見出し画像

サポーターは時代と社会を映す鏡。80年代前半のイングランドの応援から見える変化。

スタジアムではサポーターによる様々な信じられない事件が起きる。果たして、サポーターは野蛮な人の集団なのか?実際にスタジアムに通っている人ならばわかると思うが、スタジアムには多種多様な人が集まっている。野蛮な人の集団だというわけではない。

例えば「スタジアム内が差別意識の蔓延する特殊な場所だというわけではない。」という調査結果。

三ツ沢球技場でのバナナ事件と埼玉スタジアムでのJAPANESE ONLY事件(いずれも国籍や人種、民族に対する差別事件)が発生した2014年に行われたアンケート調査で、興味深い結果が出ている。「あなたの応援するJクラブのサポーターに外国人差別、在日外国人差別の行為や発言、排外運動をする人はいますか?」という質問と「友人、職場、家族親戚に外国人差別、在日外国人差別の行為や発言、排外運動をする人はいますか?」という質問の回答で「いる」と回答したのは、いずれも23%。スタジアム内のサポーターの好意で差別が顕在化したが、実際には社会に広く差別意識は蔓延しており、差別行為を行なっている人が日本国内のどこにでも存在しているのだ。それが、スタジアム内で発生した差別行為で顕在化したのが正しい解釈だろう。

過去のサッカー史・サポーター史を振り返ってみる。サッカーの母国・イングランドの書籍でまさかの表現を発見した。

サッカーとサポーターの古典的書籍「サッカー人間学」を読み直してみると、驚くべき表現を発見した。「サッカー人間学」は小学館より1983年に日本語版が出版されている。岡野俊一郎氏が監修している。

画像1

原題は「The soccer tribe」。1981年に英国で出版されている。著者のデズモンド・モリスは動物学者だ。「裸のサル」「マンウォッチング」の著書やテレビ出演で知られる。ちなみに、日本で1974年に放送されたSFドラマ「猿の軍団」(映画「猿の惑星」のパクリ)で地球を支配する猿が人間のことを「裸の猿」と呼ぶ設定となっていたのは、デズモンド・モリスの著書の影響があると思われる。

※デズモンド・モリスが「The soccer tribe」について語っている動画。

262ページから始まる「随行者の暴力」の章、172ページから始める「随行者の災難」の章。

「サッカー人間学」では、サッカーを通して見た人間「サッカー部族」の諸行動を動物学者であるデズモンド・モリスが解説している。分厚い大著だが、その中で233ページから315ページまでをサポーターの分類・行動分析が占めている。「随行者の暴力」の章では様々な暴力行為、サポータ同士の紛争、サポーターと警官の衝突が紹介されている。「随行者の災難」の章ではスタジアムの倒壊事故、サポーターの衝突による死傷事件や暴動について紹介されいている。文章の中から1970年代の英国サッカー界の病巣を窺い知ることができる。

画像3

152ページから始まる「随行者のディスプレイ」の章で紹介されている様々な応援手法。

「随行者のディスプレイ」の章ではファンファーレ、旗、手拍子、歓呼などの応援手法が紹介されている。その項目を書き出してみよう。

1 部族ファンファーレ
2 紙吹雪
3 旗の林立
4 スカーフ・ディスプレイ 
※スカーフとはマフラーのこと
5 歓喜の跳躍
6 手拍子
7 集団ジェスチャー
9 処刑ディスプレイ
10カー・パレード


「部族ファンファーレ」にはトランペットの他、今ではほとんど絶滅しているラットルという木製の応援グッズによる応援も紹介されている。また警笛(エアーホーン)の使用も紹介されているが、これも、今ではあまり使用されていない。カー・パレードは日本では馴染みがない手法。勝利の後にサポーターがクラクションを鳴り響かせ、旗を振りかざしながら騒がしく帰宅することだ。・・・そう、8を飛ばしていた・・・。

画像4

「8.ジャングルの叫び」には黒人選手への差別行動が紹介されいた。ただ、現代の常識とは全く異なる説明だ。

「ジャングルの叫び」の前半では審判やGk等に対するブーイングが紹介されている。読んで驚くのは後半の内容だ。抜粋する。

---

モンキー・コールは、もっぱら相手チームの黒人選手に向けられる。
(中略)
モンキー・コールは部外者には不愉快な人種差別と思われるが、そうした判断はいささか早急なようである。敵選手に少しでも明らかな特徴があれば、それが黒い肌、赤い毛、短い足、大きな鼻であろうと、何でも攻撃の対象にするのがふつうで、モンキー・コールも人種的偏見というより、むしろ対敵偏見である。黒人選手も、この点は十分承知していて、試合にともなう危険の一つとしか考えていない。

---

イングランドでは、今でも人種差別行為がスタジアムで起こり、大きな問題になることがある。ところが、1981年に出版された書籍では、世界的に著名な動物学者が、問題視とは全く逆に肯定的に差別行為を解説していたのだ。今とは、英国社会の常識が全く違っていたことの現れだろう。同年には黒人差別を発端にしたブリクストン暴動が発生している。イングランド代表で初めての黒人選手・ローリー・カニンガムがA代表でプレーしたのは1979年だった。

画像2

1981年のヒット曲を動画で聴いていただきたい。1978年にセックスピストルズが解散。パンクブームが去り、ニューウェーブの時代に移行していた頃だ。

英国経済は1980年代末から1990年代にかけて、「英国病」と呼ばれる不況や社会不安を徐々に克服していく。産業構造を転換。金融業をはじめとする高度サービス産業が中心となり復活。サッカーでは1992年にプレミア・リーグ創設。海外資本の参入。チケット価格の高騰・・・そして世界のサッカーの中心地となる現代に至っている。

「サッカー人間学」で描かれた「サッカー部族」も時代の変化に合わせて変身し、現代に至っている。

サポーターの常識が時代と共に変化する。

近年の日本でもJリーグクラブのサポーターは時代と共に変化してきている。特に東日本大震災は日本人の価値観を大きく転換させた。意見することが嫌われ、横並びが好まれる傾向が進んだ。「絆」の重要度が増した。逆に、価値観の違う行動や些細な間違いを匿名で刺すような行動が増加。サポーター団体も、先鋭的で新しいファンダム(熱心なファン・サポーターによる独自の世界観やカルチャー)を開拓していく役割よりも、大きな力と個人を結ぶ役割が好まれる傾向が強まった。

新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の常識は、また大きく転換する。過去の常識に囚われ過ぎると、サポーターは時代から取り残される。

「アフターコロナ」では、サポーターにも新しい時代が到来するだろう。



ありがとうございます。あなたのご支援に感謝申し上げます。