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朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』

この記事は、日本俳句教育研究会のJUGEMブログ(2019.03.17 Sunday)に掲載された内容を転載しています。by 事務局長・八塚秀美
参照元:http://info.e-nhkk.net/

朝井リョウさんの新刊は、『小説BOC』1~10号に連載された、8作家による競作企画「螺旋プロジェクト」の中の一作品。3つのルールに従いながら、古代から未来までの、日本で起こる「海族」と「山族」の対立構造を描くプロジェクトの「平成」編が、『死にがいを求めて生きているの』です。もちろん、本作もプロジェクトのルールの中で物語は進んでいくのですが、やはり朝井リョウ色は顕著で、平成に生きる人々を描きながら、何らかの対立の中から逃れられない人間存在というものが、哀しくも静かに激しく、また希望の眼差しでもって描かれていきます。

写真は中央公論新社HPより

ちょっとした違いが溝を産み、そして集団を作り、生まれていく対立、そして大きくなっていく争い。個人個人の日常の生活では、全く関係の無いと思えるような「対立」が,、実は常に私たちの身近にあることにハッとさせられます。

自己存在を示すために敵を作りながら生きていく堀北雄介と、人を分断しない生き方をしたいと願う南水智也。

二人の身近にいる人々、そして、智也自身の視線から、二人が何層にも描き出されていくのですが、最終的に書かれずに終わるのが雄介視点の物語です。破壊的な側面ばかりが浮かび上がってくる雄介ですが、あえて、強硬さの裏に隠れている誰よりも傷つきやすい雄介の物語が書かれないことによって、結末の智也の物語の中での、弱さを受け入れる強さをもった智也の「絶対」という言葉が予感させる力が際立ってくるように感じます。

「死ぬまでの時間を生きていい時間にしたい」雄介とは、この世に存在し続ける対立の円環から逃れられない私たち読者自身でもあるのでしょう。読者はそれぞれに、その後雄介に用意されるだろう甘くはない救済の物語を想像すると共に、螺旋のように続く対立の連鎖の中に生きる読者たちへの作者からの祈りにも似たメッセージを受け取るのに違いありません。

この後、7月まで螺旋プロジェクト作品は続々と刊行予定のようです。各作品で「海族」と「山族」の対立構造から何が描き出されているのか。また、それぞれにどう繋がっていくのか。読み比べることによって、よりそれぞれの作者の色が見えてきそうです。