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アスタラビスタ 3話 part7

 稽古着に着替えて戻ってくると、圭が道場の中を裸足で意味もなく走り回って遊んでいた。その様子は、到底同い年とは思えないものだった。

「お! 紅羽が戻って来た!」

 圭が走り回っているスピードのまま、私のところへ駆け寄って来た。

「それが薙刀の道着かぁ! 袖、剣道の道着に比べて短いんだな!」

 指摘され、私は自分の腕に目をやる。半袖の道着にはゴムが入っており、二の腕で自由に調節できる。

「圭は俺とか雅臣を見てて、剣道の道着に見慣れてるから、薙刀の道着は新鮮に感じるでしょ?」

 道場の壁に寄りかかり、腕組をしている清水が言った。

「俺、初めて見たぜ!」

 圭が目を輝かせて私を見るから、思わず恥ずかしくなって顔を逸らした。本当は他人に見せられるほど、格好良く稽古着を着こなせていなかった。紆余曲折あり、薙刀をやっていた頃から十キロも体重が落ちた私に、当時の稽古着は大きすぎた。身長はまったく伸びていないおかげで袴の裾は問題なかったが、稽古着は大きくてぶかぶかだった。

 稽古着を着ているというより、「着られている」状態に近かった。

「へぇ、やっぱり紅羽は似合うな」

 道場の隅から雅臣の声がして顔を向けると、そこにはオレンジ色の髪を後ろに束ねた、薙刀の稽古着姿の雅臣がいた。

「お前は激しく似合ってないな」

 圭が残念そうな表情をしながら、雅臣に呟いた。確かに、雅臣のオレンジの髪色に白い稽古着と黒い袴は似合っていなかった。

「自分が一番よく分かってるわ」

 彼自身も理解しているようで、圭を鋭く睨みつけた。

「雅臣のその髪色は不便だよね。剣道の道着を着た時もそうだったけど、大抵似合わないもんね」

 清水は憐れむような目で雅臣に言った。誰も雅臣を擁護しないことに、私は少し驚いた。そういえば、なぜ雅臣の髪色は、あんな派手なオレンジ色なのだ?

「あの、どうして雅臣さんは髪色、そんな色なんですか?」

 私の聞き方が悪かった。圭と清水は私の「そんな色」という言葉がツボに入ったのか、笑い始めた。

「組織の決まりだ。№10以内の憑依者には、それぞれ象徴としての色が与えられる。憑依すると、憑依された側には憑依した者の髪色と髪質が表れる。それを利用して、ナンバー上位者には憑依している状態を目で見て確認できるように、髪を染めることが義務づけられてるんだ」

 雅臣の説明に、付け加えるように清水が言った。

「ほら、紅羽ちゃんも雅臣が俺に憑依したの、この前見たでしょ? もし、雅臣が普通の髪色だったら、雅臣が俺に憑依しても、分からないと思わない?」

「確かに、そうかもしないです」

 長い間、雅臣の奇抜な髪色を疑問に思っていたが、まさかそんな大きな理由があるとは思ってもいなかった。

「紅羽」

 途端に雅臣に名前を呼ばれ、私は何事かと肩に力が入った。私へ近づいてくる雅臣は、稽古着が似合わないと言われていたわりに、十分武道をやり込んでいる人間に見えた。

「これから、防具をつけて俺と試合する。俺も薙刀で戦う」

 今更だが、雅臣が相手をするのだろうか? そもそも、薙刀なんてマイナーな武道が、雅臣にできるのだろうか? 下手な人間とやるほど、怖いことはない。下手な人間は防具の付いている部位に薙刀で打ち込むことすらも難しい。つもり、素人では狙いを定められず、防具のない生身に打ち込まれる可能性が高いのだ。

「……なんだ? その下手くそを見るような目は」

 どうやら私はあからさまに嫌な顔で雅臣を見ていたらしく、雅臣が眉間に皺を寄せて、鋭い目でこちらを見てきた。



「あの、雅臣さんは薙刀、できるんですか? もし素人なら、清水さんの方が……」

 私の体調以前に、私が大怪我をする。

 雅臣の機嫌が急降下していくのが、表情を見ていてすぐに分かった。失礼なことを言っているのは自分でも理解している。それにお互い様だということも。私だっておよそ六年ぶりだ。そしてこの体調。おそらく、私の相手をして、無傷で帰ることはできないだろう。ならば、慣れている人間に相手をしてもらった方がいい。怪我からトラブルになることは、よくあることだったが、そんなところに神経を使ってはいられない。

 私の話を聞いていた清水が、大きな口を開けて笑いながら、会話に割って入ってきた。

「俺は剣道や古流剣術ならともかく、薙刀はまったくできないよ。さっきは試合やりたいなんて言ったけど、俺は剣道しかできないし、雅臣が言った通り、病み上がりの紅羽ちゃんに異種試合は危険だしね。それに安心してよ。雅臣は憑依者組織の教育機関で、武道は一通り学んでるし、剣道でだけど俺と手合せした時、かなり上手かったから」

 清水がどれほどの腕前を持っているのか見たことがないため、清水の言う「かなり上手い」がどの程度なのかは分からないが、彼の言葉を信じるしかなかった。

「安心しろ。極力外さないようにする」

 変わらず不機嫌な顔つきで雅臣に言われ、私は「はい」と答えるしかなかった。


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