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10話 真実


 彼女に真実を伝えるのは、まだ早過ぎるだろうか。まだ時間が必要だろうか。だが彼女は今真実を求めている。オレはすぐにでも彼女に伝えてあげたいのだ。もしそれで深く傷ついたとしても彼女はきっと、本当の元気を取り戻せるはず。
 再び電信柱の前にしゃがみ込み、花を見ながら考えていたときだった。
「あの。どちら様ですか?」
 声が聞こえた方向に顔を向けると、そこには髪を後ろに結った40代くらいの女性がセナを見て立ち尽くしていた。

「え?理真ちゃんの知り合いなんですか?」
「えぇ。息子が理真ちゃんと同じ高校で。サッカー部の部長だから、全く勉強しなくて大変なのよ。それに比べて理真ちゃんはいい子だから。」
 近くの公園でオレは理真の知り合いと言う女性とベンチに座った。
「息子は小さい頃、よく理真ちゃんにちょっかい出しててね。理真ちゃんのところ、よく困らせてたんだけど。今じゃ話もしなくなったみたいで、やっぱり年齢がねぇ。でも理真ちゃんの両親が亡くなったら、すごく息子、心配してね…『アイツ大丈夫?』 って、ここ2週間言いっぱなし。私は理真ちゃんのお母さんと仲良くさせてもらってて、かれこれ十数年お世話になったから、少しでもお役に立てればと思って、あの電柱の花束の掃除をしてるの。」
「そうだったんですか。」
 ベンチから立ち上がった理真の幼馴染の母親は、セナに目を向けた。
「あなたは?理真ちゃんの?」
「友達です。」
「あら、そうなの。私、どうしても理真ちゃんの様子が気になってお家に行ってみたんだけど、ずっとお留守みたいで心配なのよね。…どこに行っちゃったのかしら。」
 何を言っているのだ。理真は。心配してくれる人がいたではないか。
「理真ちゃんは今、オレの家に住んでます。」
 少し皺のある目から、優しい笑みが消えた。オレだって当然だと思う。女子高生が男と同居するのだ。普通だったら無事なはずがない。だがオレはアンドロイド。人間ではないのだ。
「元気…ではないですけど、それなりに笑って過ごしてるので大丈夫だと思います。」
「…ならよかったわ。」
「ただ少し。」
「少し?」
 もう1度セナの隣に理真の幼馴染の母親が座った。オレは少し考えてから言葉を発した。
「警察署で本当の加害者の証言から、理真ちゃんの両親が加害者の扱いをされていたんです。それで理真ちゃんは少し元気がなくなっちゃって。」
「…まさかあなたが事故現場にいたのって。」
「理真ちゃんは本当のことを知る権利があると思ったので、代わりに。」
 感心したように頷きながらセナを見つめ続ける彼女。そしてそっと言った。
「加害者のことなんだけど、少しいい?」
「知ってるんですか?」
 尋ねると、静かに頷いた。
「加害者の父親、暴力団と関わってるみたいなのよ。」
 耳打ちをするようにセナに彼女は呟いてきた。
「どうしてそれを知ってるんですか?」
「ここらじゃ有名なのよ。その娘、荒い運転をするって。確か…名前は…木下…」
「木下里絵?」
「そう!それが娘よ。一応一児の母親らしいんだけど、旦那さんはいないみたいで。まだ1歳くらいの息子を膝の上に乗せて運転していたみたいなのよ。『すぐに泣き出すから』って言って。周りの人たちは前々から危ないって注意をしていたみたいだけど。事故当日もそうだったみたいよ。それで子供が暴れたのよ。止めようとして目を逸らした時に…。」
 それを聞いてやっと分かった。衝突した拍子に子供がフロントガラスへと飛び、怪我をした理由を。
「…その女の住所、知ってますか?」
「え…まさか乗り込むの?やめなさい!危ないわよ!」
 まるで母親に怒られているような気分になった。
「よかったです。理真ちゃんを連れて来なくて。」
「え?」
「だいたい見当はついてたんです。暴力団とかが関わってるだろうなって。」
「あなた、本当に行くの?」
「いつか会わなきゃいけないんです。理真ちゃんも。」
 彼女は紙切れとペンを出し、住所を書き出した。そしてそれを丸めて、セナの手に握らせた。
「危ないことはしないのよ。いいわね?」
「大丈夫ですって。」
「…あなた、本当は優しいのね。最初はあなたを見たとき、遊びでやっているのかと思ってた。」
「優しくなんかありませんよ。これは恩なんです。」
 立ち上がり、セナを小さい子供たちが遊ぶ公園を出て行こうとした。
「恩?」
「オレは理真ちゃんに助けてもらったんです。…だから、これはその恩返しです。」
 砂場で楽しそうに遊んでいる女の子が、小さい頃の理真に見えて一瞬驚いた。だが今はそんな過去の思い出に浸っている時間はない。もらった紙切れを握り締め、公園に背を向けた。

夕日の反射する、少し大きな石の付いたピアス。明るい茶色の髪は1つにまとめて後ろへと束ねていた。彼女は新しい車の鍵を閉め、マンションのエレベーターへと乗り込んだ。彼女にとって得に変わったことはなく、いつも通りの1日が終わろうとしていた。おもむろに肩に掛けていたバックから携帯電話を取り出し、エレベーターを降りた。そしてメールの受信ボックスを開きながら自宅へと向かおうとした時、後ろに誰かがいることに気がついた。
「車。買い替えたんですか?」
 彼女は振り返る。だが知らない男だった。
「誰?」
「あなたが起こした事故で亡くなった夫妻。オレはその娘さんの友達です。」
 茶髪の男はモスグリーンのパーカーを着ていて、ジーンズのポケットに手を入れながらそう言った。
「またその話?…帰って。疲れてるのよ。あたし。」
 そう言って彼女はドアの鍵をバックの中から取り出し、携帯電話をバックの中へとしまった。
「これ、見ます?」
 男は携帯電話をポケットから取り出し、彼女にその画面を見せた。そこには彼女がかつて乗っていた車と、シルバーの車が追突した様子が残されていた。彼女は3秒も経たずにその写真から目を逸らした。
「これは夏川さんが救出される前の写真です。あなたの車は、夏川さんを救出するためにこの後、歩道側へ移動されますので。」
「何?嫌がらせ?あたしはちゃんと警察に行って来たわ。」
「嘘を言いに?」
 彼女を見下ろして静かに言う男。しかしそれとは逆に、彼女は大声で叫んだ。
「あんた何!?何が言いたいの!?あたしはぶつかられたのよ!」
「どう見てもこの写真はあなたが一方的にぶつかったようにしか見えないでしょ。」
 センターラインを踏んでシルバーの車にぶつかっているのは、紛れもなく彼女が数年間乗り続けていた車。
「違うって言ってるでしょ?うるさいのよ!他人のあんたにどうこう言われたくないのよ!」
「あなたは膝の上にまだ幼い息子さんを乗せて運転していた。それを周りには『すぐに泣き出すから』と言い、注意も何も聞かなかった。事故の当日も勿論息子さんを膝の上に乗せていた。でも突然息子さんが膝の上で暴れだし、目を逸らした瞬間、あなたはセンターラインをはみ出して夏川さんの車にぶつかった。夏川さん夫婦は2人とも車の間に挟まり大量に出血している上、意識もなく心臓も止まっていた。周りの人たちは救急車を2台呼んだけれど、無傷のあなたはもう1台呼んでほしいと周りの人に頼んだ。」
「あんた、一体それをどこで…。」
「あなたの息子さんは衝突した拍子にフロントガラスへと飛んで頭を打ち、怪我をしていた。」
「あたしは知らない!2度とここに来るな!」    
 鍵を早々と開け、部屋の中へと入ろうとする女の腕を男は掴んだ。
「あんた、悪い事をしたと思わないの?あんたのせいで2人も死んでるんだよ!?」
「あたしはぶつかられたの。そんな写真、証拠にもならないわ。それに警察はちゃんと現場検証だってした。文句ないでしょ。」
「あんたはどこまで嘘をつく気だ!」
 男が怒鳴り出し、マンションの廊下に声が響く。彼女は目を鋭くさせて男を睨んだ。

「あんたはそれでも一児の母親か?」
「あのさあんた、あたしのこと調べたから分かると思うけど、これ以上やったら分かってる?あたしの後ろ側にいるの、分かるよね?」
 女は不吉な笑みを浮かべて男の腕を振り払った。男は女を睨んだまま、目を離そうとしない。
「あんたは大丈夫でも、残った娘、どうなっても知らないよ。2度とここに来ないで。」
 乱暴にドアを閉め、彼女は消えた。夕日の当たるマンションの廊下に残された男は歯を食いしばったまま、立ち尽くしていた。

「あれ、セナ。おかえり。」
「ただいま。」
 事務所の中には制服から部屋着へと着替え、テレビを見ている理真がいた。左手にはスナック菓子の袋を持っている。
「遅かったね。また彼女のとこ?」
「違うよ。…待ってて。今ご飯作るからお菓子食べるのもうやめな。」
「分かった。あ。そうそう。電気、ここ切れちゃったみたい。」
 天井を指差す理真。セナは軽く頷く。
「すぐ取り代えるから待ってて。」
 そう言いながらテレビを見ている理真の座るソファーの横を横切り、洗面所へと向かった。理真に気づかれないようにそっとドアを閉めると、洗面台に屈み込んだ。彼はしばらくその場から動くことはなかった。

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