止まった時計

これはこの間、興味本位でナイトプールに行った話だ。
そのプールは夜七時から十一時までの営業で、俺が行った時は夜九時だったと記憶している。
プールにはアダルトビデオと現実の区別がつかないような日焼けした四人の男と、化粧が落ちたら虫も寄り付かないような五人の女が楽しそうに遊んでいた。
耳障りではあるがその風景は少し幻想的に見えた。プールに入りながら蛍光色に光るパラソルなんかを眺めていたら、いきなり監視員が叫びだした。
「はやく上がって下さい! 時間が来ちゃう!」
今さっきプールに入ったばかりなのにもう十一時だなんて信じられないが、監視員が手に持っている丸い時計は十時五十九分を指していた。俺の頭の中にハテナマークが浮かんでいる間にも、監視員は気がどうかしたように急き立て続けた。
「もうだめだっ!間に合わないっ!間に合わないっ!!!」
その声を合図に、ビルも車も空を飛ぶ旅客機の赤色灯も、プールを照らしているライト以外の光という光は消え去り、監視員の姿も見えなくなった。
「えっ、なになに?」
「停電かしら」
「じゃあなんでここのライトはついてんだ?」
「非常用とか?」
あの集団からそんな会話が聞こえた直後「キャーー!」という悲鳴がプールに響いた。
声のほうに目をやると水面が泡立っているのが分かった。私はとっさに監視員を呼びに行こうとプールから上がろうとした。しかし、身体が異常に重く、プールサイドに足をかけることはおろか、上半身を持ち上げることもできなかった。それは自分だけではない。黒い男がプールから上がることができないのを俺は目の端で捉えた。
そうこうしている間にも泡は見えなくなり、水面は静かになった。
「あ、A子がいない…」
確かに女性は四人になっていた。
「やべぇ、助けなきゃ!」
男達はすぐにプールに潜ったがA子は見つからない。そして水面から頭を上げた男達の人数もいつの間にか三人になっていた。

そうやって、五分か十分の感覚で一人ずつ消えて行った。五人目がいなくなった時だったか、まるでサメのB級映画をそのままに、泡に血が混じっているのが見てとれた。それを見るや否やパニックになる奴もいたが、そいつもまた悲鳴と泡を残して消えていった。
とうとうプールの中には右腕にダサい刺青をした色黒の男一人と俺だけがとり残された。
半狂乱の男は「死にたくない!俺は生き残る!」と叫びながら、勢いよく俺を殴りつけて髪を鷲掴みにして顔を水中に沈めた…。

そして、気づくと俺は医務室のベッドの上にいた。
「大丈夫ですか? よかった!すぐに救急車が来ますから安心して下さい!」
それはあの監視員だった。俺は「何があったんですか?」と訊こうとしたがろれつが回らない。
「無理しないで下さい。プールに雷が落ちたんですよ。幸いに八人は軽症であなたも意識を取り戻してホッとしてます」
ふと、俺はあの刺青野郎がどうなったのか気になり質問した。
「ああ…その方ですか? 最初に来た救急車でいち早く運ばれましたが、先ほど死亡が確認されたそうです。でもあの人はあなたを殴りつけたんだ。死んで当たり前ですよ…」
どうやら俺は雷に打たれて気を失っている間に悪い夢を見たようだ。ただ、なぜ監視員が俺の見た夢の内容を知っているのかは知らない。医務室の時計は十時五十九分を指していた。

✳︎ナイトプールが流行っているので冷や水をぶっかけるショートショートが書きたくなった。
そこでシャマラン監督の「レディ・イン・ザ・ウォーター」みたいな意味不明なエッセンスと、頭の中に転がっていた行方不明のゾウガメのが発見されたというニュースを取り入れて異空間の体験という内容にした。
少しの気持ちの悪さを感じてくれれば幸い。
#小説 #ショートショート

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