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阪田知樹「モーツァルト+(プラス)」神奈川県立音楽堂

ピアニストの阪田知樹さんが初めて指揮を披露されるという記念すべきコンサート。プログラムは、ピアノソロはなく、ピアノ協奏曲もしくはピアノなしという驚きの構成。中には阪田さんが編曲され、日本初演となる作品もありました。ソリストとして活躍しながら作曲・編曲をこなす阪田さんが指揮デビューという、多彩な魅力が詰まったコンサートでした。

この記事はクラシック音楽初心者が、勉強がてらコンサートの余韻を味わう目的で残す、備忘録に近いコンサートレポートです。


プログラム

プレトーク
モーツァルト:コンサート・ロンド イ長調 K.386
リスト:システィーナ礼拝堂にて ※管弦楽版日本初演
J.S.バッハ(モーツァルト編曲):平均律クラヴィーア曲集より5つのフーガ
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K.453
<アンコール>アーン:クロリスに

<出演>
指揮・ピアノ:阪田知樹
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

公演日:2022年2月26日 (土)神奈川県立音楽堂

公演前の阪田さんのビデオメッセージ

今回の公演の内容を含むインタビュー記事(ヨコハマアートナビ


阪田知樹さんと指揮・弾き振り

数々のコンクールに入賞され、超絶技巧で有名なコンサートピアニストとして活躍されている阪田さんは、室内楽やオペラなどピアノ曲以外もお好きなよう。筆者はまだあまりクラシック界のことはわからないのですが、ピアニストさんの中でも阪田さんはバイオリンなどとの室内楽の機会が多い印象があり、指揮をされるというのもなるほど、という自然な流れを感じるものがありました。それと同時に、これだけピアニストとして成功している方でもまだやりたいことがあるのだと、その向上心に驚きます。
指揮者さんはいろいろな楽器経験者の方がいらっしゃいますよね。筆者の浅~い知識でも、Krystian ZimermanさんやLeonard Bernsteinさんなど一流のピアニストとして活躍しながら指揮者でもあった世界的に有名な方々もいらっしゃったり、サックスやオーボエなど管楽器出身の方も耳にしたことがあります。

SNSで拝見するところ、阪田さんの指揮の師匠(という言葉をクラシックでも使うのでしょうか)は原田慶太楼さん。

練習風景のツイート

原田さんは前述のようにサックス奏者出身。アメリカでサックスを学んでいるうちに指揮に魅了されるようになり、指揮の勉強に転換された方。アメリカだけでなくロシアで指揮を学ばれたそうです。

今回阪田さんはピアノなしで指揮だけの時でもタクトを持たずに指揮をされてましたが、原田さんも時に手で指揮をされる方です。以前YouTubeでおっしゃっていたのは、最初に指揮を学んだときは手だったそうで、今でも微妙なニュアンスを伝える必要がある作品ではタクトを持たないのだそう。その言葉を回想して、ピアニストとして大胆さから繊細さまで幅広い表現をこなす阪田さんは、その得意な手を通して伝えたいことがあったのではと想像していました。

ここで余談。筆者の個人的な印象といいますか偏見があるかもしれませんが、明るくユーモアたっぷりで情熱的な指揮をされる原田さんと、冷静でピアノの難曲を涼し気に演奏される阪田さんという正反対のキャラクターと思われるこのおふたりが、どんな会話をされていたのか大変興味深いです(笑)

今回の公演についての内容を含む前述のヨコハマアートナビのインタビューでは「モーツァルトの弾き振りは、私がこれまでお世話になった先生方、アリエ・ヴァルディ先生や、タマーシュ・ヴァーシャリ先生、そして故・パウル・バドゥラ=スコダ先生などが得意とされていたスタイル」と紹介されています。阪田さんといえば筆者は特に故・スコダ先生との師弟関係が印象深く、当時から弾き振りへの憧れがあったのではないかと想像します。

スコダ先生のレッスンについて詳しくインタビューに答えていらっしゃるデビュー前のレアな記事に遭遇しました!


プレトーク

筆者はここ何度か阪田さんの公演で演奏前のプレトーク(ハクジュホール・巡礼の旅)や、アンコール前のトーク(エリザベートコンクール凱旋リサイタル)をお目にかかり、もはや恒例となっているようすの阪田先生の解説トーク。阪田さんは最近のインタビューや前述の記事を読んでも容易に想像がつく研究熱心な方。そのマニアックな知識あってこそ作られた各コンサートの構成を解説くださり、たっぷりとトークの時間を取り、観客にクラシック音楽の素晴らしさをもっと知って欲しいという、親切で熱い思いが感じられます。

「モーツァルト+(プラス)」というシリーズである今回のテーマは、モーツァルトを通して過去と未来を繋ぐというもの。モーツァルトがオマージュとして作品に込めたもの、逆に後世の作曲家がモーツァルトの作品を使ったものなどがプログラムされました。またピアニストで指揮者である阪田さんならではの、オーケストラファンとピアノファンを繋ぐ機会にしたいという意図もあったのだそうです。


モーツァルト:コンサート・ロンド イ長調 K.386

阪田さんのトークによると、こちらは楽譜がバラバラに発見されたため、ピアノソロなのか協奏曲なのか、議論が行ったり来たりした取り扱いが難しい作品だったという。前述・スコダ先生が弾き振りをされた作品で、当時の楽譜は旧版。その後カデンツァを含む楽譜が出版されたということで、この日は阪田さんのカデンツァ入りでした。(筆者は初心者すぎてカデンツァがどこなのか聴き分けできず)

スコダ先生の弾き振り、これでしょうか(録音:1970年)。

阪田さんはそのピアノ演奏の時のような上品で滑らかな手の動きで指揮をされ、指揮をされては座ってピアノを演奏、また指揮の為に立ち上がるという動きの繰り返し。椅子に座る位置も調整する暇はないですし、座ってすぐペダルも踏むというのは難しいことではないかと想像(慣れない人はペダルを踏んだつもりが床だけだった、などないのでしょうか)。また、ピアノで片方の手があくと休む間もなく指揮をする様子が、指揮への思い入れを感じるようでした。筆者には少し緊張が見られたように感じましたが、オケと一緒に歌うように口を動かしたり感情表現するお姿も印象的でした(図らずも筆者は阪田さんの横顔が見える幸運な席でした)。


リスト:システィーナ礼拝堂にて ※管弦楽版日本初演

かの有名なバチカンのシスティーナ礼拝堂で演奏されていた宗教曲がもとになっている作品。モーツァルトが驚くべき才能によりその門外不出の曲を聴いただけで書き起こしてしまったことにより、世に知られることになったという逸話があるそうです。モーツァルトを敬愛していたリストはそのモーツァルトの作品をオマージュとして用いつつ、同じくモーツァルトを敬愛していたアレグリの作品を組み合わせて作曲したものなのだそう(筆者の記憶あやしげ)。


この作品は長い間ピアノ曲とオルガン曲で知られていましたが、リストは管弦楽曲も作曲。その楽譜が見つかったのはずいぶん後になってからで、管弦楽版が初演されたのは阪田さんが生まれた年と同じ1993年。今回阪田さん指揮で演奏し、日本初演となりました。阪田さんはオーケストラ曲をご自身でピアノ独奏用に編曲された作品がいくつかあり、クラシック愛を感じる音楽家ですね。

こちらはピアノなしの演奏で阪田さんが指揮者100%。後ろ姿だけ拝見する珍しい光景でした。立ち姿で強調される手足が長いモデル体型の華やかな指揮者ですね(そこですか)。人間の生と死、天国と地獄が表現されているというこの作品では、穏やかな指揮と、シリアスな表情でグッと拳に力を入れる姿が見られ、特にその拳はいつものピアノでは見られない動きであり、新たな阪田さんを見たようで新鮮でした(同時にかっこよくて痺れました)。

 
J.S.バッハ(モーツァルト編曲):平均律クラヴィーア曲集より5つのフーガ

この作品は逆にモーツァルトがバッハの作品を編曲したもの。時代が遡り、モーツァルトが今回のテーマである歴史を繋いでいますね。

こちらは管弦四重奏。阪田さん企画のコンサートに阪田さん登場なしの曲とは、どんな意図があったのでしょうね。観客にどうしても聴いて欲しかった?阪田さんを支えてくれたオーケストラへの敬意?など、考えを巡らせるのも楽しいものでした。

 
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K.453

筆者が阪田沼にハマるきっかけとなったエリザベート王妃国際コンクールで演奏された作品。あの時の高揚感が甦って感慨深いものでした。今回はこの時より少しテンポが遅いようで、ゆっくりじっくり甘美な印象で、阪田さんがロマンティックな作品をお好みな(気がする)ことや、お人柄を感じるようで味わい深かったです。

ここでピアノが運ばれた時に気づいたのですが、ピアノの前輪をぐっと八の字に向けたこと。以前、反田恭平さんだったか金子三勇士さんだったか、その理由を伺った覚えがあるのですが、記憶が・・・(筆者の記憶力がものすごく残念)。今日のところは、ピアニストさんによる工夫だというざっくりとした情報で失礼致します。


<アンコール>アーン:クロリスに

ピアノソロはないの?というご要望に応えての選曲だったそうです(笑)アンコールでも一環として繋がっていた今回のテーマ。南米出身のアーンはオマージュが得意な作曲家で、この作品はバッハ・G線上のアリアを彷彿とさせるという。またひとつ阪田さんを通して隠れた名曲を知る機会となりました。

何度も拝見したこちらの阪田さんの動画ですが、これだけでもうっとりなのに、今回の演奏がこれよりずっと深くロマンティックで大人な味わい。かなり後をひいています。


最後に

演奏後は指揮者ならではの、メンバーに立ち上がっていただきながらの称賛の拍手シーン。オケ側が阪田さんを称えたいお気持ちの方が強いからなのか、なかなか立ち上がってもらえないということが何度か続き、会場からも微笑ましいと言わんばかりの笑いが起きていました。そんな初々しい指揮者姿はきっといつまでも忘れず、20~30年後、大御所になった阪田さんを見て「初めて指揮したときは・・・」と語るのを楽しみにしています。その時まで阪田さんと音楽が変わらず私たちのそばにあり、世界が平和であることを祈っています。


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