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囚われ、気づき、イメージを知ることについて

昨日まで「囚われ」、「気づき」、「イメージ」というキーワードで「より楽しくなるには」ということに関して話してきました。今日はなぜこれらを知る必要があるのか、語っていこうと思います。

私は囚われ、気づき、イメージという言葉で表される「概念」を知ることは、再現できることに繋がると思います。つまりは自分で試せるのです。しかし概念だけでは、イマイチ生活レベルに落とし込むことは難しいと思います。そこで大切になるのが「流れ」です。

「流れ」を知れば、どうしてその概念があるのか、理由や手段も抑えることができます。どんな条件下で成り立っているのかも、何となく抑えることができます。つまりは自分でやってみるときに、わかっているので、真似してみやすいのです。

私なりに「囚われ」、「気づき」、「イメージ」について書き起こした時、流れは抑えられたかなと思いますが、中でも強みは、規則性と型語りあることです。世の中にはいろんな事象がありますが、何故か上手くいってる人の切り口を、過去のこと、現在のこと、未来のこととして「囚われ」、「気づき」、「イメージ」の観点で語っているものは世の中にないのではないかと思います。それぞれについて、例えば囚われについて深掘りしたりするものはあるかもしれませんが、これらを繋げて流れがある中に、規則性を見出していることこそ、最大の強みだと思うわけです。

対して書き出して考える弱みは、規則性が分かりにくい点です。また、実際に自分の状態を顧みる時の条件がなくて、自分で付け合わせがしにくいという点です。しかし、私はこれは枝葉の部分であると思っています。例えば図にする、箇条書きで条件を挙げるなどすれば、すぐに解決することができると思っています。これらをすぐにカバーせずとも良いかなと考えているのです。囚われ、気づき、イメージを更に自分のものとして周りの人が吸収するには至らないと思うわけです。それでは、これらを他者が自分のものとして、より楽しくなるようになるためには、どうすれば良いのでしょうか。

それは更にシンプルにすることです。人の脳は一度に覚えられて5個程度だと思っているので、それよりも多い新しい単語が出てきたら、もはやハードモード突入です。触れていてしんどくなります。そのため今後は今ある流れを更にまとめたりしてシンプルにすることで、より身近にしていきたいと思うのです。

そもそも「囚われ」、「気づき」、「イメージ」をどうして知る必要があるのかを語っていましたが、これらは自分で試してみることに繋がるからです。私はこれらの概念をば語る上でマジックのようにしたいとかんがてています。つまり一度知るだけで、認知するだけで、ガラッとこれまでの自分とは変わるような状態にしたいのです。何より、私自身が満たされていない時、毎日が苦しい時、それを求めていました。

概念をマジックレベルにするためには、触れただけで腹に落ちるレベルで分かりやすい必要があると思います。今はその試行錯誤中で、よりシンプルにしていこうという私の表現の中での所感と共に表してみました。自分で実際にやってみれるように、更に工夫していきたいところです。

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