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おならガモとレッドデータブック

2月3日の節分の日は、午前・午後ともイレギュラーな仕事が入っていて、数日前から胃が痛かった。

午前中は、毎年頼まれている富岩運河環水公園での野鳥観察会と水鳥講座の講師。富山駅北の結構きれいな公園でのイベントである。

そして午後からは、今年頼まれた、富山県版レッドデータブックの改訂作業のための専門家ワーキンググループ会議である。

対象の違いがあるとはいえ、どちらも専門性が求められるお仕事であるし、しんどく思う部分がありつつも「自分を選んでいただいた」という高揚も手伝って当日は気合いが入っていた。

朝、集合場所である環水公園の野鳥観察舎に30分ほど早く到着すると、すでに役員の方はスタンバイされていて、受け付け名簿や配付資料は並べ終わっている。「本日はよろしくお願いいたします」とお互いに挨拶をし、下見がてらに観察窓から鳥を眺めている間に自然と人は増え、会話も生まれてなんとなく観察会が始まっているような案配である。こういう格式張らない雰囲気は好きだ。

時間になり、高齢の方から小さなお子さん連れの家族まで約30人ほどの参加者の方々と観察舎で鳥の種類やその識別、求愛行動、渡りの生態などの話を特に順番も決めずに会話形式で進めていく。

その後観察舎を出発し、環水公園の散策路を一周して観察会は終わる。コガモが全体の8割ほどで、ヒドリガモ、カルガモ、オナガガモ、マガモ、オカヨシガモなどもちらほら見られる。

小学校低学年くらいの兄妹が、私が「オナガガモ」と言ったのを「おならガモ」と空耳したらしく、「おならガモ!おならガモ!」と小声で言い合いながらずっと笑っている。

楽しそうなのでそのままにしておく。

自然観察会なんて、楽しいかどうかが8割なのだ。

顔見知りのメンバーで何人もが高い識別能力を発揮する野鳥の会の探鳥会とは違い、自然に少し興味を持っている地域の方々のふんわりとした集まりなので、いわゆる珍鳥はいなくても雰囲気は楽しく、満足度は高かった。

観察会のあとは、隣接する「とやま自遊館」の会議室でパワーポイントを使った水鳥講座である。

こちらも初心者向けなので話を代表種に絞り、写真を多めにして、食性や潜水・非潜水、渡りの有無程度に情報を限ってお話しする。

ただ、それだけだとここでの観察会という意味が半減するので、県内全体の水鳥相の中で、環水公園の水鳥はどういった点が特徴的で、特徴付けている環境要因はなんなのか、何を保全すれば水鳥たちを守れるのか、という起承転結の結の部分は毎回それなりに力をいれて文献や現地調査を重ねて、きちんとお話ししている。つもりである。

例の兄妹は予想通りオナガガモのスライドで「おならガモ!」「おならガモ!」と小声で言い合ってクスクス笑っている。

おならやうんこやちんちんで大笑いできる年齢の頃に、それらとセットでカモ体験ができたのはとても意義深いと思う。

兄妹の人生に幸あれ。

お話しが終わり、機材を片付けながら何人かの参加者の方と質疑というか雑談を交わして会場をあとにする。

楽しい2時間だった。

終わったときはいつも、始まる前の緊張や胃の痛さがなんだったのか?というくらいの充実感がある。

自分が好きなもののよさをみんなに知ってもらう、という行為は、そのまま自己肯定感に繋がっている。

普及活動は偉大だ。

余韻に浸りながら駅北のまるたかやで油かすとにんにくをたっぷり入れたチャーシューメンをすすると、午後の会合に向かう。

会場は富山県中央植物園の会議室である。

ちょっと早めに到着したので、入園料を払って園内の池をめぐり、カモを眺める。冬場は大人300円、JAF割を使うと240円で入れる。お得すぎる。

ここは本業は植物園なのだが、冬場はカモを観察する場所としては富山県内で一番よい場所だと思う。ちなみに二番目は環水公園である。

ここで行われたのは、2024年度に改定される、レッドデータブックとやまの鳥類部門の作業部会の会合である。8名の小さなワーキンググループで、野鳥の会のTさんやねいの里のMさん、イヌワシ保護協会のOさん、魚津水族館のKさんなどものすごい知識と経験を持っている方々の末席に加えていただいたのは光栄なのだが、いかんせん何をすればいいのかよくわかっていない。

前回のレッドデータが発行されてからここまでの10年間の希少種観察記録を各自持ち寄ってまとめた資料が配られているので、それを元に現在のレッドデータブックのランク付けをどう見直していくかを一種ずつ協議していく。

ランクの上下がそのままアセスメントや保護行政に反映される作業であるので、いい加減な「雰囲気」や「お気持ち」では決められない。しかし、かといって、全種に共通したランクの選定基準というのもない。

繁殖も県内で行う夏鳥と越冬地として利用する冬鳥ではそもそも全く異なるし、一時的に通過する旅鳥や、全国的には増えているが富山には浸入したばかりで個体数そのものは少ない種などは特に難しい。海鳥のように個体数が年によって安定しない上に観察も難しい種の扱いについても議論が困窮する。

私は一貫して「レッドデータブックは珍鳥リストではない」「レッドデータに載せることによって、具体的に生息面積や生息個体を増やせるような施策を打つことができないような種や分類群は入れない方がいい」というスタンスで意見を出し続けた。

緊張と集中の2時間が終わった。

ほとんどの種が「判断保留」で終わった。

様々な立場の方が、様々な考え方を持っているのだから、はなっから一回の会議で決まる訳などないのである。議長役のTさんも「3月までにはとりあえずの暫定リストを提出すればいいから」と仰っておられた。

今年の繁殖期の重点調査地域を参加者で割り振り(私は黒部市・上市町・舟橋村および富山市の古洞と城山)、重い重い宿題を抱えた形で家路につく。

ハンドルを握り、カワセミ科のランク付けについて思案しながら信号待ちの際にふと助手席を見ると、午前中の配付資料が置いたままだった。

レッドデータ一色だった脳内に、一気に「おならガモ」の群れが突入し、拡散し、気分を明るく軽やかなものに変えていく。

そんなことよりおならガモ、なのである。

この先、何年鳥の観察や調査に関われるかはわからないが、自分が目指しているのはガチの保護活動や専門の研究職ではなく、人と鳥とを結びつけるおならガモなのだと改めて確信した。これは卑下や諦めではなく、自分を肯定するためのライフワークである。

おならガモにおれはなる。

有意義な一日だった。




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