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角野隼斗 コンサートツアー2024 「KEYS」 サントリーホール

「鍵」という意味の他に「鍵盤/鍵盤楽器」や「調性」を表す「KEYS」というタイトルの今年のコンサートツアー。コンサートやSNSで鍵盤ハーモニカやミニピアノなどの鍵盤楽器をピアノと一緒に演奏するという、斬新で独特なスタイルを確立した角野隼斗さんは、今年もそういった鍵盤楽器の楽しさを紹介したいという意図もあってこのタイトルにしたのだそう。

また音楽の調(調性)は長調・短調合わせると24個。今年のツアーは全国24公演。(最後はクラシック界では珍しい日本武道館!ですが、角野さんのお誕生日 7/14 開催なのは偶然なのだとか)そんな新たな試みが待っている2024年のツアーです。おっと「2024年」にも「24」が入っていますね!なにかと24な角野さんの東京公演初日を拝見して参りました。

この記事はクラシック音楽初心者が、勉強がてらコンサートの余韻を味わう目的で残す、備忘録に近いコンサートレポートです。

プログラム

J.S.バッハ:イタリア協奏曲 へ長調 BWV971
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K. 331「トルコ行進曲付き」
角野隼斗:24の調によるトルコ行進曲変奏曲
角野隼斗:大猫のワルツ
ガーシュウィン(角野隼斗編曲):パリのアメリカ人
ラヴェル(角野隼斗編曲):ボレロ
<アンコール>角野隼斗:ノクターン
<アンコール>モーツァルト(角野隼斗編曲):きらきら星変奏曲

公演日:2024年3月2日 (土)サントリーホール

チラシ

J.S.バッハ:イタリア協奏曲 へ長調 BWV971

今回のプログラムはほぼ時系列になっており、様々な鍵盤楽器を紹介する意味で、鍵盤がどう変遷していったかを見せたとのこと。
角野さんのYouTube Liveで解説によると、この時代の鍵盤楽器「チェンバロ」は、現代のピアノ(モダンピアノ)のように強弱や音量を調節できない構造であることから、装飾音やテンポで表現の豊かさを表したといいます。

また、この作品を「協奏曲」と名付けたのはバッハ自身(クラシックでは ”ベートーヴェンの「月光」は出版社が勝手につけた" など作曲家本人以外がタイトルをつけることがよくありますが)。2段になっているチェンバロの鍵盤の片方をオーケストラ(Tutti)とし、ピアノ協奏曲のように仕上げた、つまりはこのコンサート後半の角野さんのように、鍵盤ひとつでオーケストラの音楽を表現しようとした作品ということで選曲されたようです。

ちなみに鍵盤楽器について、もしご興味あれば筆者のこちらのnote記事もぜひ「鍵盤楽器の歴史を学んだ話 ~浜松市楽器博物館~」。

コンサートの1曲目は、ひたすら角野さんの美しい音に陶酔タイムでした。

動画は角野さんが多大な影響を与えられたというグレン・グールドの演奏を。


モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K. 331「トルコ行進曲付き」

なんと柔らかく温かな音!という角野さんの優しい音に驚きました。両方モダンピアノでの演奏とはいえ、バッハ(の時代の楽器)との対比をわかりやすく表現くださったのだと想像しますが、特に第1楽章の冒頭は1音1音がとても丁寧で、こうして聴いてみるとより繊細な音がそれまでの「神と人」とを繋ぐ存在だった音楽(バロック時代の教会音楽)が「人と人」とをつなぐものに変わったことを想像させました。同じピアノで見事な弾き分けです。

動画は、角野さんがよくYouTubeやインスタライブでお名前を出すピアニスト、ファジル・サイさんの第3楽章。(歌声が入る演奏スタイルがグールドと共通点ある方ですね…?笑)

ちなみにこの有名な第3楽章以外にどんな曲があるか、最初の数秒だけ聴いて調べたい時はWikipediaも便利です(コンピューター音源ですが)。


角野隼斗:24の調によるトルコ行進曲変奏曲

続いて、曲間のトークで転調がお好きとおっしゃっていた角野さんのオリジナル作品。モーツァルトのトルコ行進曲の主題を用いて、24の調すべてを使った作品とのこと。
そして昨年に引き続き、ピアノの隣には調(曲)の切り替わりを色分けで表現するための球体の照明が置かれていました。
こうして一見難しい音楽理論を、好奇心を刺激するようなしかけでコンサートに組み込むアイデアが豊富なのも、脱帽です。

角野さんの有名すぎるトイピアノでの演奏動画。再生回数1133万回!!(2024/3/2時点)


角野隼斗:大猫のワルツ

後半はステージに昨年のツアーで登場した特殊な加工を施したアップライトピアノ「かてぃんピアノ」と、今年は電子ピアノの代わりにチェレスタ、そしてお馴染みのトイピアノと鍵盤ハーモニカをグランドピアノに載せて、新しい「鍵盤ランド」が再現されていました。コンサートの緊張はこの鍵盤に囲まれた中にいると落ち着くのだと(笑)曲間のトークでおっしゃっていました。鍵盤ハーモニカは、見覚えのあるチェンバロ風に黒鍵部分が白い木目の楽器でしたが、特注なのかちょうど良い高さで固定されているチューブが取り付けられていました。

昨年のツアー後、日本各地でストリートピアノとして一般市民の元を旅した「かてぃんピアノ」。筆者も触らせていただきましたが、まさにその同じピアノがまたステージに戻るという、角野さんとのピアノを通してのコミュニケーションが生まれていて感動です。

https://cateenup.piano.or.jp/projects.html

チェレスタといえばこの曲、ということで、ちょっと混ぜて入れてくれるかな?などとかすかに期待してしまいましたが、ありませんでした(笑)欲張りはいけない、いけない。

この作品のモデルになった角野さんの愛猫について、プログラムノートにはこんな一文がありました。大きいのに軽やかに飛び回るらしいですね(笑)

ちなみに、角野の愛猫プリンは、かなり大きいが、よく走り回る。

当日のプログラムノート


ガーシュウィン(角野隼斗編曲):パリのアメリカ人

今回のコンサートの後半プログラムのテーマはオーケストレーションとのこと。たくさんの鍵盤楽器を使い、1人のピアニストがオーケストラの迫力を出せるかを表現したいとのことで、こちらももともとオーケストラの作品が選曲されています。ガーシュウィンがパリに旅行した当時の街の印象がテーマとなった曲。

角野さん編曲ということで、チェレスタと鍵盤ハーモニカが入ったのですが、その相性の良さに驚きました。鍵盤ハーモニカのノスタルジックな音が、昔のパリの街をモノクロ映像で見ているようで雰囲気ぴったり!
チェレスタも最高にマッチしていたのですが、少し調べてみたところ、もともとこの作品の演奏でチェレスタが入ることもあるそう。なるほどな選曲だったわけですね。

動画は音源のみですが、ガーシュウィンご本人の演奏(ピアノ版)。

こちらはオーケストラバージョン。ガーシュウィンご本人がチェレスタを演奏しているようです!


ラヴェル(角野隼斗編曲):ボレロ

昨年から度々角野さんがYouTubeなどで披露されていた、この人間業とは思えないピアノソロ編をついに生演奏で拝見です。オーケストレーションが神といわれるラヴェルの、代表的なオーケストレーション作品であるこの曲に、ピアノ1台で挑むというのは、すごいことですよね。

ステージは非常灯までも照明が落とされ、アップライトピアノにさらなる装置が取り付けられ(さらに独特な音に)、いつのまにか角野さんはステージに戻っていたようで、真っ暗な状態でスネアドラムのリズムが聴こえてきました。徐々に角野さんの周りにかすかな明かりが付き始め、アップライトピアノで演奏していることがぼんやりと見えてきました。曲が盛り上がるにつれ、モダンピアノで演奏しはじめると、その音の艶やかさが際立ち鳥肌ものでした。(記憶が曖昧なのですが、たしか)その後はチェレスタでも演奏があり、最後はモダンピアノのみでフィナーレ。

オーケストラでは、15分くらいあるこの曲を最初から最後までずっと同じリズムを刻むスネアドラムが印象的ですが、ピアノとなると片手をそれに持っていかれてしまうので、もう片方の手だけであの迫力を出すのは無理では?と誰しも想像するところですよね。角野さんの演奏を見ると、スネアは左手で始まりますが、フィナーレ近くになるとスネアの一部の音を左右の手で部分的に交換しながら弾いているようでした。驚きの超絶技巧!!そして最後は肘での演奏も入り、ド迫力!!これは後世に残る名演ではないでしょうか。

このオーケストラ作品をピアノで弾いてみることになったきっかけは、バレエダンサー・二山治雄さんとのコラボイベントだったとのこと。最初はこの曲をピアノ1台でと打診があった時、ありえないと思ったといつかのYouTube Liveか何かで聞いた遠い記憶が…(思い違いでしたらすみません)。

街角ピアノ」でも確かニューヨークのストリートピアノで披露しているところが放映されていましたが、動画は見つからなかったので同じ場所で弾いたバッハの方を。この場所はグラウンドゼロの最寄りの駅と言った気がします。

後日、ボレロの演奏の秘密について動画が公開されたので追加しました。
スネアドラムの音に近づけるためにアップライトピアノの弦にネジを付けたり、リズム音は左右の手で交互に弾く様子をスローで見せてくれていて、とても興味深いです。


<アンコール>角野隼斗:ノクターン

ステージに戻ってきた角野さんはまだ息を切らし、汗だく(心なしかステージに戻ってくるまでの時間も長かったような)。その様子にボレロの、魂が抜けそうなほどの全身全霊の演奏を理解するのでした。

アンコールはフランスのコンサートで演奏した角野さんのオリジナル(未発表曲)とのこと。YouTube Liveで「3つのノクターン」という作品を作曲し、いつか動画にするとおっしゃっていたアレでしょうか。ノクターンというと「夜想曲」という意味の言葉ですが、テーマは「夜明け」なのだそうです。

角野さんが演奏し始めると、不意打ちのような衝撃を受けました。これから昇ってくるであろう太陽が前向きでわくわくさせる「夜明け」にしては、あまりに切ないメロディ。筆者にはこの夜明けの意味がいま世の中で起こっている紛争や災害など、深い悲しみや苦しみからの「夜明けへの祈り」と浮かんできて、涙が止まりませんでした。最後は長い無音の間があり、曲の一部だったのか拍手までの間だったのか?不明ですが、黙祷のようで静寂にも美しさを感じた作品でした。

<アンコール>モーツァルト(角野隼斗編曲):きらきら星変奏曲

最後は、ツアー24ヶ所すべて24の調で弾き分けているという「きらきら星変奏曲」。この日は変な調(角野さん談)の変ロ短調でした!

最後に

当日配られたプログラムにも「Unlock New Musical Concepts」というビジュアルが入っています。昨年のツアーはどちらかというとアカデミック、今年は角野さんの好奇心を詰め込んだようなプログラムにしたのだそうですが、角野さんがまたそのクリエイティビティ豊かな好奇心で、新たな扉の鍵(KEYS)を開けたコンサートでした。それと同時に、思わぬアンコールに涙して、心の扉を開けられた思いの筆者でした。聴く人の心にダイレクトに音楽を届けることができる鍵を持っている音楽家ですね。

出典

Cateenチャンネル YouTube Live 2024/01/28(メンバー限定)

当日配られたプログラム

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