怪談市場 第七十一話
『敗戦とキジ』
第六十二話『弓道場の怪 後篇』で登場した老教師から聞いた話。
その学校には、教師たちの間で語り継がれている伝説がある。
昭和40年代初頭のこと、一人の男が学校を訪れた。
体格のいい中年男だったそうだ。
彼は校長に面会を求め、頼みごとをした。
「一緒に爆弾を探してください」
男が打ち明けたのは、次のような事情だった。
時代はさらに遡って終戦間際、昭和20年の夏。
男は北関東のとある部隊に配属され、物資管理の兵役にあたっていた。
日を追うごとの敗戦の色は濃厚となり、連合軍の本土上陸も確実視される極限状況。
上官たちは倉庫を漁り、金目の物をトラックに積んで持ち逃げを決め込む体たらく。
男も倉庫から目当ての物資を運び出し、壊れかけたトラックに乗り込んで、抜け殻同然の部隊を離脱した。
彼が持ち逃げしたのは爆弾。
とある作戦に使われる予定だったが、部隊が崩壊した以上、大事に保管しておいても宝の持ち腐れだ。男はその時、かなり自棄になっていた。
「本土決戦に突入したその時は、敵を巻き込んで派手に自爆してやる!」
鼻息も荒く、連合軍が上陸すると予想される九十九里を目指し、トラックを走らせた。しかし意気込みもむなしく、利根川を超える前に燃料が尽きて立往生。足止めを食った田舎町で、住民に交じって玉音放送を聴き、本土決戦はないことも知った。安堵すると同時に落胆し、気が抜けた。
さて問題は使い道のなくなった爆弾である。
動かなくなったトラックとともに放置するのも物騒だ。思いあぐむ男の耳が、不意にキジの鳴き声を捉えた。反射的に体が動いて声を追う。慢性的な食糧不足の当時、鳥は捕まえて食べるものであった。男も部隊ではよく他の兵士たちと、ヤマバトやカモを捕まえて食べたものである。
トラックが立往生した道は、小規模な台地に面している。台地の斜面を覆う藪の奥から、キジの声は響いている。台地は城跡で、その上には女学校があるらしい。一緒に玉音放送を聴いた住民たちが、そんな話をしていた。
「ケェーッ! ケッ!!」
キジは姿を見せぬまま声を張り上げ、男を藪の奥へ誘う。藪をかき分けてしばらく進むと、台地の斜面に穿たれた横穴を発見した。
「防空壕・・・じゃないな」
穴は、大人が身を屈めてやっと通れる高さ、広さだった。その割に奥行きはかなり深そうだ。獣の巣穴にしては大きすぎるし、側面の土は凹凸なくきれいに削ってある。明らかに人の手によって掘られた穴だ。なのに周囲の灌木はのびのびと藪を形成し、下草は踏み荒らされた気配すらない。
人の立ち入る場所とは、到底思えない。
「ケェーッ! ケッ!!」
相変わらず、キジはどこかで鳴いているが、もう声を追うことはなかった。目の前の穴に意識が釘付けだ。いくら考えても掘った人間の意図はつかめない。だが穴を見つけた自分の意図は明白だった。
「この穴に、爆弾を隠してしまおう」
そう思ったら、居ても立ってもいられない。一刻も早く面倒を目の前から消したい――その一心で藪をかき分け、トラックと謎の穴を何度も往復して、爆弾を運び込んだ。
その間も藪のどこかで、間欠的にキジの声が響いていた。
全てを終えた男は、動かなくなったトラックを置き去りにして、城跡のある町から立ち去った。
それから男は故郷の東北へ戻り、中規模稲作農業を営む実家の手伝いを始めた。やがて戦後復興にともない、製造業の労働需要が増加し、男も地元の町工場の社員となった。
兼業農家となったことで生活にも余裕が生まれ、嫁をもらい、子供も授かった。一人娘で、健康に育ち、来年は高校生だ。
日々の、平和で順調な暮らしに上書きされ、忌まわしい戦争の記憶はとっくに過去のものになった――はずだった。
だがここ1ヶ月ほど、爆弾が気になって仕方がない。およそ20年前、城跡の斜面に穿たれた謎の横穴に隠した爆弾である。
夢のせいだ。
隠した爆弾が誤爆し、城跡の女子高に通う多くの少女が巻き添えとなり、無残な死を遂げる――夜な夜なそんな悪夢を見てはうなされ、汗びっしょりで飛び起きる。ほとんど眠れない夜が続き、思い余った男は、約20年ぶりに城跡の町を訪れた。
謎の横穴に隠した爆弾を探すために。
事情を聴いた校長は頭を抱えた。
荒唐無稽な話ではあるが、一笑に付すこともできない。男の言う通り、学校の立つ高台は確かに城跡である。かつて城があったころ、敵に攻められたさい城主が逃走するための抜け穴が掘られたとの言い伝えがあるのだ。もっとも、そんな穴を見つけた者は誰もいないのだが――このあたりの事情は第六十一話「弓道場の怪 前篇」でも触れた。
男が爆弾を隠したという横穴は、未発見の抜け穴ではあるまいか。
さっそく次の日曜日、若手教員数名を駆り出し、男とともに抜け穴の捜索にあたった。
男の心当たりのある地点を中心に、手分けして城跡の周囲をぐるりと、藪の中をくまなく探す計画。朝に始まって昼食をはさみ、日が傾くまで捜索するも、爆弾はもちろん横穴さえ発見できなかった。
男は悪夢に終止符を打つことができないまま、悄然と肩を落として帰っていった。
丸一日かけた捜索は、何の収穫もないまま徒労に終わった。
ただ、捜索に駆り出された若手教員から、奇妙な報告があった。
手分けして横穴の捜索にあたっている最中、藪の中で子供と出会ったという。
四、五才の幼児が深い藪の中にたたずんでいたのにも面食らったが、その見た目も異様だった――痩せこけて髪はぼさぼさ、裸足でシャツもズボンもボロボロ――まるで終戦直後の浮浪児だ。
どう声をかけていいものか教員が迷っていると、その子供は突然、奇声を発した。
「ケェーッ! ケッ!!」
キジの鳴き声そっくりだった。
いまでも城跡に学校はある。
爆弾が見つかったという話は聞かない。
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