2021年　韓国製作
監督：オ・セヨン

あるアイドルスターの熱狂的なファンだったオ・セヨン。「推し」に認知される『成功したオタク』にまでなった彼女だが、その人物は性犯罪加害者として逮捕されることに。
推しが犯罪者になってしまったら、今までの私の情熱は、思いは、一体どうすれば良いのか？
彼女は同じファンだった人に話を聞くため、カメラをもって走る。

何と言っても題材の目新しさに惹かれた。
普段ドキュメンタリーはあまり観ないのだが、この題材に興味をひかれて劇場まで足を運んだ。
まだ学生らしい若い監督の作品は、ドキュメンタリーとは言え魅せる技術には甘いと思う。多少退屈な描写があったり、説明不足な場面もあったり。しかし監督本人が当事者であり、なにより自分がその事象を紐解きたいという熱意が全体をカバーし、作品を昇華している。

監督、オ・セヨン氏にとっては様々な意味での”はじめての人”である『推し』。
あらゆるグッズを購入し、コンサートにサイン会にでかけ、認知されるべく韓服（チマ・チョゴリ）を身にまとい、彼が言うから学年１位の成績も取って、ソウルの大学にも入学した。”はじめて”長距離列車に乗って、外泊をして……涙ぐましい努力と輝かしい思い出。
初恋は実らないもの、彼はアイドルで空の上の人、とは分かっていただろう。なんて言ったとしても、まさか相手が犯罪者になってしまうなどとは思うまい。
自分にはここまでする『推し』もいないから共感は難しいけれど、丁寧にかつ冷静に描かれる描写に理解は及ぶ。

憧れのアイドルが犯罪者になってしまったら？
ファンであり続けることが出来るのか、
ファンを辞めるべきか、
彼を推した自分もまた加害者となるのか、
彼を思って過ごした幸せな時間まで否定しなくてはいけないのか。
かつての『同志』と会い、思い出を堪能し、このような答えの出ない『推し問答』を存分に交わすのに見応えがあった。
みなそれぞれの意見があり、どれにも納得できる力が込められていた。推しの犯罪がもたらした影響は、熱狂的に指示されていた分だけ大きい。彼女たちが如何に悩み苦しんでいたか。
現代の『推し文化』を研究するうえでは非常に役に立つ資料になるのではないだろうか。

推しの犯した過ちは明らかな犯罪であり、他のファンたちもその行いについて情状酌量の余地はない。
中には少数でも、ファンを続ける、犯罪を犯した彼を今でも指示する、という意見もあっただろう。ただ監督はその意見を追うことはしない。それは彼女自身が最初からその意見を指示する気がまったくないからである。
部外者の視点ではそれに安堵するとともに、ドキュメンタリーの不完全さも感じる。製作者の意見がブレてはいけないと思うが、反対意見を取り上げないとする根拠は少し不足しているかも。

監督を含めファンたちは、推しの犯罪に絶望している。
打ちのめされ、もうこんな思いはコリゴリだと、ある一人は「生きている人が対象だと似たようなことが起こり得る。だから真に尊敬するのは故人しかいない」とまで言い切る。
だがそんな彼女たちも、ラストではまた別の『推し』を見つけて『推し活』に邁進する姿がそれぞれ映し出される。推しが見れた、チケットを逃した、そんな風にはしゃぐ様子に嘘や陰りは見えない。

推しの犯罪が彼女たちにつけた傷は深いだろう。
だが推しと過ごした時間までやそのときの思いをなかったことにしなくていい。

かつて誰かを強く『推し』た経験は、強い。
愛することは才能でもある。

それほどまで強い『推し』のいない自分は、彼女たちの熱狂をそんな風に羨ましくも、思う。

若い監督の初々しく、またらしからぬ冷静な思考を持ったデビュー作に、今後の活躍を期待。