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コロナ総括⓫私権の制限、罰則、補償、そして憲法

~「国の形」とコロナ対策の解~

コロナ禍では、随所で「私権の制限」という問題に直面した。たとえばそれは「企業活動の停止」「外出禁止」など個人や企業の自由を奪うことを政府ができるかという話であり、また、感染者や濃厚接触者の追跡では個人情報管理に踏み込む場面もあった。感染症対策には欠かせない「私権の制限と国家権力」といういうファクターをこの章では考えてみる。 

日本は第二次世界大戦後、国際紛争、とりわけ武力行使を伴う戦争の当事国となったことがない。全国的に及ぶ大暴動も、国民生活の危機を迎えるが危機に瀕するような飢饉もなかった。たびたび経験してきたのは、局所的な自然災害程度であり、それは、保護・救済・保全策が主で、統制を強いる類類いのものではなかった。
 つまり、国中がくまなく一大事となり、その解決のために広く個々人の日常活動を制限するような事態に、日本人は直面したことがほぼなかったのだ。
 今回のコロナ禍では、この「日本人が不慣れな」国家の非常事態に戦後初めて直面し、飲食店の営業自粛、個々人の外出自粛という「私権の制限」を経験した。そこから改めて国と個人の関係というものを考えさせられた。
気鋭の若手社会学者である古市憲寿憲氏は以下のように語る。
「ヨーロッパには、人権意識の進んだ国々というイメージもあった。
 しかし有事の際には、国家の強権がいとも容易(タヤス)く発動できるようだ。フランスやイタリアでは外出禁止令が出され、警察当局が違反者を取り締まっている。
 ポーランドでは自宅隔離対象者向けのアプリも登場した。海外から帰国するなどした人は、在宅を証明する写真を当局に報告する必要があるのだという。
 11月に武漢が封鎖された時とき、日本のメディアは『中国だからこんなことができる。民主主義国家には無理』という反応だった。
 しかし、日本が民主主義のお手本とした欧州が、「中国と同じように個人の人権を大幅に制限している」(「週刊新潮」2020年4月9日号)
 果たして“普通の国”とは何なのか。
 コロナ禍で図らずも透けて見えた、日本が避け続けた争点に迫ってみたいと思う る。
 災厄に際した時、公共の福祉のために、私権はどこまで制限すべきなのか―「国のあり方」というファクターを明かしていく。

コロナ禍では、個人の外出や企業の事業活動に対して、日本と他国では規制のしかたが大きく異なった。ともすれば日本は「甘く、かつ、責任をとらない」と言いわれがちな体制だ。
 さて、いったいこのどこに「責任をとらない体制」の問題がある のかこうした話が出ると、「そもそも規制も補償も憲法的に難しい」という声が出る。そこから国のあり方の再考が叫ばれるが、果たしてそれが感染症対策の明暗を分けるファクターなのか?。

知事が勝手に出した緊急事態宣言。
根拠がないから効力もない


 私権と政府、法律を考えるうえ上で、わかり易いわかりやすい話から書いていく。
 話は少し古く前なるが、2020年2月28日に、鈴木直道北海道知事が道民に向けて「緊急事態宣言」を発した。新型コロナウイルスの感染爆発が起こりつつあった当時の北海道で、知事は道民に対して自宅待機・喚起と社会的距離の維持を要請したのがその趣旨だ。
 ただし、これは法律的に何の根拠もない。
「どのような権限でそれを発しているのか」
「発出までのプロセスはどうなっているのか」
「指示した内容に対しての順守義務や罰則はあるのか」。
 こうした疑問には解答が全まったくできないのだ。
 たん単なる「お願い」レベルの談話でしかないともいえるだろう。
 つまり、行政が何なんらかの意図をも持って住民や企業にお願いをする時とき、法的根拠が伴い、発出までにしかるべき審査や合議という手続きを経ているというのはとても大切なことだとわかる。
 新型コロナウイルス感染症(Covid19)の蔓延により、国や自治体は、その対応のために、個人や企業の行動を制限せねばならない場面が生じた。
 ただし、外出制限や店舗の営業停止・短縮などには、やはり、法的根拠と、そして、その法に則ったのっとった手続きが必要となる。こうした「私権の制限」が、伝染病の蔓延を対象に可能とする法律として、「新型インフルエンザ対策特別措置法(新型インフル特措法)」がすでに存在する。
 そこで、政府はCovid19も新型インフル特措法の対象にしようとした。
 ところが、新型インフル特措法はその対象が限定されていて、当時の規定ではCovid19は対象とはならなかった。このあたりの事情も、「法と私権」を考えるうえ上で重要なために、振り返りをしてっておく。

99年施行制定の感染症法では弱い
そこで12年に特措法が成立


 そもそも、感染症対策には1999年に施行された感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)がある。
 この法律自体、従来の「伝染病予防法」「性病予防法」「エイズ予防法」を統合して、より広範な感染症を対象対照するために作られたもので、2009年に流行ったはやった新型インフルエンザも同法の対象とできるものだっに含めることができた。
 ただ、同法は「病原体に汚染され、又は汚染された疑いがある建物への立入り立ち入りの制限・禁止」措置を知事が指示することは可能だとしているが、汚染がない建物や、建物内の個店への立ち入り制限・禁止の指示はできない。
 また、制限・禁止措置にしたがわなかった場合の対応も規定がない。全国知事会からこうした点への改善要望が寄せられ、それらを盛り込んで20122012年に新型インフル特措法が成立した。
 同法では「多数の者が利用する施設の使用制限・停止又は催物の開催の制限・停止」を知事が要請でき、それに従したがわない場合は、もう一段強い「指示」が行え、加えて「実名公表」へと進める。
 ただし、最終的な罰則はない。また、休業に応じた場合の公的補償に関する規定もない。
新型インフル特措法には、別の面で「補償」にも言及はしている。
 同法は医療従事者に対して、新型インフルエンザ患者の受け入れを促しており、それに従った医療従事者には「補償」を行うことが明記されている。
 つまり、私権の制限と補償の両方が盛り込まれた画期的な法律だったのだといえる。

なぜ新型インフル特措法の対象に
COVID19はならなかったのか


 ちなみに、新型インフル特措法は、その対象となる「新感染症」を厳しく制限している。
 やみくもに対象を広げて、知事に強権を付与するのは芳しくないからだ。
 同法の対象となる新感染症の要件は、
「既知の感染症と明らかに異なること」
「重大な影響を与えること」
 の二2つとなる。
 前者は「ウイルスの特定が困難な未知の感染症」と解釈されたために、病原体が特定できているCovid19Covid19は要件を満たさない。
 また、「重大な影響」とは、新型インフルエンザに対してなされた「入院患者200万200万人、死亡者17万~64万人」という規模感を想定している。
 こちらも、Covid19Covid19の場合、当初感染爆発した中国でも、感染者数8万5000人余弱、死者数4600名弱ほどであり、要件を満たしていない。
 こうしたことから、Covid19を新型インフル特措法の対象とするには法改正が必要となり、政府・国会はその手順を踏まねばならなかった。

法律に罰則がないのは
憲法に抵触するから??


 さて、新型インフル特措法が改正されてCovid19も晴れてその対象となったが、やはり、企業店舗に対するの営業の停止・短縮は要請・指示に留まりとどまり罰則はないしもなければ、補償も規定がない。もちろん、一般市民に対する外出も禁止ではなく、自粛に留まるとどまる。さらに、こうした指示の権限について、一部曖昧あいまいな部分があった。同法45条にある通とおり、政府が発した緊急事態宣言に対して、各知事は管轄する自治体内で休業・休校などの要請(や緩和)を独自に行うことができる。
 ただし、同法20条では「政府対策本部長は総合調整を行うことができる」としている。つまり、知事の決定に、政府がNoNoということもできるのだ。
 このルールにより、東京都の小池知事は当初、理髪店やホームセンターも休業要請の対象としていたが、田村憲久対策本部長西村稔経済再生担当相による総合調整で、いずれも休業の対象から外すこととなった。
 こうした問題が改めて明らかになったのだ。なぜ、罰則や補償の規定が漏れていたのか。この二2点について、憲法上の問題や、補償を嫌がる政府の姿勢があるという以下のような指摘はある。
「日本国憲法に国家緊急権が規定されていないことが背景にある」(岩田温准教授(政治学)、大和大、産経新聞、4月17日)
「いざというときには国が口を挟む。だけどお金の責任は持たない。とにかくひどい法体系。官僚の悪知恵を詰め込んで、責任を負わないような法律を作って、機能してない」(橋下徹元大阪市長、ABEMA TIMES,4月20日)
 ただ、これらの批判は的を射ていないように見える。
 まず、政府は6月15日の参院決算会議委員会にて、現行憲法下で罰則規定を盛り込んだ法整備を視野に入れていると発言している。
「法整備の検討を行わざるを得なくなる」(4月27日、西村康稔経済再生担当相)
「どうしても必要な事態が生じる場合は、当然検討されるべきだ。私権の大きな制約を伴うことになるので、慎重に考える必要がある」(安倍晋三首相)
 つまり、憲法改正とは関係のない話ということになる。
 補償については、法制の不備はあるが、国・地方政府により、休業協力金や持続化給付金、家賃補填などを実施しており、その支援規模は罰則規定のある欧州の多くの国を上回る。
 欧州では罰則規定があるにもかかわらず、個別補償はせず、外形標準で一律給付を行う国がほとんどであり、完璧な保障補償とは程ほど遠い。
 このあたりは前章を振り返ってほしい。
 つまり、役人が悪知恵で口は出すが金は払わない法律を作ったわけではないようだ。

罰則も補償もなかった本当の理由
ではなぜ、罰則と補償がなかったのか


 理由は、新型インフル特措法はもともと、新型インフルエンザを想定して作ったことにある。
 インフルエンザの潜伏期間が2~5日、発症から治癒までが7日程度と短い。しかも、潜伏期には感染力が弱く、排除すべきは、発症後の患者の外出のみだ。そうした人が、飲食店で長居しながら歓談するケースも少ないだろう。
 ということで、基本となるのは一時的に立ち寄る人が多数いるような大規模施設を主対象としていた。
 だから、小さな個人経営の別飲食店をまで対象にするのはなかなか難しい立て付けになっている。
 そして、休業期間も最流行期の1~2週間程度が想定される。これはインフルエンザの学級閉鎖期間が4日なのからもわかるだろう。こうした短期間の休業であれば、要請に応じない事業者に指示を出して実名公開まで至る間に、休業期間が終わってしまう。
 そしてこの短程度の期間であれば、事業への打撃も補償するほど大きくない。
 こうした条件を想定していたから、罰則や保証に踏み込めなかったと言われている。
 つまり、立て付けの古い法律で何とかごまかして対象を広げると、無理が生じる。とすると、新たな法律を作り、罰則や補償もしっかり規定していくべきではないか。
 いやいや、それよりも憲法自体を改正し、国家の一大事においては政府が幅広く主導力を発揮できるようにすることの方ほうが良よいのではないか。
 コロナ騒動とともにこうした議論が盛んにおこな行われるようになってきた。
 このあたりは後ほど考えることにする。

現行憲法でも私権の制限は可能


 その前に私権の制限や罰則、補償について今一度確かめておくことにしよう。
 まず、現行憲法でも休業要請や外出禁止は現行憲法に触れないのかを国民に強制できるのかについて、専門家の意見を既報道から拾ってみる。
「生存権を保障する憲法25条が公衆衛生の向上と増進を国の責務とし、13条はすべての国民の生命への権利を保障する。国民の生命と健康を守るのに必要な措置は憲法上求められており、外出自粛や休業の要請などは憲法の範囲内といえる」(石川裕一郎教授、聖学院大、沖縄タイムスズ、5月3日)
「財産権や営業の自由など経済的自由は、国民の生命・健康に対する危険防止や福祉国家の理念のもと、貧富の格差解消などを目的に政府の介入が求められてきた。今回も科学的なエビデンス(根拠)と合理的な理由があれば、これらの規制は認められよう」(同上)
「営業の自由に対する侵害は、新型コロナウイルス感染症のまん延を防止するためなので、国民の生命・健康に対する危険を防止するための、『消極目的規制』にあたります。
判例上、規制の必要性・合理性が認められ、より緩やかな規制手段では同じ目的が達成できない場合に、合憲となります。新型コロナウイルス感染症のまん延を防止するためという目的は正当でしょう」(早田由布子弁護士、弁護士ドットコム、5月4日)
「日本国憲法は、22条で営業や移動の自由を保障する。しかし、どんな事情があっても、絶対にそれらを制約してはいけないというわけではない。科学的根拠に基づく必要不可欠な制限は合憲だ。
 例たとえば、食中毒の原因となった飲食店には、食品衛生法に基づき営業停止命令が出されることがある。原子力災害対策特別措置法では、警戒区域への立入は罰則付きで禁止されている」(木村草太教授、東京都立大学、木村草太の憲法の新手<127>、5月3日)
 つまり、科学的根拠に基づく合理的かつ最小限の規制であれば、現行憲法に反することはないということだ。

営業の自由と財産権の侵害だから補償は必須


 次に気になるのは、規制に伴う補償は、絶対に必要なことになるのか、だ。
「その対象に危険がある場合、その営業などを禁止するのに補償は必要ない」という伝統的な法理論があり、補償不要という考え方がないわけではない。例たとえば、食中毒を出した飲食店に営業停止命令を出すのに補償は必要などない。ただし、それは当事者責任としての営業停止であり、しかも因果関係もはっきりしている個店だ。今回の場合は、何の問題も起こしていない事業者に対して広く予防的に発する休業指令となる。なので、休業補償は必須という意見が多い。
「憲法29条は財産権が公共の福祉によって制約されることを強調し、正当な補償のもとで公共のために使われるとする。政策的に考えれば経済活動全般に当てはまると思う。今回で言えば休業補償や所得補償だ」(前出 石川氏、朝日5月3日)
「現に営業している店舗に対する休業指示なのですから、休業しているだけで損失が積み重なっていくという意味において、営業の自由に対する侵害の程度は極めて高いものになります。自ずとおのずと、規制の合理性も高度のものが求められます。
休業による損失を補償する法的枠組みもないまま、法改正により罰則付きの休業指示を設けると、営業の自由の侵害の程度が大きすぎるため、違憲の疑いが濃いといえます」(早田由布子弁護士、弁護士ドットコム、5月4日)
 こちらは、財産権の侵害、営業の自由への抵触を考えた上うえで、やはり補償が必須という声がことだ多い。
 ということで、最低でも新型インフルエンザ特措法に対して、罰則を加えるなら補償も当然伴わせて改正を行うべきとなる。
 ただ、立て付け自体がインフルエンザを想定している同法よりも、より汎用性が高い新法がより合理的なのかもしれない。

非常事態にも通常立法で対応したフランス

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