見出し画像

怪談市場 第七十話

『霊柩車』

 商店街で小さな自転車店を営むキタヤマさんが、20年ほど前に体験した話し。

 その夜は公民館で商店会の会合があった。
 当時、市街地の北に臨む小高い丘の森林を伐採し、新興住宅地の造成が進んでいた。問題は大型ショッピングセンター進出の話が持ち上がっていること。完成すれば客の奪い合いになることは避けられない。
「いかに顧客の流出を食い止め、商店街に新住民の消費を取り込むか?」
 議題こそ立派でも、誰が気を利かせたか、缶ビール1ケースと日本酒の1升瓶が用意されていたため、具体案が何ひとつ出ることなく、いつしか仕出し弁当をつつきながらの宴会と化してしまった。
 結局、「団結して頑張ろう」という何の役にも立たない誓いを交し合い、解散となったのが午後10時過ぎ。中途半端に遅く帰ると女房子供がうるさいので、行きつけの居酒屋で飲みなおした。
 家路についたのは、そろそろ日付けも変わろうとする時刻。
 キタヤマさんは独り、商店街の通りを歩いていた。酔ってはいるが、千鳥足になるほどではない。頭も比較的ハッキリしていて、開いている店があればもう一軒寄ってもいいくらいだ。
 と、通りの彼方から接近する車のライトに気付き、思わず足を止めた。ライトの灯りが、なんとなく青っぽくて暗い。そうしている間にも車両は近付く。
「・・・霊柩車?」
 黒塗りの車体に寺社仏閣を模した屋根をのせ、金張りの木彫り細工で装飾を施した、「宮型」と称するタイプ。現在ではすっかり見かけなくなった、華やかにして厳かな、古き良き霊柩車である。
「こんな時間に?」
 キタヤマさんは目を凝らし、首を傾げる。訝しいのは走行時間帯だけではなかった。
 距離感が、つかめない。大きさも、変だ。
 近づいてきているのは確かだ。だが、見た目の大きさが変わらない。むしろ縮んでいる気もする。遠近感が崩壊し頭がクラクラする。やがて、歩道にたたずんで目を瞬かせるキタヤマさんの前に差し掛かる頃、問題の霊柩車は幼児向け乗用玩具とラジコンカーとの中間程度にまでサイズダウンしていた。
 やがて霊柩車は、ゆったりとした速度でキタヤマさんの前を通過する。
「なんだよソレ!」
 思わずツッコミを入れてしまった。
 車体の側面が見えて気付いた――タイヤがない。
 ミニサイズの霊柩車は、タイヤの代わりに、脚が生えていた。
 4本の、毛むくじゃらで短い脚をフル回転させ、のろのろと前進している。
 アスファルトを爪で蹴る音を、チャカチャカと響かせながら。
 車体の後方では、豊かな和毛をたたえた尻尾を引きずっている。
 近づくにあたっては見た目の大きさを変えなかった霊柩車も、遠ざかるにつれて急激に姿が小さくなり、間もなく道の果ての闇に消えた。
 翌日、キタヤマさんは商店会の友人たちに目撃談を語った。もちろん誰一人信じてはくれなかった。
 翌年、新興住宅地に大型ショッピングセンターが完成した。商店街の客足は急激に遠退き、それに比例してシャッターを閉ざす店が増えた。

 新興住宅地の造成で森林を追われたタヌキたちが、市街地に姿を見せ始めたころの話である。

#怪談

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?