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後藤敦史著『阿部正弘』を刊行します

 10月の新刊、後藤敦史著『阿部正弘―挙国体制で黒船来航に立ち向かった老中』(戎光祥選書ソレイユ011)が刷り上がってきました。

 刊行に先駆けて、下記に本書の「はしがき」をアップしました。後藤先生による本書執筆の意図、著述方針等がまとめられていますので、ぜひご覧ください。

はしがき

 幕末から明治維新にかけての歴史を舞台とする歴史小説や時代劇(テレビドラマや映画)は、数多い。これらの幕末・維新を素材とした作品で、必ずといっていいほど描かれる場面のひとつが、嘉永六年(一八五三)六月の黒船来航(ペリー来航)であろう。この事件は、一般的に幕末・維新の動乱のはじまりに位置づけられ、そのため、作品の中でも冒頭に近いところで描かれる場合が多い。そこでは、四隻からなるアメリカの艦隊に混乱する人々や、危機意識を抱いて日本の変革の必要に目覚める主人公など、さまざまな人物たちが登場するが、江戸城内で動揺する幕府の閣僚たちの登場も〝定番〟のひとつといえる。
 その江戸城内で、黒船来航当時、老中首座として幕政を主導していたのが、阿部正弘(一八一九~五七年/備後国福山藩主)である。現代風にいえば、老中首座は内閣総理大臣にたとえられる重要職で、歴史ドラマなどで、黒船来航時の江戸城内の様子が描かれれば、正弘は必ず登場する。「鎖国か開国」か、という情勢の中で、往々にして、幕府の苦悩を代表するような人物として描かれる。
 しかし、そのように重要な人物でありながら、正弘自身が主人公となることは、ほとんどない。著名な役者が演じるなど、確かに重要な役ではあるが、作品全体の中での登場回数はやはり少ない。ただ、それは仕方のないところもある。正弘は黒船来航から四年後の安政四年(一八五七)六月に病死した。幕末・維新の歴史全体でいえば、冒頭の数年しか登場しないことになる。これでは、幕末・維新の歴史を壮大に描こうという作品に、正弘は〝不向き〟なのかもしれない。
 本書は、そのような阿部正弘を主人公とする。それは、彼が日本の歴史において重要な事件のひとつである黒船来航に際し、幕政を担っていた政治史上の重要人物だからである。詳細は本書の中で論じるが、正弘は黒船来航という危機に対し、できる限り国内が動揺しないよう、慎重な対応をとることを重視した。近世から近代へと大きな転換を遂げる、その初発の段階で、こうした正弘の政治運営がどのような意義を有していたのか。正弘の歴史的な役割を検討することは、その後の幕末・維新の歴史全体の特質を考える上でも、重要な作業となるであろう。
 なお、ここまで歴史を素材とする歴史小説やドラマなどのフィクションを事例に述べてきたが、本書はあくまでも実証に基づく歴史学研究の本である。阿部正弘について知りたい、という方だけではなく、幕末・維新の歴史に関心があるという方に、ぜひ本書を手に取っていただきたい。
  二〇二二年七月
                              後藤敦史                                    

著者略歴

後藤敦史(ごとう・あつし)
1982年生まれ。現在、京都橘大学文学部准教授。
主な業績に『開国期徳川幕府の政治と外交』(有志舎、2015年)、『忘れられた黒船―アメリカ北太平洋戦略と日本開国』(講談社、2017年)、『幕末の大阪湾と台場―海防に沸き立つ列島社会』(共編著、戎光祥出版、2018年)などがある。
  


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