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自分に種をまく

学びたいことがあるから勉強会をしたり、
話し合いたいことがあるからミーティングを開いたり、
新しい出会いがほしいからワークショップに参加したり、
関心のあるテーマだから映画を見に行ったり、
自分を探してみたいから旅に出たり。

そうやって何かをすると、それでどうだったの、と問われます。

たとえば、何かの会に参加すると最後のほうに始まる振り返りとか、
今日はなにを得ましたかというような質問が書いてあるアンケートに、
いつもなんだか困ってしまいます。

どうしてもすぐには、ほんの少しの感想も出てこないのです。

ぺらぺら話せたり、すらすら書けている人を見ると、
自分は、自分の中に落とし込むのにとても時間のかかる人なのだと思います。

なにか自分がしたことから直接すぐに得ていることって、
もしあったとしてもほんの一部のような気がする。

そこから何かが生まれるかもしれないし、
あるいは生まれないかもしれないくらいのギリギリに位置している。

……そんな感じ。

なぜ、そんなよく分からないことをしているのか。
それは、自分に種をまいているような感覚があるからです。

もう20数年も生きて、学校もひと通り行ったし、社会人にもなったのに、
自分がこれからやっていきたい「これだ」と思うことが見つかっていない、
早く見つけないと、どうしよう、と不安と焦りで悩んでいたときがありました。

まだ「これだ」と思うことは見つかっていないけれど、
「20代のうちはたくさん点をつくっていく。それが30代でつながって線ができてくる。」
そんな言葉をもらって元気になりました。
(ほぼ同時期に何人か別の方に言っていただいたのでびっくり!)

点をつくろうとすら思わなくてもいいのかもしれません。

点になるかもしれない種をたくさんまいていく。
芽が出たらうれしいし、成長してきたらもっとうれしい。
いつか花が咲けばお祝いです。

でも、芽が出ないところがあってもいい。
出たところを大切に、大切に育てていけばいいから。

芽がひとつも出ないなんてことはない。

もしかしたら気づいていないかもしれないけれど、
私たちはもうすでに、花が咲くはずの種を持っていると思います。

なにかをするとき、自分に「種をまく」という思いでする。

そうしたら未来にもわくわくして、
毎日ちょうどよく頑張って生きていける気がしませんか?

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