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カベポスター「愛してるぞゆりあッ!」

「2番いただきまーす」「お、仲良しコンビ、いってらっしゃいー」
小声で売り場から見送られ、水咲とゆりあは近くの商業ビルの7Fのお洒落ランチ、ではなくその隣の2F奥に潜むベローチェに向かう。

ゆりあは女の子らしいその名前のイメージと違わず、恋愛話が大好物な職場の後輩だ。昼休憩(2番)が被り売り場を出るこの瞬間から、ゆりあの恋愛事情アップデートが始まる。

「それでね確か、模様替えしよ!て思い立って部屋の整理してたときだったんすよ、もうほんと、いつ思い出しても笑うしかねえ」

ゆりあはしかし女の子らしいその名前とは裏腹に(?)、口が悪い。それがなぜだか耳に心地よく、職場の他の社員やバイトがゆりあの恋愛体質に辟易している中水咲だけが彼女の話にうんうんと相槌を打って相手をしてきた。結果、フリーターとして入ってきて半年ほどでゆりあは水咲に懐いた、ものすごく。


話を戻そう。ゆりあの恋愛事情アップデート中だった。しかし今日は現在進行形の恋愛ではなく、成仏したい話のようだ。
ベッドの下の収納棚を引っ張り出すと、日記が出てきたらしい。

「小3,4の時こども日記ってのが毎日宿題で。表紙ウケるんすよ、なんかマンボウみたいな絵の表紙で。水咲さんなかったですか?そっかないかー。地域によって違うんすかね。それにね、毎日先生がコメントくれるんすよ、あの赤ともピンクとも言えないインクの先生専用のペンでキュキュって。そうそう、あれめっちゃ特別感あったすよねー。キュキュって。それは地域共通なのか、ウケる。そう、なんか友達と遊んだこととかママとパン作りしたこととか書いてたんすけど。唯一長くお返事書いてくれてた日があって。その日書いてたのが、

”先生、アタシどうしたら大きな人間になれる?!?!?!"

って…!!!」

そこまで一息に話し終えるやいなや、ゆりあは天を仰いだ。笑いをこらえているようだ。

「いやもう、一人称からはずすぎて!一回日記閉じましたもん、いやアタシて!!て声出ましたわ。なんか読んでたら字も日によって違って。きっとその時読んでた本とか友達の字とか見て影響されてたんでしょうねえ、、ひい、お腹痛い。」

笑いを抑えるためか、ゆりあは昼食に選んだサンドイッチをこぼさないよう慎重に口に運び、ホットミルクを美味しそうに飲む。
口は悪いが一口は小さく、意外にも小動物のようなかわいさがある。

ころころ表情を変えながら食べるゆりあを眺めてれば、水咲は退屈することもない。
「アタシ、は恥ずいね。ゆりあのそれ、カタカナ表記でしょきっと。」

「え!そう!さすが水咲さん。それでさ、まだあるんすよ、あと2冊。
次に見つけたのが2011年の薄ピンクのやつで。ウケるっすよね、薄ピンクてキャラじゃなさすぎて!でも意外と小物はメルヘンなの使ってたんすよねえ。でもそれ、1か月と続かず放置されてて。三日坊主まじこの頃からだったんだなーとか思って。水咲さんコツコツタイプっすもんねえ。本当すごいす、夏休みの宿題とか7月中に終わらせてたタイプでしょ?(笑)
でこの小6の私がねえ、、

”大橋元気なかった、なんかあったんかな?でもちょっと話せたから今日はいい日!”

大橋は当時好きだった子の名前です…読んでたら3日に1回は大橋出てきてて…」

今度は両手で顔を覆う。よく見ると肩も震えている。端から見たら泣いているようにも見えるかもしれないが、心配は要らない。顔を上げたゆりあは、むしろ嬉しいことでもあったかのように目じりを垂らしている。

「大橋君てあれか、たまに地元帰ると飲みに行く子だっけ?」

「ほんとよく覚えてますね水咲さん。そうです。もうね、この日記読んだ瞬間、給食の列並ぶタイミング合わせようとしてたこととか、絵の具の後水道で手洗う順番かぶって話せてそのあとニヤニヤしちゃうこととか思い出しちゃって。(笑) 必死かよってね(笑)
で、もう一冊が2019年の。就活の自己分析メモにも併用してたぽかったんすけど、もう読めば読むほどぺらっぺらすぎて。そりゃ新卒失敗するわて、、まあそれはいいんすけどね、極めつけがこれですよ、

”浩太郎くんと電話した。別れたいって。でも最近のこととか色々話して、もう少し様子見てくれることになった。私も自分のこと頑張んなきゃだ、恋愛ばっかに振り回されてちゃダメ。”

もうね!!!思い出すだけで」

とうとうゆりあは鼻を鳴らして笑い出した。
お昼時を過ぎたカフェチェ―ン店には、おしゃべりに興じる老婦人のグループと、喫煙ブースを往来するサラリーマンやじいさんだけで、ゆりあの挙動を不振がる人はいない。

後半をまた一息で話し終えると、ゆりあは幾分満足したのか、かじりかけだったサンドイッチの残りを頬張り、ホットミルクをやはりまた美味しそうにすする。大事なもののようにマグカップを両手で包み込みながら。

「たまたま開いたページ全部恋愛がらみってまたすごいね。ゆりあの恋愛依存気味体質は年季入りだったのかー」

皮肉でも窘めるでもなく、思ったことをそのまま水咲は口にした。
事実、羨ましくさえあった。羨ましいという感情は生産性に欠けるぞ。そう自分に言い聞かせながらその気持ちと一緒にホットドッグの最後の一口を飲み込む。ゆりあの話を聞き終えるタイミングでいつも食事が終わる。自然と水咲はゆりあの会話のテンポに合わせて相槌を打ち、食べたり飲んだりするようになってきているようだ。それに気づいてか、今度は申し訳なさそうにゆりあがこちらを見る。

「わーまた私喋りすぎちゃった、食べるのも遅いのにね、すみませんいつも。水咲さん本当聞き上手すぎるすよー。こんなお姉ちゃん欲しかったなあ。」

「姉妹って実際そんななんでも話すほど仲いいことあんまりないんじゃない?ゆりあの話面白いから聞いてるだけだよ~私は話すのうまくないから聞き役になるだけ。」

「水咲さんみたいな大人のしおらしさが私には足りないんすよな~~」

「なにその敬語。接客してるときのゆりあの人懐っこさ見てると私はその愛嬌が羨ましいわよ」

「げ、仕事の話!うげ、あと10分もない、そろそろ戻りますかー」

羨ましいのはゆりあの愛嬌でも人懐っこさでも、飽きないほどの恋愛体質でもない。
本当に羨ましいのは、日記に登場するくらいにゆりあの心を支配していたオオハシであり、コウタロウだ。

口は悪いが食べ方を人一倍気にする繊細さとか、もうぬるくなっているマグカップも両手で包んじゃう茶目っ気とか、そういう愛おしさの塊の形成段階に居合わせられた彼らだ。恋愛の土俵に立てる「彼」らだ。

お姉ちゃん、じゃ物足りないんだよ

この言葉も、ホットドッグとブラックコーヒーとともに飲み込んだから、うっかり口をついて出る心配もない。
従業員用トイレで歯磨きを済ませ、エスカレーターを降りる。ゆりあは水咲の先に立っている。ゆりあのつむじが見える。見えるのではなく、自ら目をやっていることに気づく。

「戻りましたー-」「お、仲良しコンビおかえりなさーい」

仲良し、じゃ物足りないんだよ

物足りないんだよ、、

ずっと届くことのない、届いてはいけない言葉を、まさか地上波に乗せてカベポスター永見さんが叫んでくれることになるとは。

愛してるぞ ゆりあッ❕



おしまい



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「愛してるぞゆりあっ!」が言えない話になった
永見さんの叫んだ後の顔が愛おしすぎる

最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。素敵なお正月を過ごせますように。
お雑煮、お餅は本当においしく食べられる個数を、自分に問いかけてからお母さんの「お餅何個ー!?」に答えましょ。

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