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三千世界への旅 魔術/創造/変革42 近代の魔術20 中国革命の魔術2

美しい解放の物語


朱徳に関することはアメリカの女性ジャーナリスト、アグネス・スメドレーによる朱徳の伝記『偉大なる道』に詳しく書かれています。

この本も『中国の赤い星』同様、内戦の最中だった1936年にスメドレーが延安を訪問した際のインタビューなどを基に書かれているので、中国革命の全貌を視野に入れた著作というより、ジャーナリストのスクープ的な内容になっています。

エドガー・スノーが共産党に好意的だった以上に、スメドレーは自身が共産主義者だったので、『偉大なる道』に書かれていることを100%鵜呑みにできないと考える人たちもいます。

『偉大なる道』を読んだとき僕が注目したポイントのひとつは、朱徳が古い軍の規律に反対で、兵士を大切にしていたということでした。

当時の軍隊は通りかかった農村から力ずくで食料などの物品を徴発したり、女性に性的暴行を加えたりするのが当たり前でしたが、朱毛軍は決して農民からものを奪わず、暴行も働かず、山村に滞在中は彼らの仲間として一緒に農作業をしたので、感動した農民たちは率先して朱毛軍に加わったと言います。

僕がこれに興味を持ったのは、中国共産党の軍が貧弱な武器しかもたず、都市を追われて内陸へ逃げていったにもかかわらず、なぜいつの間にか各地に基盤を拡大して、日本軍や国民党軍との戦いに勝利するようになったのかという疑問に、ひとつの答えを与えてくれると思われたからです。


もうひとつの視点と残酷な支配の物語


しかし、2005年に出版されたユン・チアンの『マオ 誰も知らなかった毛沢東』には、これと正反対のことが書かれています。
この本によると、朱徳はソ連で受けた軍事教育に忠実で、襲撃した村々で農民を虐殺し、数多くの敵を作った、そのため国民党に入党する農民が増えたということになっています。

『マオ』は全編にわたって毛沢東を権力の亡者として描いていて、周恩来や朱徳は毛に忠実な犬のように描かれています。そこから浮かび上がってくるのは、中国共産党による革命が、彼らの伝説で言われているような美しい解放の物語ではなく、狡猾で邪悪な謀略や残酷な殺戮、恐怖による支配の物語だということです。


ユン・チアンは文化大革命を経験した後、イギリスに留学し、以後西側の先進国で暮らすようになった人です。世界的なベストセラーになった『ワイルド・スワン』など、中国共産党に批判的な作品を発表しているので、毛沢東や朱徳などにも批判的なのは当たり前なのかもしれません。

僕のまわりにも『マオ』の影響なのか、中国共産党がイラクの〈イスラム国〉みたいなテロ活動と強権的な支配で中国を征服したと考えている人がいます。

はたして中国共産党や紅軍は『偉大なる道』で語られているような人道的な組織だったのか、それとも『マオ』に描かれているような、邪悪で残忍な権力の亡者の集団だったのか。

今の中国に批判的な先進国の人たちの多くは、欧米のリベラルな視点から『マオ』が正しいと考えているかもしれません。一方、中国の人には愛国心からそういう考え方を否定し、『偉大なる道』に描かれている内容を支持する人が多くいるかもしれません。

僕には情報も中国での歴史的な体験も不足しているので、数冊の本を読んだだけでどちらが正しいと決めることはできません。


革命の魔術


しかし、中国革命の歴史を俯瞰的に見ていると、弱かった中国共産党が山村ゲリラ戦を通じて、次第に力を蓄えていったということは言えるんじゃないかと思います。

僕が特に重視するのは、貧弱な武器しか持たず、都市を追われ、山岳地帯でゲリラ戦を戦っていた中国共産党が、『マオ』で描かれているように、残酷な殺戮で農民の憎しみを買い、多くが国民党についてしまったとしたら、どうして彼らは最終的な勝者になれたのかという点です。

〈イスラム国〉がサダム・フセインの政権が崩壊した後、軍の組織や軍備を利用して、一時的に勢力を伸ばしたものの、恐怖と力による支配では国民の支持が得られず、勢いを失っていったのを見てもわかるように、テロや恐怖政治で革命の勝者になることはできません。

プーチンのロシアは今、強権的な支配体制下で、国民を強引にウクライナ侵攻に動員しましたが、そのため兵士の士気は低く、ウクライナに比べて圧倒的な軍備を持っていたのに多くの戦死者を出し、プーチンの楽観的な目論見に反して、戦いはこう着状態に陥りました。

内戦時代の毛沢東と中国共産党は、ソ連時代の軍備を引き継いだ今のロシアのような軍備も持っていませんでしたし、強権的に支配している国民もいませんでした。当時の大多数の中国人にとって、彼らは共産主義という怪しげな考え方を掲げる集団でしかありませんでした。

それが内戦を生き延びながら、なんらかの方法で国民の大多数の支持を得たのです。その支持は、宗教的と言えるほど熱狂的なものでした。

そこには魔術的と言えるような何かが作用しているように思えます。


人民の海と人海戦術


その魔術的な何かがどんなものだったのかは、たとえば中華人民共和国建設直後に起きた次のような出来事から推測することができます。

1950年に始まった、朝鮮戦争でソ連の支援を受けた金日成の軍が、一度朝鮮半島を制圧しかけてアメリカ軍に押し戻され、壊滅の危機に陥ったとき、アメリカ軍を押し返したのは中国の人民解放軍でした。

当時の人民解放軍はアメリカ軍に比べて貧相な武器しか持っていませんでしたが、何十万と言われる兵士が大量の死者を出しながら、劣勢を挽回しました。

彼らが死を恐れなかったのはなぜでしょう?

中国に批判的な人たちは、毛沢東は無数の中国人民を支配していて、人の命をなんとも思っていなかったから、平気で彼らが大量死するような人海戦術を取ることができたのだと言ったりします。

しかし、人民解放軍の兵士たちが、共産党の恐怖政治によって強制されて、いやいや戦地に行かされたとしたら、貧弱な武器でアメリカ軍を押し返すことができたでしょうか?

彼らは革命の魔術によって、毛沢東や中国共産党に酔心し、命を捧げてもいいという思いで戦ったから、膨大な戦死者を出しながらも、なんとかアメリカ軍を今の停戦ラインまで押し戻すことができたんじゃないか。
そんな気がします。


人民の支持


朝鮮戦争だけでなく、中国革命で最終的に共産党が勝利したのも、革命のために命を犠牲にする人民の覚悟があり、毛沢東に絶対的な信頼を寄せていた人たちが無数にいたからなんじゃないか。

こうした人海戦術は、人道的な価値観からすると異常で不健全かもしれませんが、それ以外に共産党が劣勢を挽回する方法はなかったでしょう。

そこに革命全体を通じて毛沢東と中国共産党が中国人民にかけた魔術がありました。

その魔術は人民、その大半を占める農民を味方につけ、武器を持たせ、一緒に農作業をしながら戦うことで生まれたのでしょう。

『マオ』の読者の多くはそれをきれいごと、中国共産党の作り話だと言うかもしれません。

しかし、中国の数千年の歴史の中で農民が、国家・社会の底辺に位置付けられ、権力者による搾取の対象でしかなかったことを考えると、彼らが自分たちで武器を取って戦い、革命の主役になれるというビジョンこそが、彼らを共産党・紅軍につかせたんじゃないかと思えてきます。

『マオ』に書かれているように、中国共産党・紅軍が〈イスラム国〉のような組織だったら、国民党支持者が全土に広がり、共産党は敗北していたでしょう。

国民党が国民の支持を失ったのは、日中戦争で蒋介石が共産党との最終決戦に備えて軍を温存し、日本軍と戦おうとしなかったためだといったことがウィキペディアに書かれていますが、だからといって、共産党・紅軍が農民を平気で虐殺する残酷なテロ組織だったら、国民党を見限った人たちがそちらを選んだのでしょうか?

彼らの多くは、国民党軍や大日本帝国軍が自分たちの敵だから、消去法で共産党を選んだのではなく、革命のために命を捧げる覚悟を持って共産党・紅軍を選んだのでしょう。

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