沼地のピヴォ

試合は静かに始まり、一進一退の攻防が続いていたーー。
だいたい、自信がある奴っていうのは寄せが早い。そういう動きをしてくれるなら逆手にとって、簡単に抜き去ることができるんだが、問題は一定の距離を保ったまま飛び込まない奴。これが経験値のある証拠で、目測で歩幅の計算をし、俺が大きく蹴り出そうものならすかさず寄せて肩を入れ、進行方向の主導権を握る。駆け引きとしては目立たないが、熟練した間合い管理は必勝法に近い。
こうやってボールから剥がすのが上手い奴が味方にいると、フォワードは安心して思い切ったプレーができるんだが、残念ながらウチのチームにはそういうタイプの選手はいない。俺がシュート大好きっ子、Aはドリブル大好きっ子、Bはオールマイティな何でも屋。奪うよりも、相手のミスから攻撃に入るチームだ。もちろん勝負する時はするが、今日の相手は無理に攻めて来ないうえに固いチームで、パス回しもなかなか。向こうがミスをしないから、こちらのボールの支配率が低いのなんの。こういう展開は見る側からすると退屈かもしれないが、パスを回されてる側はずっと緊張感を保っていなければならないから見た目以上にタフな試合だったりする。
たぶんBは俺より頭が良い。(どこの学校を出てるとか、何の仕事をしているとかお互いの事、というか全員が全員の事をほとんど知らないんだが…)コートの上の一挙手一投足に無駄がなくて「なぜそうするのか」全てに理由がある。
仕掛けたのはBだった。Bは相手中央の髪の毛サラサラが、左サイドにいるさっきコーヒー牛乳飲んでた奴にパスするのを完全に読んでいた。この時点でBの前に居るのは相手チームの中で一番ガッシリした体格の奴だけ。3on3の面白いところはココにあって、攻守が逆転した瞬間にすぐシュートチャンスが訪れる。俺がBだったら速いグラウンダーでゴールの右隅を狙う。これは相手の軸足側を狙うというテンプレートみたいなものだが、Bはわざわざフェイントをかけてガッシリ君が前傾になったのを見計らってループシュートを選択した。良い度胸をしていると思った。俺ならやらない。なぜなら、おちょくられたと感じた相手が鼻息を荒くしながら当たりに来るからだ。もっと言うと、それが相手チームに火を付ける事になって逆転負けってオチもざらにあるから俺は変なトリガーは引かない。でも、Bは引いた。つまりこれはBからのメッセージ。「あいつは引きつけておくからスペースに走れ」って事だ。
相手ボールからリスタートすると、ガッシリ君はいきなりシュートを打ってきた。足の振りが速く反応が少し遅れてしまったが、幸いポストに当たってくれた。彼が冷静だったら入っていたかもしれない。すかさずAがそれを拾い、俺は前に走った。AがBにパスをする素振りを見せると「待ってました!」とばかりにガッシリ君がBの後ろにいる。それを確認したAはBを囮にして、俺にパスを出すとすぐに走った。3on3から2on2の状況だ。サラ君とコーヒーも馬鹿ではないのでワンツーには付いてきた。その後、すぐにAは後ろの俺にバックパスのリターン。あとはこのクソみたいな世界に抱く憎しみの全てを込めて右足を振り抜くだけだった。
ネットが揺れてブザーが鳴った。今日は1-0で俺たちは勝った。試合が終わるとすぐに別の試合が始まるので、試合の余韻もそこそこに選手は撤収しないといけない。ロッカールームで着替えた後、勝ったチームは鍵を返す時に賞金が貰える。賞金と言っても注目度の高い試合でない限り、エントリー料の払い戻しと合わせて2日3日の食費で消える程度のものだ。
チーム登録してエントリーするのが普通だが、個人でエントリーする事もできる。その場合、運営側がランダムで選んだメンバーが試合の1時間前に発表される。でも今は個人参加をする奴が少なくなっていて、高確率でAとBとチームになる。だから、初期の頃のようにどこの誰だか分からないチームメイトにワクワクする事も無ければ、俺が1人で3人を相手するという不規則なサンドバッグ試合も無くなった。
俺たちはそれぞれに賞金を貰うと、それぞれの方向に散っていく。街で見かけることもほとんどないから、俺とは住む世界が違うのかもしれない。
どこの誰だか分からないのに安心感があるというのも不思議な話だ。どんなに慣れたところで、この腐った世界の居心地の悪さは変わらないのだが。
#小説
#ショートショート

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?