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本気度が高めの「食べられる野草」図鑑

「■■県民には、そこらへんの草でも食わせておけ!」と言われて久しい。

また、バラエティー番組の貧乏芸人自慢で、「腹が減ったけど、財布に数十円しかなかったから、古本屋に行って「食べられる野草」という本を買ってきてその辺に生えている野草をむしって食べた」という眉唾の昔話もよく耳にする。

本当に腹が減った人間が古本屋に行くのかどうかは別として、「食べる物がないから野草を食べる」という発想は寒村の救荒策としても古来から伝わってきたところだ。

しかし、現代手に入る「食べられる野草」本に載っている植物は、いわゆる山菜や春の七草を中心とした「普通に美味しく食べられる植物」の図鑑ばかりです。

美味しい山野の幸ではなく、腹を空かせた若者のために一番役に立つ「食べられる野草」図鑑はないだろうか?

と探した結果見つけた、一番本気度が高そうな草食系図鑑をご紹介します。

こちらです。

陸軍獣医学校研究部著「食べられる野草」昭和十八年十一月発行。

著者となっている「陸軍獣医学研究部」は、本来は主に軍用馬を扱う専門機関です。

そして昭和18年と言えば太平洋戦争も終盤となり、イタリアは降伏し絶対国防圏が設定されるなど徐々に日本の敗色が濃くなってきた頃ですね。

さて、この本を編纂した目的は最初の「緒言」に書かれていますので抜粋します。

序文を書かれたのは飼料植物学の大家で陸軍獣医少将(当時)の宮本三七郎先生です。

1、緒言

「野草を食べるといえばいかにも原始的に聞こえるが、これは人類の始まりから今日に至るまで自然に実行されてきた事実なのである。(中略)しかるに支那事変に続いて大東亜戦争となり、世界は全く二分して我々の目標も明かにきまつたのであるが、相手は名にしおふ執拗極まりないアングロサクソン民族であり、加ふるに彼等の所有する膨大な物資の力を唯一の頼みとして、我に挑戦してきてゐるのであるから正に我が民族がかつて経験しなかった超持久戦を覚悟すべき時となった。

故に今後戦争必需品を作るために、凡ゆる物資の不足を告げ、食糧の如きも不如意勝ちとなるのは当然で、何がうまい、彼がまづいなどといふ時代ではなく、むしろ生命維持に必要な最小限の食物によつて戦ひ抜かねばならぬのはいふまでもないのである。

さて兵器と食料は戦争に不可欠のもので、とくに食料においてはこの前の世界大戦の時、戦術に勝っても食料に負けたドイツの例を忘れてはならぬ。当時のドイツは極度に食料が欠乏し、野草が日常の副食物になったことを思えば、野草の活用こそ重大な意義が生じてくるのであって、草は牛馬を飼ふべきもの、飢餓時のみ利用すべきものである、というやうな狭い考へに閉ぢこめられて等閑に附してはならぬ重大な問題である。」

2.野草の生産量と栄養

「全国的にどれ位の草量があるものかについて、差し当たり内地だけの調査をすると第一表の通りで、およそ6956万トンといふ膨大な数字となり、またその栄養価総量は第二表のごとくである。これによって栄養分について考へると、我が国の農家が過半の精力を集中して生産する全穀物類の栄養分と比較して、タンパク価は約1.6倍、脂肪は約1.2倍、炭水化物は約1.1倍、カリは約5倍、リンは約1.5倍といふ驚くべき大量となるのである。」

 

「ドイツ人は、祖先が狩猟民族であったことを今でも誇りとして、「森林に帰れ」といふ標語をかかげて国民精神の昻揚につとめているさうだが、我々もここで「野草に帰れ」といふ標語を打ち立てて実行に移りたいのである。我々の祖先―戦国時代の武士道華やかな頃の武勇の人士を作った食物は、恐らく少量の耕作穀物以外は、ほとんど野草に依存してゐたであらうと考えられるからである。」

3 利用上から見た救荒植物の分類

4 食糧問題と野草の利用法

「ただ日本人は繊維に対して欧米人ほど苦にならぬといふ強味があるので(日本人の身体を見れば判るやうに、彼等に比し胴体が長く、植物性食料を摂取するに適した腹を持っている)簡便に若い草をそのまま乾燥細末として食用化する案をたてた。この考え方を採用するならば、今まで食用に出来なかった禾本(イネ)科とか莎草(スゲ)科とかは凡て乾燥して羽化粉末にすれば直ちに食用となるので、わが國土を覆ふ植物の過半が食糧化することになる。」

5、有毒植物

6、野草の調理法

戦地からの川柳に『追撃に何んでも食べることを知り』といふのがある。事実、戦争となると何でも食べて生命をつなぐ場合が多いが、植物に関する知識に乏しかったために、思わぬ失敗を招いた例も少なくない。

野草を利用する方法として、家禽に与えて大丈夫なものは全部利用したといふ人もあるが、まことによい着眼でこれも一つの鑑定法であるが、有毒か否かの問題だけでなく食味、消化、吸収、栄養等のことも考えねばならぬから、そこで調理といふことが必要になるのである。」

7章 種類と食べ方

ここからが本来の「食べられる野草」図鑑です。

簡潔な解説、正確な図譜。普通に良い図鑑です。

巻末には「食用になる大陸の野草」の章も。

紙質も良いとは言えず、内容的にも検閲を通すことを念頭にした記述が続きますが、肝心の図鑑本体部分は、食べられる植物が科ごとに整理され、標準和名に地方名、植物体の特徴と識別のポイント、分布、食用部位、食べ方、注意が簡潔にまとめられ、それぞれに丁寧な細密画がついています。

フィールド図鑑としては現在でも通用するレベルの出来です。

ただ、読み進めるうちに、そんなものを国民に食べさせてまで一体何をするつもりだったのか、という思いと、戦時下にこういう形でしか研究成果を世に問うことができなかった時代への恨みや研究者の意地が、行間からふつふつと噴き出してくる思いがします。

普通に美味しいごはんが食べられる、平和な日常に感謝しましょう。

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