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読書感想文【思いはいのり、言葉はつばさ】

2019年 まはら三桃(みと)


中国・湖南省に伝承される女性たちだけの文字「女書(ニュウシュ)」をテーマにした児童文学。
小学校高学年からの児童書とのことだが、興味深い歴史のエッセンスと可愛らしい子供心が詰められた幅広い年齢の読書に耐えうる一冊だった。

主人公ゴォ・チャオミンは好奇心旺盛な少女。
ハル族の母親と漢族の父親のもとに生まれ、母親譲りで歌は上手いが縫い物は苦手。十歳になったら村の女達の集まりで文字を教えてもらえると聞いてその日を心待ちにしている。


本書見返し、繊細な「女書」
暗号のよう

本には、チャオミンの文字を学ぶ喜びが溢れんばかりに描かれている。
美しい「女書」が自分の手から生み出される驚き。その文字で自分の思いを伝えられる喜び。
女性だけに密やかに伝えられる、という点も子供心をくすぐるのだろう。
加えて「結交姉妹(けっこうしまい)」という存在。特別仲の良い女の子同士が固い絆を誓うこの文化は、古今東西を問わず女の子の間に存在するものであろうが、なかなか言葉にするのは難しい。
男同士の熱い友情、とは微妙に異なる気がする。『赤毛のアン』のアンとダイアナみたいなものと言えば近いだろうか。

歌が上手くて明るいチャオミンは年上の女たちに針仕事や文字を教えてもらいながら可愛がられ、集まりのマドンナ的な存在、綺麗で優しいシューインから結交姉妹の申しこみを受ける。
憧れの君からの素敵な手紙をもらった喜び、ほとばしる喜びを覚えたての文字でなんとか表現しようと奮闘する様子、綴られた拙いながらも真っ直ぐな言葉。
可愛いなぁ、そんな時もあったなぁ、なんて微笑ましい気持ちになって読んだ。

けれどその美しい「女書」が生まれた背景には、悲しい女性の歴史がある。
チャオミンの暮らす村は大半が漢民族であり、女性は纏足しているのが美の条件とされていた。漢族の父親をもつチャオミンもまた、例外ではない。

唐の末期から流行った風習、纏足は、ほんの小さなころから女児の足を布で強く縛り、故意に小さく変形させて成す。
纏足の女性は大人になっても早く走れず、家にこもらざるを得ない。人の手を借りなければ日々の生活も難しく、弱々しく歩く女性というものに男性が支配欲を満たされるだとか、纏足していなければ結婚もろくに出来ないだとか、無茶な矯正に足が壊疽してしまったり命の危険すらあっただとか。
民俗の風習というものは頭ごなしに否定するものではないが、広く流布した背景を調べると思わず顔をしかめたくなる。
清の時代に度々禁止令が出されながらも辛亥革命(1911年)ごろまで続いたというのだから、相当根深い。
中国史を紐解く際には欠かせないものだろう。『大地』(パール・S・バック著)にもそんな描写があったなと思い出した。

文字を学び、友情を育み、一見この上なく健やかに育っていくチャオミンの周囲にも、その時代の女性の辛い境遇が浮かび上がってくる。
女性は結婚したら奴隷のように働かされ、自由はなく、喜びもなく、文字すら取り上げられかねないのだと幼馴染のジュアヌから教えられ、美しいシューインの結婚もちっとも喜べない。
「女書」はそんな辛い女性のために、女性だけが使えるように発達した文字だとされる。せめて、と幸せを祈る思いを言葉というつばさに乗せ、チャオミンたちは筆を運ぶ。

美的感覚など時代や場所で驚くほど変わる。だが広く一般的とされているそれに異を唱えるのは、なかなかに勇気と知恵がいる。
作中のチャオミンも時に小さな足が歩きにくいと愚痴をこぼしながらも、決定的には拒否はしない。それが自然で当然と思っているからである。
このまま不自由さを認識せずにおとなになるのかと想像すると、少し悲しい。チャオミンの紡ぐ言葉、文字が朗らかで実直であるから尚更。

文化大革命以前においては、女書による文書は著者の死去に伴い殉葬品として焼却する習慣があった。また文革期には多くの女書による作品が破棄された。このため、女書による作品で現存するものはきわめて少ない。文革後、女性の文化水準の向上に伴い、女性は女書によらずとも互いの交流が可能になり、女書の使用価値は減少した。その結果女書の学習者は激減し、女書は絶滅の危機に瀕し始めることとなる。

Wikipedia「女書」ページより

絶滅に瀕しているという「女書」
同じようにして消えていった文字も多くあることだろう。生まれたその背景は切ないものだが、だからこそ綴られた心は本物に違いない。失われるには惜しい。
言葉は儚いものだが、心を込めれば強く、逞しくもなる。時に一人歩きして誰かを傷つける刃物にすらなる。日常的に不自由なく文字を読み書きできる現代の幸運を今一度認識して、もっと大事にすべきだろう。

瑞々しい生きる喜びと、厳しい時代に暮らす悲しさと、絶妙なバランス感覚が面白かった。


こちらは13世紀の西夏文字の話。
ジャンルがだいぶ違うが文字の盛衰については似ている気がする。



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