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カンボジアの思い出

あんたはストリートチルドレンって実際に見たことがあるかい?

ストリートチルドレンが実際にどういう生活を営んでいるのかってのはわからないけれども、ワカゾーの頃にカンボジアって国にいったことがあるんだ。

全般的に非常に貧しい状態の国で、俺が行ったシェムリアップは、まだアンコールワットがあるから、ヒトが集まりやすい状況があって経済的に豊かな地域のはずだったんだけれども、いたんだ。

いわゆるモノゴイのような子どもたちが。

多分、俺の人生で始めてみた「極貧層」の世界に生きていた子どもだと思うんだ。

今回は貧困な家庭に生まれた子どもたちについて考えてみる回だ。

思い出すだけで涙が出てきちまうんだが、ちっと考えてみようぜ。

学校の子どもたち

カンボジアでの経験ってのは、ある意味俺の人生観を変えるくらいの経験を俺に与えてくれた旅行だった。

京都だとかの旅行で感じられる歴史の重厚さではなく、圧倒的な「今」を感じられる旅行だったと思う。

そしてその「今」っていうのは本当に苛烈で悲惨でそれなのにそこには笑顔があったんだ。

明かりも十分とは言えない教室で真摯に勉強する子どもたち。
そんな姿をまるで授業参観するように見させてもらえたんだよ。

制服という体裁をとりながら、実態としては白シャツと紺のズボンかスカートってレギュレーションだけで服装を整えている子どもたち。

ガイドさんが、「あの子は裕福な家の子どもだから立派な身なりをしている」って教えてくれるんだよ。
そうしてみてみると、たしかに微妙にいろんな子どもが来ている服の様子が違う。

なんかさ。
ほんと泣けてこないか?

さらにガイドさんは言う。

「子どもたちは家の手伝いもあるから毎日は学校にこれない」

その話を聞いた時点で俺の感覚は多分麻痺しちまったんだろう。
悲しいともかわいそうとも感じないまま「これが現実か」って思ったんだ。

そして、休み時間になった学校の様子も見させてもらった。
そこでの印象は「笑顔」だ。
子どもたちはほぼ例がいなく笑顔だった。

普通に俺がカメラを向けると満面の笑顔でピースサインをしてくれる子どもたち。

そのときは貧しいとか豊かとか子どもには関係ないよなってシンプルに思ったんだ。

無言で横を歩く子ども

でも、アンコールワットの遺跡に向かってみると、ちっと様子が違ってくる。

様々な遺跡とその歴史に思いを馳せるために行ったわけだけれども、その遺跡たちよりも俺の印象に残っていることがあるんだ。

遺跡のツアーに完全に無言で寄り添うように歩く子どもだ。

多分だけれど、親にそうすることで少しでもお金をもらってこいって言われてそうしているんだと思う。

そういう子どもを見かけるとガイドさんはまるで害虫のように追い払おうとする。
それを見て、「いやかわいそうじゃん」ってなんの考えもなく思ってしまうけれど、そうじゃないんだよな

ガイドさんは説明してくれた。

「ここでお金を渡してしまえば、この子どもたちはこの環境から抜け出せなくなる」って。

もうさ。
ビンタされたような衝撃を感じたんだよ。

シンプルに子どもをかわいそうだと感じた感情に従って、その子に安易な施しを与えることは、教育の意味で不幸を産み出してしまうって現実。
聞いてみると、そのガイドさんもめちゃくちゃ努力をして日本語を学び、ガイドという立場を手にいれたってことなんだそうだ。
その当時はガイドになるってのはいわゆるエリートの仕事ってことらしかった。

カンボジアという教育を奪われていた国

で、ガイドさんから説明を色々聞いていると、いわゆるポル・ポト政権の時代に教育者をはじめとする多くの知識人が虐殺されてしまったって歴史があるらしい。

政府がコントロールしやすいように知識人を意図的に殺害していたんだそうだ。

なんつーか、俺たちの常識では考えられないようなことが本当に起きていた国なんだ。
キリングフィールドという場所にいって、その虐殺にあったヒトたちのシャレコウベが納められている建築物も見た。

ガラス張りの塔のなかにリアルな頭蓋骨が納められている様はワカゾーの俺を立ちすくませるに十分だった。

このヒトたちが生きていれば、もしかしたらあの無言の子どもは生まれていなかったのか?

たまらない無力感だった。

今のカンボジアはどうなっているんだろう?
それは俺にはわかっていない。

でもあの無言で横を歩いていた子どものことは、俺の脳裏から離れることはないんだ。

なあ、あんたはどう思う?

あの子どもの姿は俺たちの未来にもつながっていると思わないか?

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