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小説・うちの犬のきもち(6)・写真とは

ピンポーン。

ワンワンワォーン、ワンワォーン。

居間のインターフォンの音が鳴ると、ぼくは、自分で言うのもなんだけど、大きな美声を出せる。人間だったら美しいメゾソプラノかな。気持ちのよく通る響く声。

なのに、たいていは、おばあちゃんに無視されるか、ずいぶん低い声で「しーちゃん、静かに」とか言われるのだ。

今みたいに午前中の少し早めのピンポーンは、おとなりの田中さんか、その日の朝の散歩中に会った誰かだ。おとなりの田中さんは、本を貸してくれたり、うちの庭に田中さんちの木から葉が落ちたからちょっと掃かせて、と言ってやってくる。散歩中に会う元保護犬のゴン君のおじいちゃんは家庭菜園をやっていて、うちのおばあちゃんに会うなり、里芋食うか? と聞く。おばあちゃんが、「あ、ええ、さといも、ですか。ええ、はい、好きです」と戸惑いながら答えると、「じゃあ後で持っていくわ」と言って、歩けば十分くらいの距離を軽トラに乗ってやってくる。柴犬とチワワを飼っている山田さんは、「おはよう、りんご好き?」と聞く。おばあちゃんが、「おはようございます。ええ、りんごすきですよ」と笑顔で答えると、「良かった、後で持っていくね」と言って、いただきもののたくさんのりんごをお裾分けしてくれる。

今のは、おとなりの田中さんで、現像した写真を持って来てくれた。

田中さんは大きなカメラを持っていて、散歩の行き帰りにばったり会うと、ぼくのことをその大きなカメラで撮影する。おばあちゃんやママンにしてみれば、田中さんはプロみたいなカメラマンで、しーちゃんの写真を撮ってくれた、とありがたそうに言うけれど、ぼくにしてみれば、勝手に撮られて、あまり良い気はしない。

ママンも、しばしばスマホをぼくに向ける。ぼくにとっては、大きなカメラも、スマホも、機械を持って接近してくるヒトビトでしかない。よくあんな視界が悪くなるものを持って不安定な姿勢で近づいてくるものだと心配してしまう。ぼくは、あぶないからやめなよ、と言いながらママンに近づくけれど、何を勘違いするのか、前かがみのママンは目がハートになる。

ーースチャチャチャチャ。

前かがみのママンが静止して、人差し指をスマホの下の方に当てている。

「むむむ」
姿勢を正したママンは真剣な顔で今撮った写真を見直す。
「むむむー、良い写真だから、おばあちゃんとパパンにも送るね」

「ねねね、今LINEしたからさ」台所に置いてあったおばあちゃんのタブレットを取ってきて、ソファーのおばあちゃんの隣に座り、一緒にタブレットをのぞき込む。
「やだ、かわいい」おばあちゃんはメガネをちょっとずらし、目を細めて難しい顔を作る。
「かわいいねー」ママンはおばあちゃんの隣でうんうん頷く。
「しーちゃん、なんてことでしょう」おばあちゃんは困っているようすだ。
「しーちゃん、かわいいね!」

それからママンは小走りでパパンの机のところに行き、パソコンをのぞき込み「LINE開いて」とお願いする。パパンは作業を中断して、パソコンを操作する。

「かわいいねー」大きな画面に映し出された写真を見て、ママンは勢いよく言う。
「おりこうちゃんだね」パパンも眉毛が下がる。

みんながそういうものに夢中になっていると、ぼくは良い気持ちはしない。あくびをして、前肢を揃えて伸びをして目でママンの動きを追う。
 
「しーちゃん」

パパンが席から背を伸ばし、やさしい声でぼくを呼ぶ。パパンの声に、ぼくの気持ちを分かっていることと、あいじょうがあることを、ぼくは知る。

でも、すぐには喜ばない。

しぶしぶ、という気分をうんと表現しながら、パパンとママンのところへ行く。

呼ばれたから来ましたけど?

パパンはにっこりして、ぼくを撫でてくれる。
「実物が一番かわいいね」
「そりゃもちろん」ママンが両手を伸ばしてぼくを抱き上げ、ふたりの間に座らせる。
「本物のしーちゃんが一番かわいいねえ」とぼくの顔を両手で挟んで、頭にちゅーっとする。

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