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小説・うちの犬のきもち(5)ぜったいの決意

ぺっ、と吐き出した。
おやつのわんちゅーるに包まれていたのは、小さく刻まれた、すっごくマズい薬だった。
食べるもんか、ぜったい食べないぞ。ぼくは誓った。
「たべなさい」おばあちゃんは無理矢理ぼくの口に薬を入れてようとした。
ぼくはぎゅっと口を閉じた。「うー」と低い声を出した。力を集めて噛もうとしたらおばあちゃんは手を引っ込めた。おおきなため息をついて、ぼくの首のあたりを撫でた。両手でなでた。それからもうひとつ大きなため息。今度はとっても悲しげ。
悲しいのはぼくの方だ。
病院でおおきな手術をさせられた。パパンとママンに病院に置いていかれてから、怖くて悲しくてパニックだった。二度とパパンやママンに会えないのかと思ったくらいだ。点滴というやつをされて急に眠くなったと思ったら、目がさめて、でもいつもと違う体勢で、いつもと違う風景で、ああ、病院だと思い出した。起き上がろうとしたら、身体はすごくヘンで、熱いし、痛いし、思うように動けない。

お医者さんに、順調ですよー、と言われて退院しても、パパンなんてぼくを見ていると涙ぐんでしまう。
「しーちゃん、痛いよね、がんばってえらいね。つらいよね、えらいね。大丈夫だよ。お薬のんだら、痛いのなくなるよ」半分泣きながら言う。そして、ママンにラインをする。
ーーヒュッ。
ーーピロンッ。
ママンからすぐに返事がくる。仕事中のはずだけれど。
パパンが急いで立ち上がっておばあちゃんにスマホを見せる。おばあちゃんは台所に行ってひとつ戸棚を空ける。
ーーキゥ、ポコン。
缶詰を空けた音だ。
ぼくはちょっと期待する。
ママンがもしものときに買っておいた缶詰にちがいない。音で分かる。シーチキンの缶詰を空けるときとは違う音だ。
パパンの説明によれば、ぼくが入院するときにママンがこういうのいるかも、と買っておいたものだ。これ、小さいときにしーちゃん食べてたから。しーちゃんに限って無いとは思うんだけどさ、万一食欲無くなったらこれあげよう、って。それはすごっく美味しいやつだ。ぼくがブリーダーさんのところからウチに来たときに、環境が変わって弱るかもしれないから、ともらったのだった。とっても美味しかった。ちょっとよだれがでそうになる。

「まあ!」
「おお!」
ぼくは小さく分けられた缶詰の中身を食べた。

「おりこうちゃん!」パパンはすごい勢いで撫でてくれる。
「えらいわね・・・」こんどはおばあちゃんが涙声になった。小さいかたまりをもうちょっとくれた。美味しい。もうちょっと。とってもほめられた。

パパンがママンに電話している。感激している。

「缶詰めで包んだら食べてくれたよ、お薬!」

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