もしかしたら、私もコーヒーをもらえるかもしれない

「暖房を切り忘れた、

夢を見た」

と、息子が起きてきた。

「暖房を切り忘れた」と聞いて、切り忘れて寝てしまったのか!? と、「夢を見た」が聞こえるまでのあいだの瞬間に絶望する。

人間は瞬間にも絶望できるのだ。

休みの日。朝寝を楽しむ娘をおいて息子とパンを食べる。

最近使っていたジャムもピーナツクリームもどちらも切れかけで、「えっ、昨日までまだあったのに、一気に無くなったね」とでかめの声を出すと息子は「いや、着実になくなっていってた」と言い、時のすぎゆきを明瞭に受け取っている。

昼前に娘を起こし、支度して前の日に約束していた、靴下の買い出しに隣町へ出かけた。うす曇りは、ときおりぱらぱら雨の降る天気に徐々に変わり、強くはないが風もあって傘が差しづらい。霧雨よりも少ない雨量に娘は早々に傘は畳んで、私だけがばたばたはためかせながら掲げて腕が疲れた。

小さな緑色の鳥が低空を、宅地の植木から植木へ飛んだ。ながめて娘が「豆みたい」という。

無印良品へ行って靴下と、あとそういえばと娘が思い出したことにより、修正テープ、修正テープのカートリッジ、テープのりも買う。修正テープもテープのりも、かつてはテープではなく液しかなかった。時代の進化とともに液がテープになるとは思いもよらなかったことだ。

店内には写真立てのコーナーもあって、見て瞬間、なんだか照れた。
「こうやって写真立てが並べられてるだけで、私たち家族が写真館で並んで撮影して家に飾っているのを想像しちゃって、嬉しくて照れちゃう」と娘に言うと、娘は「早いよ」とのこと。

「早いよ」が返しとしてこんなにぴったりはまる。

娘が友達への誕生日プレゼントにチョコレートを贈りたいというから、続いてカルディへも。カルディはいつからか、例の店頭でのコーヒー配布を復活させた。コロナ前、まだ子どもらしく小さかった娘は、今では私よりも背が高い。

「もしかしたら、私もコーヒーをもらえるかもしれない」と娘は言う。

はたして、くれた。

娘の人生初カルディコーヒーせびり(せびるわけではないのだけど)に立ち会え、光栄が極まる。私もひさしぶりにいただいてぐっとあおった。あのコーヒーは、飲むというより「あおる」に近い。そういう甘さと量だ。

店内の丸い穴のあいたゴミ箱に捨てるのも久しぶりで感慨深い。「ここに捨てるんだよ」と先輩風を吹かすも、娘は「知ってる」とのこと。ずっと見ていたんだな。

息子に電話をして昼のご飯を炊いておいてもらい、風に吹かれて押されるように来た道を戻った。

住宅街を歩いていると、道の先に部活帰りらしい近所の中学校の制服を着た男子たちが7~8人というそれなりの人数で輪になって話しているのが見えた。「カー」と頭上で音がして、中学生も私たちも空を見上げる。ばたばた羽ばたいて、カラスだ。向こうからバスがきて「あ、ナオトのすきなバス」と誰かがいって、今度はそちらをみんな見た。

昼は各員それぞれに炊けたご飯となんらかを食べ、3人それぞれ家のどこか、もしくは外に散る。

私はぼちぼち作業。

そのうち、数駅離れたところで暮らす遠縁だけれど日ごろから良くしてくれている親戚から連絡があった。自転車で近くを通るから家であふれた食材をやる、と言う。

この親戚は常々食材を余らせており、買い置きをほぼしない私は驚かされるとともに、物資がもらえることで大いに助けられている。

30分ほどしてやってきて、切り餅、冷凍食品、みかんなど本当にどっさり置いていった。親戚は70代、活発な気性の隣に生きることへの危機感みたいなものを感じ、結果的にそれはたくましいということなのかもしれないと思わされる。家に伺ってももほんとうに食べるものであふれている。

くれる理由としてよく口にするのが「じゃまくさいから」。渡された紙袋には洗剤や、箱ティッシュなど、持っていればいずれ使うであろうものも入っており、とにかく買って買って買って、自宅に持ち帰り、そうしてわりとすぐにもう「じゃまくさく」なってしまうらしい。

先っぽのちょっと太い麺棒も1ケース出てきた。こんな麺棒あるのか。

わっせわっせと受け渡したあとで、よかったらと、きんつばとまんじゅうの入ったレジ袋も渡してくれて、家に上がりもせず去って行く。余らせたものをくれるし、わざわざくれるために買ってもいるのだ。

まんじゅうはありがたく拝んですぐに食べた。もらった甘味は即座に食べる。その手つきは早い。

息子も帰宅、「あのさ、オレンジ色の宇宙服を着たひとたちがザッザって歩いてくる映画、あれ観ようと思うんだけど、なんだっけ」と聞くから、ああ、あれね、あれね、エアロスミスが主題歌を歌ってる……。そうだ、『アルマゲドン』だ。

親戚のくれた蟹のつみれを入れた鍋の晩ご飯のあと、早速息子はAmazonプライムで見つけて観はじめた。

『アルマゲドン』は、私はどういうことの流れだったか、祖父と渋谷の映画館で観た。

いつの公開だ? と調べたら1998年で、私が19歳のときだ。19歳で祖父と一緒に映画に行く機会が私にはあったんだな。

上映後、たしか東急プラザの1Fにあったモロゾフのカフェでシャーベットを頼んだ。1玉だと思ったら4玉くらい盛ってあって嬉しかった。なんだかパッとしない頃だったから、量の多さにはげまされた。

向かいに座ったおじいちゃまは、バニラのアイスクリームを食べながら「隊長がかっこよかったね」と言った。


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