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小説・うちの犬のきもち(10)・生きていく上でのおおきな問題

今日は降らない予報だとママンが言うけれど、空気はずいぶんしっとりしている。

「洗濯もの、どうしようかな」

ママンはぼくの後ろでぶつぶつ言っている。朝のお散歩に出る前に洗濯機をスタートさせ、帰ったら干す予定なのだ。

「外に干すべきか、室内に干すべきか・・・外か内か、それが問題だ、うーむ」

ママンにとってのおおきな問題みたいだ。

おおきな問題、っていうと、おおきな使命を背負った主人公みたいだ。解決しなければならない難しいこととか、うまく対処しなければならない重要なことを、解決するママンはヒーローであり救世主なのだろうか? みんなにとってのヒーローや救世主にはだれもがなれるワケじゃないけれど、生きていればだれにでも、大なり小なり、問題や課題があるのだろうと、ぼくは思う。みんなのヒーローではなく自分のヒーロー。

たとえば、ぼくにだって、生きていく上で重要なことはたくさんある。ごはんと、お昼寝、自宅警備、お散歩・・・。そのどれにもぼくは真剣だ。

今のぼくにとっておおきな問題は、この散歩中に、どれだけたくさんの匂いを嗅いで、そこにあるメッセージを読み取るかーーということにつきる。重要な課題に取り組んでいるのだ。

くんくん・・・

これは、ハル君・・・ついさっき通り過ぎたばかりだ。この匂いから読み取れるメッセージは

「はあー。恥の多い人生でした。はあー。犬失格」

ハル君は、とっても賢くて何でも知っている。でも、いつもため息ばかりなんだよな。

ぼくもここに返信を残す。

「また遊びに行っていい?」

くんくん・・・

これは・・・アオ君。ぼくがちょっと苦手なアオ君の匂いにはこう書いてあるんだ。

「ボク、いちばんカワイイですよね。ねえねえ、ボクです。」

明るくて人なつっこいアオ君。
今日もお元気そうでなによりだよね・・・。
さあ、つぎに行こう。

くんくん・・・・・・!

こ、これは、コッちゃんの匂い。

「また会いたいわ」っていうメッセージじゃないかな。え、ぼくに!?

かわいいなあ。いちばんかわいい。ママンがリードを引っ張るけど、ぼくはもう少しコッちゃんの匂いを嗅ぎたい。そして、ぼくもメッセージを残す。

「コッちゃんがいちばんカワイイです。会いたいです。会えるのを楽しみにしています!」

ああ、なごりおしい。
ママン、もう一度こっちに行こうよ。
しーちゃん、もう行くよ。
いやだ。
って抗議したら、抱っこされてコッちゃんの匂いがしないところまでワープさせられた。

くんくん・・・

これは、山田さんちの柴犬さんと、その後ろにチワワさん。

柴犬さんは、いつもどおりおっとりしていて、散歩を楽しんでいるようす。「おさんぽたのしいなぁ、今日はゆっくり長くお散歩できるといいな」
チワワさんは、いつもどおり怒っている。「あたしもう帰りたい!」
急にチワワさんの匂いがしなくなった。
かわりに、ソラ先輩の匂いがしてきたから、たぶん、チワワさんがソラ先輩にものすごく怒って、キャンキャンキャンキャンって大きな声でどなって、くるくる回って、いつものように山田さんに片手でひょいと抱えられたのだろう。チワワさんは、ソラ先輩にも、ぼくにも、たぶん誰にでも、とっても厳しい。いつも怒る。

おばあちゃんが言うには、
「あのチワワちゃんはね、わたしのことが好きなのよ。しーちゃんがいないときは、きゅーん、きゅーん、だっこしてー、ってわたしのところにやってくるもの。しーちゃんに嫉妬して怒っているんじゃないかしら」

そうなのかな?

ソラ先輩は、とても真面目な優等生だ。

いつでもりりしい眉毛で、キリっとしている。家にいるときは、熱心に、自宅の窓の外を観察している。
散歩中にチワワさんに吠えられても、飼い主さんに言われてじっと伏せをして耐えているけれど、自宅にいるときは、違う。チワワさんが自分の家の前を通りかかると、やめたまえ、と言う。
ワンワンワンワン!
でも、飼い主のお父さんとかお母さんに、
こーら、ソラ、伏せ、って低い声で言われると、ぴっちり窓の向こうで伏せをする。

ソラ先輩は、お父さんとお母さんを尊敬していてとってもよく躾けられているのだそうだ、ってパパンが言っていた。最初に合ったとき、しーちゃんより一歳年上なのね、先輩ね、っておばあちゃんが挨拶したから、うちではソラ先輩と呼んでいる。

ソラ先輩のメッセージはやっぱりとてもきっちりしていた。
「季節によって違うが、春は、月曜から土曜は朝の散歩は七時から四十分、日曜は八時から一時間半。ボール投げは三十分。おやつは歯磨きガム、ゆでたささみ十グラム。やはり健康のためには適度な運動と食事がかかせない」

「ぼくもそう思います!」

と返信して、そう思うかな・・・と考える。ぼくは、雨の日はそんなに散歩には行きたくないし、行きたいときはたくさん行きたいけど、おやつは、欲しいと言ったときに、もっとたくさん欲しいな。

・・・・・・ぼくっていい加減かも。

「よし決めた。今日は最初は外に干して、雨が降ってきたら中に移動する」
ママンもあまりパッとしない解決をして、今朝のお散歩は終わった。

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