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仮面ライダーギーツ第43話『創世Ⅴ:その名はギャーゴ!』感想


◆アバンの雑記パート

・語ろう中田ヒーローズ2の新ロゴを解禁いたしました!

語ろう中田ヒーローズ2のロゴはギーツリスペクト!

というわでおしらせです。

C102にて頒布予定の特撮アクション評論企画『語ろう中田ヒーローズ2』の最新ロゴを解禁いたしました!
ヘリオスさんとの打ち合わせで「ロゴはギーツのパロディにしてほしい」と伝えておりましたが、見事な出来映えとなりました!かっこいいぜ!

原稿も出揃い後は私が取りまとめるのみとなった語ろう中田ヒーローズ2、完成まで今しばらくお待ちください。


◆仮面ライダーギーツ第43話『創世Ⅴ:その名はギャーゴ!』感想

脚本:高橋悠也 / 監督:杉原輝昭

・景和が叶えた未来は

普通の人間

前回、ケケラらにそそのかされるがままにツムリを【創世の女神もどき】に仕立て上げた景和。
彼が叶えた世界は『デザイアグランプリの犠牲者が全て蘇った世界』……だったのだが、その世界は平和どころかギャングライダーズが暴れまわる世紀末の様相を示していた。復活した景和の家族も再び世界の弱者として画面外で淘汰れてしまうという悲惨なこの世界でベロバは『世紀末ゲーム』の開始を宣言。ギーツとバッファは急ぎ対応にあたるも生身の人間相手なためなかなか思い切れない状況だ。

景和はジットの元へ向かいどういうつもりか問い詰めるもジットとしては願いを正しく叶えたという心つもりであった。犠牲者が全員蘇るという事は弱者だけではなく弱者を食い散らかす悪党も蘇るという事。景和自身もデザイアグランプリで救いようがない悪をたくさん見てきたはずなのにそこまで想像がつかなかったのはこの段階で描かれる彼の『普通の人間らしさ』『凡庸さ』というべきか。
バットエンド請負人として残酷なショーを演出しようするジットは景和のもう一度世界を創りかえろという要求に『ギーツを倒してみせろ』を返す。全ての元凶はギーツであり、アイツが出張る限り女神の力は使えないのだと。
なんともまぁ被害者家族の揺れに揺れた精神に付け入る悪辣な吹聴か、誰もが幸せになるなんて都合の良い話など存在せず全てが丸く収まる事自体があり得ないという事だ。

『誰もが幸せになる未来を目指す英寿』と対比する形で『誰もが幸せになる未来が存在しない現実を知った景和』という構図を叩きつけたのは、成長の方向性の対比を感じさせる。

一方、ギャングライダーズの暴走は治安維持の象徴でもある拘置所へと向かっており、拘置所からは次々と囚人が脱走するという事態に。
意図せぬ形で解放され新世界のただ事ではない状況に困惑する鞍馬光聖だったが、その身にギャングライダーの暴力がふりかかる。
だがそんな光聖を救出したのは祢音だった。ライダーの権利を与える事もできないのに何故助けたのか、祢音は疑問を抱く光聖に『鞍馬家にはこの世界を守る責任がある』と言う。
しかしながら絶望しきった状態の光聖は手遅れだと言う。だが祢音はだれもが幸せになれる世界を願った英寿を信じているという。だからこそ自分ができる事を行いたいということなのだ。
そして祢音は『女神によって生まれた責任が自分には存在する』と続けた。勿論鞍馬祢音は自分の意思で他者の不幸の上に産まれてきたわけではない。だが彼女は誰かを不幸にしてしまった分だけ他人の幸せを守りたいと言うのだ。第1話の箱入りお嬢様から壮絶な真実を知り、愛を捨て、他者の愛の為に身を捧げようとする彼女の決意は壮絶なのである。

・戻れない道へ

ギャングライダーズの拠点に立ち入った景和hギャングライダーズのリーダーである浅利切人/仮面ライダーターボンを発見し、ブジンタイクーンへと変身するといともたやすく撃破。だがターボンに対する処刑についてはケケラの思惑通りであり、景和は意図せぬ形でギャングライダーズのトップになる羽目に。東映伝統の任侠映画さながらの構図はケケラの仕込みというべきか。状況を仕立て上げられケケラとベロバに流されるがままに景和はツムリを完全な女神にするためにギーツを倒す協力せざるを得ない状況に。

あれよあれよという間にテレビではギャングライダーズのトップ『仮面ライダータイクーンを名乗る男・桜井景和(22)』として速報を打たれる状況に。そんな状況をデザイアグランプリのサロンで見ていたウィンは『バックで操っているのはジットだ』と即座に分析。そしてこの状況で景和をどうにかすべく立ち上がったのは道長だった。意図していなかった事とはいえ景和の姉に手を下し、暴走を招いた責任があるのだ。

一方ギャングライダーズの暴動現場を離れた祢音と光聖。あかりの花束を持つ光聖を見て優しく声をかける祢音。
光聖は月命日に必ず娘のあかりのために花束を供えていた。彼には父親としての心が無いわけではないように思えるのだが光聖はあくまで『そんなものは消えた』と主張する。なら何故11年前にあかりを失った記憶を消そうとしなかったのか、祢音の『失ってしまった愛を忘れたくなかったからでは』という問いに光聖は答えない。
そして祢音は光聖に口元をぬぐうためのハンカチを渡すとそのまま立ち去っていく。父と娘、家族という虚像が崩壊しありのまなの個人同士として接するようになった二人は初めて心からの対話ができそうになっていた。

「無様だな、何かを願うからそんな目に遭うんだ」

道長が向かったのは入院中の五十鈴大智の元だった。前の世界で犠牲となった人たちの本体が眠る知恵の木さえあればどうにかできるかもしれないという一抹の期待からだろうか、しかしながら大智は知恵の樹から記憶は消えてしまったと言う。全人類の記憶という夢も潰え、自身は寝たきりの重傷。知識もなにもかも失い論理を捨てた大智はこの状況に対してもはや神頼みをするしかないと言う。
ヒントとなる物は存在しない、そのまま立ち去ろうとする道長に『救世主にでもなるつもりだった?』と問う大智。過去形という事は救える予知があったという事なのか。だが大智は自分の幸福である知恵の樹には触らせないと言った。もはや形骸化しつつあった夢に縋る大智だが、唯一の希望だったのだろう。

・光聖は愛に向き合い始める

光聖と別れた祢音だが、そこにかつてあかりを誘拐した沼袋一男が。
ベロバにそそのかされるがままに祢音を襲った沼袋は鞍馬家に脅迫状を送り付け、受け取った光聖は11年前の悲劇が再び再現されようとする事態に激しく動揺。
同じなのだ、赤ん坊の頃から育ててきたあかりと大人になるまで11年間育てた祢音。伊瑠美はその愛がどちらも変わらないものだったという事に気づいており、彼女に諭されて光聖は11年間の愛が本物であったことを自覚した。
愛を失った祢音は本当の愛を求めて戦い続け、誰かを愛する想いを手に入れていたのだ。本来ならば自分たちが与えなければいけないものだったのに。
けれども自分自身が目をそらしているだけで光聖自身も祢音に対して愛を持っていたはずなのだ、だからこそキューンを婚約者としてあてがい自分の代わりに祢音を愛してもらおうとしていたのだろう。
今ならまだ間に合う、11年前とは違うと伊瑠美に言われ光聖は自らの愛に初めて向き合う決意を固める。光聖が向かったのは英寿の元だった。誰もが幸福になる世界を目指しているのならば自分にも幸福になる権利はあるはずだと光聖は鞍馬財閥の総帥の立場を捨て一人の父親として跪き頭を下げた。
この瞬間こそ彼が父親の立場に初めて向き合った事実なのである。

11年前の誘拐現場で祢音を拘束し、あかりの為の花束を蹴り飛ばして笑うベロバと沼袋。下賤な煽りにも動じる事なく『こんなことをされても悔しくも悲しくも無い』と言い返す祢音にベロバは面白くない様子。
そして約束の現場に現れた光聖だったがその手には3億円は存在しなかった。沼袋は仮面ライダーブラーリに変身し、ベロバはやはり祢音は捨てられたのだと煽るのだが光聖はそれを一蹴。

「祢音は……娘は私が守る!」

と光聖は仮面ライダーギャーゴに変身。ブラーリの戦いに挑むのだが高貴な総帥としての立場を捨て娘のために戦う父としての雄叫びがかつてのタイムファイヤーを髣髴とさせる迫力があって良い。
だが全てを超えた父と娘の絆の物語なんてものはベロバにとっては面白くない。プレミアムベロバに変身し、ギャーゴに襲い掛かる。
そしてケケラは影からギャーゴを撃ち抜こうとするもそんなのはギーツが許さなかった。

ギャーゴVSベロバ&ブラーリ、ギーツVSケケラとなったところでまた次回。
ここまでライダーの力を失い未変身のままだった祢音が力を取り戻し強化フォームを獲得する展開という事で激熱である。


◆ギーツ43話コラム

・戦いが終わったらどこかへ旅立ちそうな祢音

たぶん誰ともくっつかない

仮面ライダーナーゴ・鞍馬祢音。本当の愛を求め戦う彼女の今は残酷な真実を葛藤を経て誰かの愛を守るために戦う事を決意する方向になっている。
彼女の序盤の物語は景和の優しさに本当の愛を重ね合わせたり、英寿にカップルのようだと揶揄されたりと『恋愛要素』といえるものと縁が深かったのだが、光聖がキューンをあてがおうとしたあたりから彼女の物語は誰かに与えられる『愛』に救済される事を選ばない方向となっている。

鞍馬祢音の本当の愛は『誰かに与えてもらうもの』ではなく『自らが愛する事』によって成り立っている。

だけれども誰かを愛する彼女を愛してあげる存在が居ないのが非常に寂しくて仕方ない。序盤フラグが立っていた景和はあくまで身内への愛が強いだけの普通の青年であり今はあんな状況で、唯一の同性の友人だったはずの沙羅も世紀末ゲームの災禍で亡くなり、キューンも光聖の目的に気づいたからには代替えの愛になろうとしないだろう。

『ヒロインはヒーローに愛されてこそだ』……という価値観は現代では古く、愛を与えられずとも生きていけるというのは一つの結論として導き出されても尊重されるべきであり『愛されない事が不幸だ』と断じる事はおかしい。

元々は普通のワガママお嬢様だったなずなのに随分と遠いところにきてしまった。もしかしたら父との和解を経て本当の娘として生きる道を選ぶこともあり得るかもしれない。
だが、いずれにしても鞍馬の外を目指した彼女はこのまま旅立ってしまうのではないか……とそう感じてしまうのである。


◆巻末宣伝コーナー

・語ろう中田ヒーローズ2は8月12日開催コミックマーケット102にて頒布予定

というわけで巻末宣伝。

8月12日開催のコミックマーケット102にて特撮アクション評論アンソロジー『語ろう中田ヒーローズ2を頒布させていただきます。

スペースは【東地区ポ16b】となっております。
中田裕士さんを掲げた夏コミもこれで2回目!当日は中田裕士最強の精神で頑張っていきたいなと思っておりますのでよろしくお願いいたします。

今回スタッフさんもいらっしゃるので不在時間もなく頒布できるかと思いますのでお気軽に遊びに来てください。


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