通り、上の2つのエピソードを順に紹介する。

そして、実はもうひとつ、書く。


ぼくが②を公開したのは10月1日の朝。

その翌日、10月2日。③を公開する直前に、ある人によって、ひとつのnoteが公開された。

ぼくはそれを読んで、自分がそれまで書いていたnoteや、これから書こうと思っていたnoteに、おぼろげにあてはめていた心象風景をすべてリセットした。


もしかすると、まだ、見えるかもしれない。

ぼくはそう思い直した。すでに走り始めていた④以降の筆致は動かさなかったが、たどり着く場所が、すこし変わるかもしれないという予感が加わった。


山本が言ったあのひと言も、堀向がじっくり語ったあの話も、朽木も、水野も。佐久の優しい彼も。こっそり忍び込んでいたアメリカの彼も。音声で悔しそうに参加した大塚も。

西野マドカのすすめた本も。

はじめてぼくを編集したYも。

これからぼくを担当するKも。

NHKのI、国立がん研究センターのW、バズフィードのI、作家A、犬T。


全部、なんかアレだ。

含めていいかもしれない。

そういうことでいいのか。

そういうことなのか。


長くて短い1週間の連載が、もうすぐ終わる。まだ書いてないからわからないが、どうも、ノワールではなくなる可能性がある。医療者はいつも、「絶対」とは言わない。必ずといっていいほど、「可能性」までしか言わない。


(2019.10.5 ⑥)


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