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疲れた人間のための、頭と心の調整剤ーミランダ・ジュライの短編

疲れたときは、まず長い文章を読まなくなるので、短編を読みます。内容はほどよく現実から離れられるものがいい。サラリーマン小説なんてもってのほか、時事系や、学生ものも余計な記憶や思考を喚起するのでやめておく。となると…疲れのレベルがもっとも高い時、わたしがいつもたどり着くのはミランダ・ジュライの「いちばんここに似合う人」です。

https://www.shinchosha.co.jp/sp/book/590085/

ミランダ・ジュライの小説では、登場人物が日常的にカウンセリングのセッションに通っています。小説に出てくるカウンセラーのアドバイスは、的を射ているような、いないような、であるが、ほどよい距離感から発せられる言葉を心に貯めながら、登場人物は、目の前の現実に向き合ったり、逃げたり、予想外の空想に飛んだりして、前に進む。

その歩みはマイペース、スローペース。どちらかというと、ひとりの人間のさまざまな側面のなかで、勢いやスピードがあんまりないサイドの物語。人生の余白。
ああ、こういう時間があってもいいんだった。

加えて印象に残るのは感覚的な筆致。視線を行ったり来たりさせる、ふと空を見る、冷蔵庫のとびらに頬をくっつける。 忙しいときは絶対に脳内処理をはしょられるような細かな行動とそれにともなって沸き起こる感覚がこれでもかと書き込まれている。
ああ、わたし普段、こういう動作もするし、こういうことも感じるんだった。

わりと性的な表現も出てきますが、書きぶりのリアルさはありながらどこか他人事で、自分という人間をちょっと遠くから眺めてるみたい。

感覚的な筆致と「どこか他人事」なメタな視線が合わさって、読み終えた頃には頭と感情のバランスが整っています。目的を「整える」ことに据えてしまうと、啓発本とか思考の整理術みたいな本を読んでしまいそうですが、人間、意外と直接的じゃないところに糸口があったりするものなんですね。

そういう「狙った的に当てる」実利的なものの考え方もさりげなく正して、ほどよい回り道やムダを許容する余裕をつくってくれる、わたしの静かな味方です。

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