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ADIEU L'AMI

昼飯によく利用している職場近くの海鮮居酒屋。

弁当を買ってくるのだが、いつもの鉄火丼弁当を手に取ると、
器がかわっていた。

これまで丸い型だったのが四角になっている。
心なしかサイズが小さくなってる気がする。

同行した同僚が、金を払いながら殺気を放っていた。

二人、無言のまま職場の休憩室へ戻り、無言のまま開封にかかる。
腹がへっているのだ。
無駄口を叩いている暇はない。

プラスティックの透明な蓋を取って袋に入ったショウガとわさびと
醤油を取ると、これまでは、その下に飯の白いつぶつぶが肩寄せ
合っておしくらまんじゅう状態にあったのが、プラスティックの
弁当の底面が現れた。

(おおっ!これはいつの間にやら定着している某セブンイレブン
方式ではないか!)

と感動を覚えながら(もはや感情の湧き方がおかしくなっていた)、
思わず顔を上げると同僚の悲しそうな眼差しとぶつかった。

同僚は口を開きかけ何か言おうとしたが、すぐに顔を俯け黙ったまま
海鮮丼に取り掛かった。

見ると同僚の弁当の一角にも、底面が見えた。

いつもなら、“言いたい事があるんやったら早よ言えや”と言うところ
だが、私もそうした気力がなかった。

ただ黙って鉄火丼にとりかかった。
食べ終わるのに、3分もかからなかったように思う。
仏さんにあげるメシが頭に浮かんだ。

いつもなら、ここで食後のバカ話や仕事の愚痴が飛び出す二人だが、
今日は会話が全く無かった。

食事は会話を楽しむ場だと考えているフランス人は、一食に2時間
以上をかけるのが普通だという。

食べている間、言葉を発し続け、たまに沈黙の間があると“天使が通った”
とまじないのような事をいって、また会話を続けるのだそうだ。

3分だった。
その短い間に、何百人の天使が通ったかわからない。

そして食後に我々が交わした会話は二言だった。

同僚『寝るわ』
私 『あ、そう』

米粒たちが消えたあとの、弁当ケースの底面が瞼の裏に残っていた。

友達を失くしたみたいな気分だった。

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