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5話:冠雪の谷川岳をのぞむ諏訪峡散歩

日本の旅と風景印の物語をテーマに、日本各地の旅紀行を綴っていきたいと思っています。
5話目は、今年4月のお話になります。どうぞ読んでください。


谷川岳は群馬県の北部に位置する山岳部にあって、その急峻な岩壁から登山者からは「魔の山」と呼ばれる横顔もある。
しかしロープウェイを使えば、お手軽に天神平(標高1300m)まで上れて、さわやかな高原気分を味わえる。みんなに愛されている山だ。


朝。
暗いうちに朝食用の簡単な折り詰めを作って、水を1本。
タオルを1枚(足湯で使う予定)。
それと風景印のノート。(切手も)
日帰りなので、準備はそれだけだ。

車を出して北に向かって走る。
高速のインターでぐるりと回り、本線に入ったところで今日の御来光だ。
すっきりとしてオレンジ色に輝く太陽が顔をのぞかせた。

天気は上々で、道は空いている。
気分よくハンドルを握っていたのだが、はて、何か少し気になる‥‥
なんだろうか?   (‥‥まあいいや。)

関越自動車道に入って、埼玉県から群馬県に。
行く手には、右に赤城山が、左に榛名山が見えてきて、思いっきり群馬だ!旅のテンションは急上昇した。

朝の折り詰めは「赤城高原サービスエリア」あたりで食べようか‥‥
ワクワクと空腹とで、言いようのない楽しさに絡めとられていた時、ついに思い出した。

ガソリン入れてなかった‥‥

この前、乗った時には、燃料ゲージが半分そこそこだったから、遠乗りするなら給油しなきゃ、‥‥だったのだ。

まあ、今日の遠征は往復400㎞程度のドライブだから、何とかなるかも?
最悪どこかで足せばいいや。

とりあえず赤城高原SAまで走って休憩にした。
ここまでの走行は170㎞。

さて、SA施設裏の広場でベンチでも‥‥と、うろついていたら、いきなり谷川連峰が姿を現した。
朝食前だというのも忘れて、もう胸がいっぱいだ。


休憩を終えてサービスエリアを出ぎわに、敷地内に建つガソリンスタンドで看板を確認。今日のレギュラー価格はリッター194円だ。
(地元より30円以上高い!)

水上インターで高速を下りて、山の方向に走ると、谷川岳がいっそう近くなってくる。

ご当地の青カンがいとおしいが、謎の東京方面??


今日のところは、冬の名残り・冠雪の谷川岳を下から見上げて、その美しさを愛でようとの考えでここまで来た。
ロープウェイに乗って上までいっても、たぶんスノボ・スキーの世界で寒いだけ。

車は「道の駅みなかみ水紀行館」に駐車させてもらい、さっそく朝の諏訪峡遊歩道に入って行く。
そこ此処では、桃の花がいろどり豊かに咲き、ソメイヨシノが開き始めているところ。水上町の春は、ひと足遅い。

この道の駅のすぐ裏には河原が広がっていて、上流域の利根川が豊かな水をたたえてゆうゆうと流れている。
いつ来ても、ここの水は淡い翡翠のようなみどり色がパステルで描かれたように美しくて、なんとも優しい色をしている。
そこに紅葉橋という名前の橋が架かっていて、橋の上からの眺めもいきなり絶景だが、そこを渡るとどうやら諏訪峡遊歩道に入るようだ。

時刻はまだ朝の8時台だが、遊歩道のかたわらでイーゼルを広げ、描きかけのキャンバスをそこに固定している人がいた。
年配の男性だ。

失礼を承知でのぞき込ませてもらった。
油彩で、山あいの景色が描かれていたが、雪景色というか、残雪の季節ものだった。
「もうそろそろ完成ですか?」
少し勇気を出して話し掛けた。
「そうですねぇ‥‥」
その男性は、雪が残ってた頃から、もう1か月以上かけて描いてきたので、そろそろ出来上がると、静かに話して下さった。
しかし、目の前に広がるパノラマの、ど真ん中を突っ切っている高速道路の高架は描き込まれていない。
「余計なものは描かないんですか?」
冗談めかして尋ねると、男性は手を止めて、なにも言わずにわたしの目を見て、にっこりと笑った。

この水上町の、ひと足遅い春の中を歩き回るのは、想像していた以上に素晴らしい。ことに諏訪峡遊歩道はその筆頭で春のオーラに満ちている。
平野部ではすっかり時期を過ぎてしまった春の花々が、ここではいきいきと芽吹き開花を迎えている。


スイセンの群落が出迎えてくれて、その迫力に浄土を見たような気になったが、よく見るとそれは野生のものではなく、休耕田になった場所に土地のかたが球根を手植えして、それが時間をかけて増え育ってきたもののように見えた。

いい品種のスイセンたちが一面の群落に‥‥


紅いシダレザクラは、蕾がちのせいかますます紅く、谷あいの山深い場所でひっそりと春を待つ。植物はなんと健気なのだろう。


遊歩道は用水路の中にも入っていく。
水路右側のはじっこを歩いて、奥の階段へと続いている。
けっこうな勢いで水が流れているではないか。
増水時は通行禁止と看板が出ていたが、どう見ても自己判断のようだ。



遊歩道の横には、常に利根川が並んで流れている。
淡い翡翠色の水は、どれだけ眺めても見飽きない。こんな不思議色の川なんて、うちの方には流れていないもの。
見ていると吸い込まれそうという、ありふれた表現が、命を帯びてくる。

春を告げる花、サンシュユ


何としてでも利根川沿いに歩かせてくれる諏訪峡遊歩道は、それなりにお金の掛かった贅沢な散歩道だ。

遊歩道の途中には「笹船橋」という名の吊り橋が架かっていて、同名の歌に因んだ銅像も建っている。
また、この地に滞在して創作に励んだ与謝野晶子にまつわる碑や説明看板も多い。

だいぶ気が散ってしまったが、この景色こそが出会いたかった今日一番。
冠雪の谷川岳と咲きそめたサクラ。
この組み合わせは何故かくも日本人の心を(今や外国人の心をも)揺さぶるのか。ひたすら美しいだけではなく、何かがある。
DNAの問題だけではなさそうだ。


道を折り返して、利根川の反対岸を歩いて、道の駅に戻ってきた。
ちょうどいい足湯が野外に造られていて、無料で開放されている。
さわってみたら、少し熱めのいい湯加減。
ここで休憩、眺めも結構で、歩き疲れた体がまったりと休まった。

さて、整ったことだし、このあたりで本日の風景印をいただこう。
道の駅みなかみからJR水上駅へと、あまり広くない一本道がうねうねと曲がりながら登っていく。
通りの左右はレトロな温泉街で、その一角に屋根がナナメにとんがったのが特徴的な、小さな白い建物が見えてくる。
水上郵便局だ。
今日は遅咲きのサクラに出会えたので桜の切手を貼る。
窓口で女性の局員さんにお願いすると、
「ピッタリの切手ですね~!」
と笑顔で受けて下さった。

背景は谷川岳、手前には利根川が流れる
アーチ橋とも呼ばれる水上橋がかかる水上温泉郷

ついでに、この風景印の景色はどのあたりに行ったら見られるのかと尋ねてみた。すると女性の局員さんは、わからないらしく、奥の方にいた男性の局員さんを呼んできてくれた。

その局員さんのお話では、ここの風景印は水上温泉のいいとこを集めた言わばイメージで、これと同じ景色は見ることは出来ないとの事だった。
(ままあることか‥‥)
けれども、似たような景色が見れる場所はあるとおっしゃるので、その場所を教えてもらい行ってみる事にする。

郵便局から歩いて2~3分のところにある水上橋は、歩行者専用の小さい橋で、下を流れる利根川との距離感は風景印の通りだ。
橋の上から谷川岳方面をのぞむと、たしかに谷川岳が白く光っている。
それよりも、利根川のみどりが美しくて、また吸い込まれる。

その水上橋を歩いて渡り、向こう側を走る上越線の線路のところまで行ったところで、振り返って山を見た。

なるほど、こういうことか。

理想と現実は、違っていても許されるよね‥‥
そして現実には現実にしかない真実もあるよね‥‥

(想像するとだいたいの絵が見えてくるだろう)

それでも来てよかった。(局員さん、ありがとう)

帰路は、燃料ゲージを見ながらエコな運転をつとめ、おかげで給油せずに地元まで帰って来れた。
今日の走行は半タンで416.3km。(愛車よ、ありがとう)

それではまた、次の旅で。




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