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お嬢様の入浴、何年ぶりかしら。

特養のショートステイに、昔のお嬢様がやってきました。
お嬢様は認知症で、今はアパートに一人暮らし。
生活保護で暮らしています。
おうちの中は、お掃除が行き届いていませんで、お風呂場は物置です。
お風呂場が物置状態になっているおうちは多いです。

つまり、おうちでお風呂入れません。
それで、公民館のお風呂へ行ったり、デイケアで入浴する人は多いです。
でも、一人暮らしで、閉じこもり、セルフネグレクトの生活している人は、もう、お風呂に入っていないってことですね。

この昔のお嬢様もそうでした。
デイサービスも、デイケアも利用していない。
自分から出かけない。
しかし、昔、ご両親がお金持ちであって、お嬢様として育てられたという、プライドを今も持ち続けているのです。

昔は結構いたものです。
大地主で自分の土地だけを歩いて駅まで行くことができるなんていう人。
まあ、駅までどれくらいの距離なのかわかりませんが。
だから、周りの人はみんな下々の者で、使用人扱いです。

ピンクのフリフリのブラウスを着ていますが、襟元は真っ黒で、どのくらい洗濯していないのか。もしかして洗ったら、ぽろぽろと、布が裂けてきてしまうのではないかしらと不安になるほど、布は薄くなっています。

しかし、このセルフネグレクトの昔のお嬢様。
やっと、剛腕ケアマネにつながり、第一歩としてショートステイにやってきたのです。ケアマネからの希望は、「お風呂に入れてください。」でした。

そこで、私の出番です。
認知症の人の入浴はなかなか難しいものですが、私はなんとかかんとか、こなしていました。
私は、映画とドラマをたくさん見ていますので、お芝居が結構上手なのです。いろいろな、場面を演じ分けられます。

早速、お嬢様が浴室にやってきました。
「お嬢様、ごきげんよう。」とご挨拶します。
「は、おまえはだれだ。」
「はい、私は今日お嬢様に、身だしなみのやり方をご指南していただきたいと思う者でございます。よろしくお願いします。」
あくまで、下々の者として、お嬢様に身だしなみを習うという設定です。
これなら、お嬢様のプライドは、みたされるでしょう。

「お嬢様、おリボンなどお付けになりますでしょうか。ご用意いたしますが。」
「うん、いいね、リボンを結んでおくれ。」
「はい、では、リボンを結ぶ前に、御髪を整えましょうね。」
と言って否応なく洗髪することにしてしまいました。
浴室のシャワーチェアに腰掛けるお嬢様の頭に、少しづつお湯をかけていきます。お嬢様の髪の毛は、何年も洗っていなかったので、ごわごわ、こちこち、カチカチ、に固まっています。
お湯をかけると黒いお湯が流れ出しました。
少しづつ、柔らかくして、シャンプーをつけました。
「お嬢様いい香りでございましょう。お嬢様は、どのような香りがお好きでございますか?」なんて、聞きながら、何回も何回もシャンプーをつけて洗って流しました。浴室の床のタイルに黒いお湯が流れていきます。

シャンプーのボトルをほとんど使ったころ、やっとすすぐことができました。
次は顔と体です。
「お嬢様、御髪はサラサラになりました。今度はお顔を真っ白にして、お化粧できるようにしましょうね。」
と言って顔を洗います。
顔は垢で黒光りしています。
悪戦苦闘して、何とか、地肌が見えてきました。
「お背中もお流ししましょうね。」といよいよ体を洗います。
もう私は、浴室の熱気のなかでのお嬢様の垢との戦いで、へとへとになってきました。
でも、リボンを結ぶという約束は果たさなければなりません。
ああ、やっと、洗い終わりました。

「お嬢様、ますます、お美しくなりましたよ。御髪を乾かしたら、おリボンを結びましょうね。」
お嬢様は、気持ちよさそうに、ドライヤーの風を受けています。
もう何十年も前に流行ったのであろうと思われるデザインの、ぴちぴちのワンピースに着替えたお嬢様、いよいよ、お約束のおリボンです。
昔のお嬢様らしく、ここは、三つ編みにしておリボンを結ぼうと思い、中原淳一のイラストのお嬢様をイメージしました。

鏡を見ていただいたら、お嬢様は、ご満悦でした。
今日はゆっくりお休みなさい。
安心して寝てくださいね。

昔のお嬢様なんて失礼な言い方してしまいましたが、ご自身はいつまでもお嬢様なんですよね。

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