刀剣乱舞

2023年7月に新橋演舞場にて上演の新作歌舞伎『刀剣乱舞』が
早々とシネマ歌舞伎として上映されました。

オンラインゲーム？育成シュミレーションゲーム？と、
ゲームの世界にはとんと疎うとい私なのですが、
この人気ゲームの世界観を歌舞伎として練り直したのが
当作ということです。

時節の流行りものを舞台に移し上演するのは、
昔からの習わしであります。
興味津々で観劇しましたが、
想像していたような奇を衒てらった作りではなくて、
歌舞伎本来の風情の濃いものだったことは
本当に嬉しい誤算でした。

主演の刀剣男子 三日月丸役の尾上松也おのえまつやさん
（公開当時39歳）は演出もなさっていて、
今まで苦労しながら培われてこられたお力で
その若いリーダーシップを十分に
発揮された作品となりました。
そして私の中では、尾上松也さんという役者を再発見できて、
今後の歌舞伎の楽しみも増えました。

押し

原作の『刀剣乱舞』人気の理由は、
そのゲーム性のためというより、
戦いに出陣させる刀剣男子たちへの
“押し”心ゆえのようです。

図らずも同様にこの歌舞伎作品で
私は数多あまたの“押し”をみつけてしまいました。

中村莟玉かんぎょくさん（公開当時28歳）、
刀剣男子の髭切と紅梅姫の二役でしたが、
この方の女形が何とも言えず愛らしい。

髭丸姿も凛々しいけれど、丸みのあるお顔に現れる、
慕わし気な笑顔に何とも言えないような愛らしさが漂う。
この方が年を経るごとにどのように変化していくのか、
とても気にかかります。

中村鷹之助さん（公開当時25歳）、
彼もまた、刀剣男子の同田貫正国どうだぬきまさかずと
松永久直の二役を演じます。

同田貫正国の役においては、
動きや声が明瞭で力強く、
ひときわ前に浮き出してくるような存在感。

松永久直の役では、内に秘めた大事を成すために、
一人心に決めてその若い命を義に捧げた青年で
ズンと心に重く残るようでした。

尾上右近さん、
彼の場合はすでに心に楽しみな役者さんでしたので、
言わずもがなです。

ケンケン

ケンケンこと、尾上右近さん（公開当時31歳）も二役で、
刀剣男子の小狐丸と
十三代将軍の足利義輝あしかがよしてるを演じています。

コロナの影響で芸能活動全体が沈滞していた頃、
仲間と一緒に『アート歌舞伎』という
映像で見せる革新的な歌舞伎を創作し、
それを歌舞伎史上初の有料配信サービスで
視聴可能にしました。

また、この方は清元節宗家の生まれでもあり、
好きな歌舞伎と清元の二刀流をこなしつつ、
その上様々なジャンルでも幅広く活躍中です。

平成や令和を生きる、
才気あふれる歌舞伎役者さんたちの
このような生き方や発信力は、
これからの歌舞伎界に大きな影響を
与えていくのではないでしょうか。

三日月丸

刀剣乱舞オンラインゲームは、
歴代の刀剣を男性に擬人化した“刀剣男子”を
育てながら戦いを進めていくというものだそうで、
1回の戦闘に出陣する男子は六振り
（６人を刀の数え方で表現している）となっています。

この人気ゲームの歌舞伎化に際して、
舞台としたのは室町時代後期“永禄の変”という設定。
本来十三代将軍 足利義輝が殺されてしまうという
歴史を改変するために送り込まれた
歴史修正主義者 ＝“時間遡行軍そこうぐん”を阻止するため、
この６人の刀剣男子たちが派遣されるという筋書きです。

そもそも、歴史を変えることにどんな利益があるのかとか、
殺されるべき人を殺させるという任務には道理はあっても、
心情的には抵抗があったりで、
この辺はあまり深く考えない方がいいのかなと思いました。
“時間遡行軍”や“刀剣男子”たちは
2205年から送り込まれているというSFなのですから。

大切なのは、足利義輝と
刀剣男子 三日月丸との関係性でしょう。
この三日月丸の最初の持ち主が
足利義輝であったという因縁が
この筋書きの重要なポイントです。

義輝は出会った当初から、三日月丸に深い縁を感じて、
自分に仕えてほしいと熱望します。

三日月丸からすれば
『あなたが殺される歴史を守るため
にこの時代にやってきたのです』とも言えず、
もとは義輝の愛刀であった身であるゆえ、
忠義と使命の板挟みになって心の内で苦悩します。

尾上松也さんの無機質な表情は、
刀剣が人の形となって顕現けんげんされた
付喪神つくもがみゆえでしょう。
ですが、その表情の中に、史実を理解していても、
義のつながりの温情は断ちがたく・・・というような
人間味ある悲しみや惑いが現れて、
ストーリーの先行きにハラハラさせられました。

松永弾正

未来からやってきた“時間遡行軍”のターゲットは、
義輝暗殺の首謀者とされている松永弾正まつながだんじょう。
彼を殺せば、義輝は死なずに
歴史が塗り替えられるという企てです。

歴史上では悪者の代表のように
言われている方ですが、
このお話では全く良い人として描かれています。

弾正は人間国宝のベテラン、
中村梅玉さん（公開当時77歳）が演じています。
松永弾正の息子 久直は、
歴史を変えてはならじと命をかけて父を説得し、
それを受けて弾正も忠義を捨てて、
歴史上悪者になるという汚名も覚悟の上、
義輝殺害を決断します。

未来からの使者に対して疑いもせずに、
こんな大事をなすなんて、
素直に理解が良すぎます、皆さん。

足利義輝

菊幢丸から元服し、
十三代将軍となった義輝でしたが、
ここに異界の翁おきなと媼おうなが登場します。

この二人は“時間遡行軍”と結託し、
呪術で義輝の心を乗っ取り、
彼を通じてこの日本をわがものにしようと企んでいます。

これもいきなりトリッキーな登場人物でびっくりでしたが、
彼らに操られた義輝はやがて暴君となり、
この二人の言うことしか聞かなくなっていきます。

しかし、皮肉なことに翁と媼の出現がなければ、
弾正の義輝殺害への決断への流れは
なかったことになるのですから、
歴史はそれ自体が強靭な生き物のように
変革を許さない様になっているのではないでしょうか。

結局は異界の翁と媼は“時間遡行軍”もろとも、
刀剣男子たちに退治されてしまいます。

ラスト、岩山の上に追い詰められている義輝と
そこで対峙する三日月丸。

魔物からの呪縛が解けた義輝ではありましたが、
今は唯一心を許せる三日月丸と
刃を交わさなければならない。

ここでの二人の戦いが、壮絶ながらも切なく、
言葉で言い尽くせない
二人の心のやり取りが表現されていて
一番好きな場面となりました。

義輝は、自らの運命を悟って、
三日月丸に打たれて岩山から落ちていきます。
ここは背面から後方下に仰向け様に倒れ
とびこむように落ちていく“背ギバ”といわれる
見せ場となっています。
右近さん見事に落ちていきました。

音楽劇

新歌舞伎らしく、音楽にも特性があって、
二十五絃箏を用いてのテーマソングが
耳に心地よく残りますし、
劇中長須与佳さんという女性の
尺八や薩摩琵琶を演奏する場面も印象的でした。

さらに良かったのが新作に対して従来の浄瑠璃、義太夫節をも
作り上げているということです。

三味線を伴奏に、太夫が語る
詞章と旋律によって物語を進めていくというもの。
これがあったから、歌舞伎の色合い濃い作品に
なったのだと思います。
そして改めて歌舞伎は音楽劇なのだなあと認識させられました。

それから、刀剣乱舞の題字の書が美しくてお気に入りです。

パンフレットでも舞台でもこの字体が効果的に使われています。

さて、刀剣男子 膝丸役の上村吉太郎さん（公開当時22歳）も
そうですが、一般の家から部屋子となって
その頭角を現す役者さんたちも
たくさん出演しているのも特徴的なこの作品。
そんな彼らにもエールを送りたい。
総じて、歌舞伎の未来を明るく照らす
作品だったように思います。