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児童虐待防止の後進国に住む私たちへ。『子どもを育てられない親たち』(2月17日発売) 草薙厚子・著【「はじめに」先行公開】

なぜ、悲劇は繰り返されるのか?
なぜ、誰も命を救えなかったのか?
 
児童虐待防止の後進国に住む私たちへ。
実際に児童相談所で働いたジャーナリストが内側から見た、児童虐待と公的機関のリアル。
 
届かなかった子どもたちの声に思いを馳せ、本書が子どもの養育に携わるすべての人たちにとって、参考となることを心から願い、本書を刊行します。
 
本記事では刊行に先立ち「はじめに」「目次」を公開いたします。

『子どもを育てられない親たち』
著=草薙厚子
定価=本体1,700円+税10%
ISBN=9784781622866
判型=四六判
ページ数=280ページ

「はじめに」より


私がこれまでにジャーナリストとして事件取材をしたなかで、最も社会的に影響が大きかったのは2006年の「奈良自宅放火母子3人殺人事件」だ。この事件は父親による子どもへの「虐待」が招いた事件である。
実父から子どもへの虐待があったことを、行政側は把握できず、子どもが通う学校やほかの家族は認識していた。虐待通告などのなんの対応もしなかった。その結果、高校生の子どもが自宅を放火し、家族3人の命が奪われてしまった事件だ。また、事件後にその子どもは発達障害だったということも判明し、後手の対応が生んだ悲劇的な事件だった。
事件当時、関係者に取材を行った結果、「実父からの過度の虐待があった」とその一部始終を公開したところ、ご存じの方もいらっしゃると思うが、取材側が罰せられ、個人的に、その後のジャーナリスト活動を中止せざるをえなくなってしまったのである。
自宅を放火するまでに追いつめられた子どもを親、親族、学校、行政、近隣の住民など誰ひとりとして踏み込んだ「おせっかい」をしなかった。競争社会を勝ち抜くことだけが美徳とされ、家庭をとりまく社会全体の子育て力が低下していることを浮き彫りにした事件だった。
児童福祉法の改正で、2005年度からは市区町村も虐待通告に対応することになっていた。虐待について行政側も警察も検察も虐待という認識がなかったようだが、周囲にいる大人がもっと早くことの重大さに気づき、行政側も対応していたら、この悲惨な事件は防げたと思っている。

この事件で取材活動が止められてから17年が経過した。私はその間、徐々にジャーナリスト活動を再開させながらも、実際に現場を体験するために、児童相談所で働き、一時保護や家庭復帰ための面談などの仕事を目の当たりにしてきた。そこで虐待問題の根深さを、あらためて思い知ったのである。

しかし、日本は相変わらず児童虐待防止の後進国といわざるをえない。大手芸能事務所の創業者による未成年者への性的虐待がおよそ50年にわたって繰り返されてきたことが、いまになって問題になっている。
これまで『週刊文春』が疑惑に対して何度も報道してきたが、この事実を日本のメディアのほとんどは無視し、創業者が生きているときに刑事訴追できなかった事件だ。忖度を続けてきた関係者の責任や若者への影響はあまりにも大きい。
昨今のニュース報道で「虐待」の2文字を目の当たりにすることが多くなっていることに気づかない人はいないだろう。密室の行動であるため、見えないところで確実に子どもへの虐待は増えているのは間違いない。

変容する「虐待の定義」

では、「虐待」といえば、どんな行為を思い浮かべるだろうか。子どもに対して「殴る」「蹴る」「激しく揺さぶる」「熱湯をかける」「溺れさせる」「逆さ吊づ りにする」「投げ飛ばす」「異物を飲ませる」「食事を与えない」「冬に外に出したままにしておく」「手足を縛って拘束する」「性器を触る」「性的行為を求める」……。
こうして言葉を羅列するだけでも胸が締めつけられるが、決してこのような暴力的な行為のみが「虐待」ではない。いまでは子どもの前で夫婦ゲンカをしても虐待になるということをご存じだろうか。
また、大声で注意したり、手を出さずに強く𠮟ったりしても虐待になる。子どもの前で裸になって歩いても虐待になるのだ。「しつけとして怒りました」「親子だから、娘の前で裸になってもいいだろう」という言い訳は通用しない時代だということを認識しなければならない。児童虐待は子どもに対しての最も重大な権利侵害なのだ。
子どもを持つ親だとしたら、事件にならないまでも、子どもの言動に対して思わずカッとなって怒鳴ったり、手を上げてしまったりした経験はないだろうか。おそらく、ほとんどの保護者は心当たりがあるはずである。

「父と母は、よくケンカをしていますが、それはどこの家庭でも一緒ではないのですか」などと述べる子どもは多い。保護者である両親に会ったときにも、「ケンカはします。ケンカくらいはするでしょ」と当たり前のように答える。
あとにくわしく述べるが、子どもの前ですると「心理的虐待(面前DV)」になると伝えると、初めてそれが虐待だったのかと理解を示し、大半のご両親は、もう子どもの前でケンカをしないようにすると約束する。その繰り返しだ。
「もしかして、これは虐待ではないか」という場面に遭遇した場合、全国共通の虐待対応ダイヤル「189」にかけると、自動的に居住地域の児童相談所につながる。通告や相談は匿名で行うこともできるし、その内容に関する秘密は守られるため、安心してかけることができるということを、ぜひ知っておいてほしい。

2023年4月1日に「こども家庭庁」が発足した。設置の背景には「少子化」「児童虐待」「こどもの貧困」がある。「こどもがまんなかの社会」を目指している日本だが、少子化が進んでおり、「人口動態統計」でも2023年の出生数は77万759人と過去最少を記録した。2017年に公表した「日本の将来推計人口」では出生数が80万人を下回るのは2033年と見込んでいたのだが、想定を10年以上も上回るペースで進んでいるということだ。
通勤途中や帰り道で幼い子どもが大声で泣いている家の前を通りかかったとき、「どうして泣いているのだろう?」と思ったことはないだろうか。また、電車に乗っているときやスーパーで買い物をしているとき、母親が子どもを怒鳴っている場面に遭遇したことはないだろうか。
そんなのは日常生活では当たり前の風景だと思わないでほしい。その状況が何日も続き、見過ごしたままにしていると、大事件に発展する可能性がある。連日のテレビや新聞報道で虐待に関するニュースが多くなったと感じている人は多いはずだ。実際にこれまで多くの少年事件を取材してきた経験においても、事件の背景には親からの「虐待」があったケースがほとんどだった。
「子どもへの虐待なんて、非常識な親がやることで、恵まれない家庭環境や特殊な家庭のなかだけの問題だろう」と捉えている人がほとんどだと思う。事例のなかには金銭的にも恵まれている「優良家族」も少なくない。父親が一流企業に勤めていて高学歴者だったり、大学教授だったり、政治家だったり、両親ともに医者だったり、学校の先生や有名人など親の職種も広範囲にわたっている。
メディアで報道されるほどの大事件は、あくまでも氷山の一角であり、隣の家でも「虐待」は起こりうることだということを、ぜひ認識してほしい。

なぜ、虐待事件の報道が急増しているのか

児童虐待は年々増加しており、児童相談所への「児童虐待相談対応件数」は2022年は21 万9170件にのぼり、過去最多を記録。また、「子どもの貧困率」は2022年に厚生労働省が発表した国民生活基礎調査では11・5%で、ひとり親家庭の貧困率はさらに高く、44・5%となっている。虐待と貧困は必ずしも比例するとはかぎらないが、新型コロナウイルス禍の影響によって貧困家庭の増加に拍車をかけ、子育てにも影を落としているのは間違いない。

いま、最も声を上げるべきことは、昨今の脳画像の研究によって体罰や暴言は子どもの脳の発達に形態異常、機能異常などの深刻な影響をおよぼすことがわかったということだ。
親は「愛のムチ」のつもりだったとしても、子どもは目に見えない大きなダメージを受ける。その症状は健常児として生まれた場合でも虐待や体罰を受けることで脳の大事な部分に「傷」がつき、虐待によって従来の「発達障害」の基準に類似した症状を示すという研究が発表されている。
つまり、「不適切な養育」によって発達段階にある子どもの脳に大きなストレスを与えてしまい、実際に変形させていることが明らかになったのである。子どもの学習意欲の低下を招いたり、引きこもりになったり、大人になってからも精神疾患を引き起こしたりする可能性が大きいという。
「不適切な養育」とは「子どもの健全な発育を妨げる行為」のことであり、大人側が意図しているかいないかにかかわらず、行為そのものが不適切であるかどうかだ。これには、しつけと称して怒鳴ったり、脅したり、暴言を吐いたりといった心理的な虐待も含まれる。多くの保護者が自分は児童虐待と無関係だと思い込んでいても、日常的に不適切な接し方で子どもの脳を傷つけてしまっていることもあるということだ。

虐待の事件の報道は連日のようにされているにもかかわらず、その事件のみに焦点が当たってしまい、残念ながら虐待による子どもの脳への悪影響を報道している番組をほとんど見たことがない。
昨今、保護者が行う虐待だけではなく、近親者、仕事関係者からの性的虐待も問題になっている。長年にわたって未成年者に性的虐待が繰り返され、それがトラウマとなり、いまだに苦しんでいる人が多数いるのは報道にもあるとおりだ。
コロナ禍後の生活様式の変化によって子どもをとりまく環境も大きく変わりつつある。子育て最中の保護者はもちろん、子育ては終わったが、地域社会ではまだ子どもと接する機会がある人も、ぜひ本書で子どもをとりまく虐待の現状を知ってほしいと思う。また、本書において取り上げられている具体的な事例は、すべて事実にもとづいているが、プライバシーの観点から一定の加工を行っていることをご了承いただきたい。

目次

はじめに 内側から見た虐待問題の〝根深さ〟の真実

第1章 虐待が起こりやすい家庭
 10の家庭があれば、10とおりの虐待がある
  ケース《1》 感情をコントロールできない母親
  ケース《2》 「子どもを殺してしまうかもしれない」
  ケース《3》 しつけには体罰が必要と考える父親
  ケース《4》 子どもを優劣によって差別する母親
  ケース《5》 逮捕されて養育不能となった母親
  ケース《6》 相談員とも会話ができない〝毒親〟
  ケース《7》 発達障害を抱える親子
  ケース《8》 国際結婚の影響を受ける子どもたち
  ケース《9》 予期せぬ妊娠によって育児放棄する母親
  ケース《10》 表面化が困難な性的虐待
  ケース《11》 両親不在でヤングケアラー化した子ども

第2章 目黒女児虐待事件
 被害女児が書き残した手紙の衝撃
 生後わずか7カ月で「身柄付通告」
 間違いだった一時保護の解除
「申し立てを行っても認められる可能性が低い」
 医療機関からの連絡を無視した児童相談所
 解除された「児童福祉司指導措置」
 なぜ、〝引き継ぎ〟は不十分になったのか
「あざなどの写真は見ていない」
 女児の臓器は約5分の1に萎縮していた
 届かなかった悲痛な叫び

第3章 野田小4女児虐待事件
「なぜ、実父がこんなことをするのだろうか」
 父親の転居で虐待の追及が困難に
 いつでも父親が立ち寄れる場所で生活
 モンスター・ペアレント化する父親
 本心が書かれていなかった女児の手紙
 度重なる情報共有ミス
 悪化の一途をたどる身体的虐待
「沖縄県糸満市に帰省している」
 体の見えない部分に集中していた外傷
 悲劇を招いた「条件の食い違い」

第4章 札幌2歳女児衰弱死事件
 わずか6キログラムになっていた2歳女児
 交際相手の暴力で人工妊娠中絶を経験
 引っ越しで途絶えた情報共有
「問題があれば連絡があるだろう」
「母親が飲み歩いている」……1回目の虐待通告
「泣き声通報」から2回目の虐待通告へ
 3回目の「泣き声通報」に無力だった夜間対応
 警察の児童相談所の齟齬
 1度しか守られなかった「48時間ルール」

第5章 富田林女児置き去り死亡事件
 複雑すぎる被害女児の家族構成
 風呂場で溺れたことで継続的な指導が開始
 把握されなかった家族の背景
 女児の体のあざや傷を保育士が発見
 コロナ禍を理由に保育園欠席が始まる
 健康づくり推進課の報告を誤読した「こども未来室」
「要保護児童」から「要支援児童」に格下げ
 女児を柵のなかに入れて交際相手と外出
 悲劇を回避できたタイミングはあったのか

第6章 公的機関は何ができるのか
 法律で定められた「虐待」の定義とは
 虐待の「四つの分類」
 両親のどちらからの虐待が最も多いのか

第7章 内側から見た児童相談所のリアル
「児童相談所」の仕事とは
 児童相談所の「四つの機能」
「一時保護」の目的と運用
 一時保護所からの移送先、養護を必要とする施設
 ひとつの機関で解決できる問題ではない
 通報によって逆恨みを買った保育園
 AI活用の失敗でわかったこと
 一時保護を行う場合に最も重視すべきこと

第8章 虐待する親、虐待される子どもの脳
「不適切な養育」によってつけられる脳の傷
「厳格体罰」の脳への影響
「性的虐待」の脳への影響
「暴言虐待」の脳への影響
「ネグレクト」の脳への影響
 虐待を受けた子どもの脳に見られる特徴
 虐待によって生じる脳の働きの変化

第9章 発達障害と虐待
 虐待を繰り返す保護者の特性とは
 児童虐待と発達障害に関係性はあるのか
 虐待の後遺症として発生する精神的疾患
 虐待行為に見られる発達障害の特性
 虐待について、どう認識しているのか
 虐待を受けた子どもの特徴
 被害児童にとって必要な養育環境とは
「社会的養護」の必要性

おわりに 4割の大人が体罰を容認する虐待後進国・日本



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