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小説「今日から美人!」第一話

「我が内閣は少子化問題を最重要課題として捉え、政府として我が国の深刻な少子化問題について約一年、調査研究を行い、議論してきました……」
 テレビで流れていたのは内閣総理大臣による少子化対策に関する記者会見だった。女は夕飯を食べながらそれを見ていた。
「端的に申し上げて少子化の原因は未婚化であり、結婚しない男女が過去に比べ増加したということであります」
 女はそんな当然のことを発表するまでなぜ一年もかかったんだと呆れていた。
「従来ならここで調査は終了でしたが、政府としてさらにその理由を未婚男女に深堀りして調査を実施した結果、このような現実が判明しました」
 総理はスクリーンに映し出されたスライドを示してこう説明した。
「未婚男女が結婚しない最大の理由は『適当な相手がいない』で約68%、そして適当な相手と言えるために求める条件は何かとさらに尋ねた結果、第一位が『容姿』でした。また別の設問にて自分自身が結婚できない原因を聞いた結果、第一位が自分に自信がないでした。何に自信がないのかを問うと第一位がこれもまた『容姿』でした。一方、結婚相手に求める条件として男女共に共通して高いのが『容姿』でした。つまりこれまでさかんに強調されてきた……」
 女はここでテレビを消し、天を仰いだ。冷えた唐揚げは少し固くなっていた。そんなことは仰々しく総理が発表しなくても分かっているよという表情をして、その冷えた唐揚げを温め直した。
──だからって国が何してくれるのよ──そんな諦めに近い思いを抱いたのがこの物語の主人公・伊藤美咲だ。



 美咲は現在25歳の会社員だ。年齢=彼氏いない歴の「非モテ」だ。それもそのはず、物心ついたときから両親からは「可愛く産んだはずなのに」と目鼻立ちがはっきりした妹と比較され、小中高と子供時代は一貫してその容姿の悪さを馬鹿にされた。数々の悪口を見返してやろうと思い、高校時代は一心不乱に受験勉強に取り組んだ結果、難関大の法学部に合格した。努力は報われる、初めて得た達成感であった。しかしこの喜びが否定され、人生を達観したのが大学時代だった。



「おかえり美咲。良さそうなサークルは見つけた?」
 母・由佳は美咲に尋ねた。
「私は両手で抱えきれないくらいビラ貰っちゃってね~ああやってチヤホヤされるのも春の風物詩よね〜」
 陽気に語る由佳は今でこそおばさん体型で年相応の見た目だが、若い頃は学校の一二を争うマドンナだったと父から聞いたことがある。それを思うと美咲は母の発言が美人だったがゆえのエピソードだと即座に判断した。
「いや……」
「じゃあサークルのブースには立ち寄らなかったんだ?後から入ろうと思ってもハードル高くなるよ。話聞くだけならタダなんだから〜」
 母の言葉が心に突き刺さる。無邪気であればあるほど無慈悲に聞こえた。
「違う!貰えなかったの!」
 母との会話が辛かった。全ては私がブスだから、そう考えれば考えるほどやりきれない思いをどこにぶつけていいか分からず二階の自室に閉じこもってしまった。
──私がブスだから……私が美人じゃないから誰も声をかけてくれなかったんだ──



 いつしか自分に降りかかる全ての不幸を自分の容姿に帰結させてしまうクセがついてしまった。大学で友達が作れない、サークルで浮いてしまう、飲み会で話の輪に入れない、ゼミに落ちた、いい単位が取れなかった、もはやこじつけのように全てを自分の見た目のせいにしていた。
「美咲はブスだって言ってるが、大事なのは性格や人柄とか内から滲み出るものじゃないかな。実の娘にこんなこと言うのも酷だけど、美咲は性格ブスだ。これじゃあどんな顔をしてもブスだよ。だから……」
「うるさい!そんな綺麗事にまみれた説教はいらない!」
 父・晴登の忠言すら聞き入れらず、美咲はついカッとなってしまった。
「じゃあお父さんはお母さんが仮にブスでも結婚したの?しないでしょ?お母さんが可愛かったから付き合ったんでしょ?」
「まあ第一印象は可愛かったけど、お高くとまらずみんなに優しくて、ちょっと抜けてるとこがまた可愛くて……」
「やっぱり顔じゃん!顔が良くなかったら性格とか深いところ見ようとしなかったじゃん!それが事実じゃん!」
「あのな、美咲……」
「こんな顔に生まれるなら生まれたくなかった……」
 ぽつりとこぼしたこの一言はなんだかんだ言って仲の良かった親子の関係すら冷たくさせてしまった。社会人になって以降、実家には帰っていない。美咲はそんな過去を振り返りながら、数少ない趣味の一つである映画鑑賞に頭を切り替え、物語の世界へと入り浸ったのであった。



 朝につける番組は「おはよう日本」と決めていた。民放では必ず流れるエンタメニュースで精神衛生を汚されたくなかったからだ。もはや美咲にとってそのニュースに登場する美男美女は「悪の枢軸」でしかなかった。
「総理は『綺麗事なき少子化対策』と銘打って3つの対策を示しましたが、波紋を呼んでいます」
 テレビはBGM代わりで特に内容に反応することはなかったが、この日は違っていた。
「綺麗事なき少子化対策として総理は『国家管理のAIマッチングデータベースの創設』『婚活控除の創設』そして少子化の最大の理由を人々の容姿にあるとして、容姿の悪さを先天的な障害、つまり『容姿障害』として認定し国家として保護することを発表しました」
「わ、私の顔はついに障害者扱いになったのね……」
 美咲は思わず自分自身を嘲笑するかのようにテレビに映る総理に向かって独り言を呟いた。
 通勤電車の中で美咲は朝に見たニュースを深堀りするべくネットニュースをひたすら見ていた。そこで美咲がたどり着いた結論は以下の内容である。
 ①少子化は未婚化が原因であり、未婚化の最大の原因は容姿の悪さ。
 ②容姿の悪さは結婚に限らず、就職や人間関係などにも災いして個人の幸福追求権を妨げる。
 ③個人の尊厳と幸福追求を保障するために国家は容姿の悪さを障害と捉え保護すべき対象とする。
 ④容姿の悪さは先天的障害であるからこれを容姿障害と定義づけることは妥当であり、障害者の支援に国家が積極的に関与することが可能になる。
 ⑤その支援として経済的支援と共に、医療的支援も行う。最大の柱となるのが美容整形への補助。
 美咲は国家がこんなルッキズムにまみれた政策を正当化するなんて正直どうかしてると思った。確かに不幸な人生の多くはこの容姿に由来すると思っていたが、民主主義国家がその美醜を判断することが許されるとは思えなかった。大学で政治学を専攻していた美咲でもこれくらいの良識は持っていた。しかし、ある種の真実味があることは顔で色々損してきた過去から否定しきれなかった。



 食堂で流れるニュースを見ると野党の政治家がやはり反発していた。
「仮初めにも民主国家である自覚があるならこんなルッキズム全肯定の政策を打ち出せるわけがないですよ!総理というか人間としての資質が問われます!」
 美咲は舌鋒鋭いこの政治家の言葉に共感した。
 しかしSNSを見ると真逆の反応で占められており、世の中は結局、顔なのかよと悟った。
「ルッキズムに猛反発のあいつの嫁、元アイドルだからなー(笑)」
「自分自身は顔で結婚相手選んでて草」
「ブスの嫁さんもろてからそういう批判は言ってくれwww」
 案の定、政府のルッキズム政策は糾弾されたが、世間は批判した人々の配偶者の容姿やその人の発言あげつらった。
「ルッキズム良くないねって皆さん言うじゃないですか。でもそうやって批判してる人に限ってイケメンや美人を結婚相手にしている。自分のことは棚に上げて政府はけしからんって単純に説得力がないです。容姿が悪いことで損をしている人が障害者になって救われるならむしろ政府は正しいことをしてると思いません?」
 有名なネット論客の切り抜き動画が大バズりしていた。男女論をさかんに語るアカウントも容姿障害の創設を肯定していた。いつも女権論を展開するフェミニストのアカウントもレスバの中で結婚相手に容姿を求めることを渋々認めたことから大炎上していた。社会が総理の発言をきっかけに剥き出しの本能で動きつつあることに違和感と不安感を美咲はまだ抱いていた。



「もう3年目でしょ?いい加減こういうミスは無くしてもらわないと……まあ相手がお付き合いの深い会社さんだったから良かったけどさ」
 美咲は誤って請求書を違う会社に送付してしまい課長から叱責されていた。確かにこれは美咲のミスであり、当然の注意である。
「伊藤さんはさ、腰掛けOLじゃないんだからこういう地味な仕事もちゃんとこなして経験積んでいかないと……茉実ちゃん、あ、高梨さんみたいに産休、育休、時短、そろそろ独り立ちするかなと期待しかけたらまた妊娠みたいなことはないと思ってどんどん仕事もお願いしてるからほんまに頼むで!」
 まるで私は結婚するに値しない命、つまりブスだから仕事させているように聞こえた。別に課長は私を憎んで叱責してるわけでもないし、期待の裏返しだと理解はしていた。しかしあのニュースを見て以降、釈然としない気持ちが頭の中でぐるぐるして美咲は涙目になっていた。
「あーごめん!別に泣かせるつもりではないんだよ!まあでも伊藤さんでは女の涙は使えないからこれくらいのことで泣かれても今後が心配だよ。お説教はここまでにするから次からは気をつけるんだよ!」
 魂が殺されたような気がして誰もいなくなった会議室でついほろほろと泣いてしまった。美咲は25年間、受け流してきたこうした言葉の暴力の数々についに耐えきれなくなってしまった。
 その結果、美咲はこの日以降、出社することができなくなってしまった。
 会社は休職扱いとなり部屋に一人引きこもる日々が始まったが、このことが美咲にとって大きな転機にもなったのであった。
 
 


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