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EdTechスタートアップを生み出す都市エスポーのエコシステム | フィンランドEdTech#2

この記事は株式会社BEILリサーチブログにて 2020/2/28 に公開した記事を移行したものです

フィンランドの首都ヘルシンキ(Helsinki)から電車で10分ほど西に位置する、フィンランド人口第二位の都市エスポー(Espoo)市。市の名前をご存知の方は少ないかもしれませんが、同市にあるアールト(Aalto)大学の名をご存知の方はいらっしゃるかもしれません。

実はエスポー市はここ数年間、行政がEdTechが生み出されるエコシステムを整備してきたことで注目を集めてきています。今回はエスポー市でEdTechスタートアップが生み出されるようになった背景と、現在同市で行われている取り組みについてご紹介します。

今回扱うトピック

・エスポーってどんな街?
・エスポーがEdTech Startupの街になるまで
・エスポー市を成功に導いた制度
・エスポー市初のEdTechサービス
・エスポー型スタートアップエコシステムの展開

エスポーってどんな街?

今回紹介するのはエスポー市。フィンランドの首都ヘルシンキの西隣に位置し、人口は27.2万人(東京都目黒区くらい)の小さな都市です。しかし、エスポー市は2018に世界一のIntelligent City(スマートシティ)として選出されたほど、世界中から大きな注目が集まっています。この章では、そんなエスポーの3つの特徴をご紹介します。

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 ① Greater Helsinki: 強力なスタートアップエコシステム

首都ヘルシンキからメトロで10分というアクセスの良さから、エスポーはヘルシンキと人の移動や物流などの面で密接に結びついています。そのため、ヘルシンキと、エスポーを含む周辺地域を合わせた「Greater Helsinki(大ヘルシンキ都市圏)」と呼ばれる経済圏が形成されています。エスポーはこの経済圏の主要都市の一つとして、2018年には世界45都市のスタートアップエコシステムを対象にしたランキングにおいて、Local Connectedness(地域連携力)の分野で1位の評価を受けています。教育分野における地域連携力の例としては、KYKY(後述)という官民連携モデルを活用し、市を挙げてEdTechソリューションのインキュベーションが行われています。

② ICTを活用したスマートシティー

エスポー市はデジタルソリューションに力を入れてきました。2018年には世界一のIntelligent City(スマートシティ)として、Intelligent Community Forumに選出されています。

エスポー市の住民には充実したテクノロジーへのアクセスが提供されています。例えば、フィンランド国民のブロードバンドの使用率は世界で二番目。公共サービスの殆どがオンライン化・ペーパーレス化されています。

また、教育現場についてもICT化が進んでいます。エスポー市独自の取組として、学校施設自体やカリキュラムをデジタル化によってオンライン上で管理し、高等学校と大学で共有する取組、”School as a service”を開始しています。これらの市民向けのサービスは、“Make with Espoo”というスローガンのもと、全てのステークホルダーが声を上げて開発に参加できるよう、制度設計の整備が進められています。

③ 若年人口増加に伴う教育サービスへのニーズの高まり

エスポー市はこの50年ほどで人口が10倍にも増えており、今後20年間でさらに24%の人口増加が見込まれています。中でも特に増えているのが若年人口です。エスポー市平均年齢はフィンランドの主要都市で最年少、市民の5人に1人が15歳以下です。この若年人口の増加に伴い、学校などの若齢向けのサービスの拡充や刷新が求められており、上述のSchool as a serviceを始め、質の高い教育を確保することへの注目が集まっているのです。

ただ、この若年層の増加は、出生率が低下しているフィンランドにおいて、移民や難民の受け入れによる影響も大きいというのが現状です。外国からの若年層の流入は、サービスの英語化の促進など、国際化に繋がっている面もありますが、一方で、教育現場においては、移民や難民の言語習得、さらに国際化に向けた英語教育は大きな課題になっています。

エスポーがEdTech Startup都市になるまで

エスポー市がスタートアップエコシステムの構築に力を入れるようになった契機は、1990年代のノキアの繁栄まで遡ります。

1990年代後半から2000年代には、エスポー市に本拠地を構えていたノキア社が世界一の携帯製造会社として多くのIT機器を開発し、地元の雇用を創出していました。

しかし、2000年代後半からのiPhoneやAndroidの台頭により経営状態が悪化し、2011年にノキアは大量のリストラを迫られます。その退職者向けに「Nokia Bridge」という退職者向けのプログラムが設けられました。

この「Nokia Bridge」は退職者を対象にした転職支援や技術講習に加えて、起業した元従業員には最大で2万5千ユーロを融資するという仕組みになっていました。この制度をきっかけに、プログラムが提供された2年間だけで400のスタートアップが生まれ、その文化が根付いたことで現在では1,000社以上のスタートアップが生まれたとされています。

有名な例としてはAngry Birdを生み出したRovio、Clash of Clansを生み出したSupercellなどモバイルゲーム企業が目立ちます。

時を同じくして、政府や国内企業、個人からの寄付を基盤とし、イノベーションの拠点として機能するアールト大学が誕生しました。アールト大学を拠点に、世界的なスタートアップのコミュニティイベントのSlushをはじめ、数々のコワーキングスペースやインキュベーション施設が生まれてきました。

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エスポー市はこれらのスタートアップを支援する動きを整理し、“Espoo Innovation Garden”という構想を打ち立てました。地域全体がハブとなり、共同開発やコラボレーションを促進しようとする取り組みです。

市の行政は、上記の施設の運営や支援に関わると共に、各施設やコミュニティなどが直接相互に結びつく環境を作り上げました。

その結果、スタートアップ企業が求めている支援を地域全体で柔軟に提供できるようになったのです。中心エリアであるKeilaniemi-Otaniemi-Tapiolaは、上記の施設に加え、アールト大学やVTT国立技術研究所、多くの大企業のオフィスなどが集まっています。

エスポー市を成功に導いた制度

”Nokia Bridge”プログラムや、アールト大学の創設により、数多くのスタートアップが生み出されるようになったエスポー市。その現在の発展に欠かせない役割を果たした、 「6Aika」と「KYKYモデル」という2つの制度があります。続いては、この2つの制度それぞれについて解説します。

6Aika : 主要都市を技術の実験場に

これまで述べきたエスポー市内での取り組みとは別に、6Aikaというプロジェクトが重要な役割を果たしてきました。

6Aikaとは、ヘルシンキやエスポー市をはじめとするフィンランドの主要6都市を舞台に2014年から始まったプロジェクトです。都市化における課題を解決するサービスを共に開発していくことを目指し、イノベーションと実験的試みを進めるために、“Co-operation”を重要なテーマとして掲げています。具体的には、各主要都市、企業、市民、研究機関が協働してサービスを開発する機会を整備するための取り組みです。

サービス開発の大枠となる各プロジェクトは、6都市中最低2都市以上の管理者が共同で主導します。また、開発されたサービスも全6都市で共有できるように、成果物だけでなく、開発過程でのフィードバックや経験内容を公開しています。、都市間で開発過程をオープンにするようなこうした仕組みは世界的にも珍しい取組と言えるでしょう。さらに、開発段階では、様々なアクターが、学校や病院といった人々の生活の場に入り込み、実証実験を通して製品やサービスを生み出します。

EUもこの推進に賛同しており、6Aikaは、European Regional Development Fund(ERDF),European Social Fund(ESF)などEUからの金銭的支援を受けています。

KYKYモデル: EdTechを地域全体で育てる

エスポー市では、6Aikaプロジェクトの下で、上述のような現場に開発者が参入する方式を用いて官民が連携し、エスポー市の学校を実験場としてサービス開発を支援する仕組みが構築されてきました。これは「KYKYモデル」と呼ばれています。

KYKY(Koulujen and Yritysten KiihdytettyYhteiskehittäminen / Schools and Entrepreneurs Accelerated Co-creation)はフィンランド語で、学校と起業家の共同開発のアクセラレーションという意味です。

その大きな特徴は、学校や企業がオフラインにとどまらずオンラインでもやり取りを行い、教室へのサービス導入プランを共同で計画、運営する点です。

また、学校側のコミットメントが大きく求められることも特徴的です。KYKYモデルに参加した自治体では、学校がサービスの開発に関わることは教育活動の一部と見なされ、教員にはサービス開発に関与することが義務付けられます。

教員にとっては負担が増えることになりますが、サービス開発に現場の教員のニーズを直接取り入れ、企業によって教員のための高品質なサービスが生み出されるように仕組みがデザインされています。これは、上に示したような、デジタル技術の社会実装と教育への注力というエスポーの特徴がうまく結びついたからこそ実現できたモデルでしょう。

KYKYモデルに参加する企業と学校それぞれの視点から、具体的な開発のフローをご紹介します。

まず、EdTech企業側のフローは以下のようになっています。

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1. 申請:
開発しているサービスやアイデアなどを申請

2. ニーズの把握:
開発してほしいニーズを学校側から聞き取り(或いは試作品を導入してくれる学校を見つける)

3. 共同計画:
学校への導入計画を教師と共に練る

4. 導入:
導入開始、導入中は開発を進めるために企業は定期的に学校を訪問し、ヒアリング

5. 報告:
最終報告で、企業側の報告と教師による振返りがエスポー市の教育課に共有される
プラットフォーム上でのステータスが更新され、次のプランに向けて準備を開始

次に、学校側のフローは以下の通りです。

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1. ニーズの把握:
教師は校長と共にニーズについて議論する

2. パートナー企業探し:
KYKYプラットフォーム上に協力可能なパートナーがいるか探す

3. 共同計画:
学校への導入計画をパートナー企業と共に練る

4. 導入:
企業のオリエンテーションの元、教師はサービスの導入を進める

5. 報告:
最終報告で、企業側の報告と教師による振り返りがエスポー市の教育課に共有される。次のプランに向けて準備を開始

KYKYモデルのメリット

KYKYモデルによって、参加企業と学校教育側それぞれにメリットがあります。
企業にとってのメリットは、主に2点あります。

1つ目は、ブランディングの効果です。KYKYモデルには、フィンランド以外の国に拠点を置くEdTechサービスも参加することができます。資金調達やサービス展開の際には、世界的に評価が高いエスポー市の学校と共同開発したサービスという箔をつけることができるでしょう。

2つ目に、開発段階で、多くの先生や生徒からのフィードバックを受け、ニーズを明らかにすることができる点が挙げられます。エスポー市が全面的に協力するため、実証実験の対象となり得る生徒数は3万人、先生も3千人と多く、サービス開発段階の企業にとってはかなり魅力的です。

学校教育側が得られるメリットもあります。例えば、共同開発や実証実験に参加する学校に通う生徒は、ユーザーとしてフィードバックを開発側に返す代わりに、先進的な教育サービスにいち早く触れることができます。これは単なる経験にとどまらず、開発への正式な協力として履歴書に記載することが認められており、大学進学以降のキャリアにつなげることもできます。

KYKYモデルの展開

KYKYモデルはこれまで紹介してきたような長所が他の自治体や他国からも注目を集め、エスポーの外にも展開されています。

まず挙げられるのが、フィンランド国外のスタートアップへの参加容認です。ヘルシンキにある、XEduというEdTech専門のインキュベーション施設が開催するアクセラレーションプログラム([フィンランドEdTech#1](/blog/20191122)参照)に参加する企業であれば、フィンランド以外の国に拠点を置くスタートアップであってもKYKYモデルに参加することが認められています。

例えば、イタリア発のBetwyllという企業がKYKYモデルに参加し、語学学習のためのソーシャルリーディングのサービスを、フィンランド語と英語の両方で昨年二校に導入実験を行っています。生徒の満足度は高く、先生の発言よりもアプリを通じてのコメントの方が面白いという生徒の声が紹介されています。

また、他の国・自治体へも広がりを見せています。エスポーでの成功を元に、現在は小中高の学校だけでなくエスポー市の幼児教育段階にも、そして隣国スウェーデンの義務教育、幼児教育段階へと広がりを見せています。さらに今後フィンランドの主要都市であるTurku、Oulu、ヘルシンキ各市も導入を決めており、エスポー発の仕組みがフィンランド国内で広く展開されていくことが期待できます。

エスポー市発のEdTechサービス

エスポー市では、先述した6AikaやKYKYモデルを元に、開発段階から実証実験を通し、ユーザーの声を反映した様々なEdTechサービスが生み出されています。

前回記事でも紹介したMightifierもその一つです。Mightifierは、KYKYモデルの元で生み出された、性格や学習姿勢の管理・ピアレビューが可能なアプリです。

Mightifierは、エスポー市の80の学校に1年間試験的に導入されたことで、学校の先生の声や、生徒に関する情報を収集することに成功しました。その情報は、学校及び市の教育委員会にリアルタイムで共有されます。これによって、市の教育委員会はリアルタイムのデータに基づいた教育政策を展開できるようになりました。

このように、KYKYモデルを用いたEdTechサービス開発は、学校や教育委員会にとってもメリットがあるものです。

また、EdTech企業であるMightifierにとっても利益がありました。1年間の試用期間で学校や市の行政にサービスの良さが伝わり、また現場のニーズへの最適化が進んだことで、試用期間終了後も多くの学校が継続してサービスを購入したそうです。現在、このサービスはフィンランドを飛び出し、アメリカ全土で導入されています。

エスポー型スタートアップエコシステムの展開

エスポー市はゲーミングとスマートシティ分野を軸に、地域全体のハブを形成する構想により、革新的なソリューションが生まれやすいエコシステムが形成されています。また、6Aikaプロジェクトのもとでオープンなサービス開発を進め、急速な都市化に伴うニーズを満たそうとしています。

特にEdTechサービスの共同開発に力を入れており、地域全体を巻き込んだKYKYモデルによって最先端のデジタル技術を活かしたサービスが日々開発されています。今後も、エンドユーザーである学生や教員のニーズを踏まえたサービスがエスポー市から誕生するのではないでしょうか。

一方、懸念点としては6Aikaの終了が挙げられます。このプロジェクトはEUなどが提供する資金によって運営されてきましたが、6Aikaは2020年での終了が決まっており、その後は資金源が問題になるでしょう。KYKYモデルを維持・推進していくため、新たな財源の確保が求められます。

新たな資金獲得のための方法として考えられるのが、エスポー発のEdTechスタートアップの成長支援を強化することです。現状ではエスポーの環境自体は高く評価されていますが、そこから実際に大きくスケールしたスタートアップはまだ生まれていません。これまでのスタートアップ創出段階に加えて成長段階の支援を強化し、国内外から広く注目を集められるような企業を増やすことができれば、投資家や海外企業からもエスポーにより多くの資金が集まってくるでしょう。

その上で、ヘルシンキとの協力は欠かせません。なぜなら、エスポーはサービス開発において環境が整備されていますが、スタートアップ自体の資金調達などにおいては首都でありヒト・モノ・カネが集まるヘルシンキの方が条件が揃っているからです。エスポーがヘルシンキとの連携を強め、Greater ヘルシンキエリア全体としてスタートアップ支援を進めていくことが、エスポー発のスタートアップの成長には不可欠だと考えられます。

今後エスポーからどのようなEdTechスタートアップが現れ、また成長していくのか、そしてエスポーのエコシステムはどのように進化してゆくのか、期待とともに今後も注目する価値は大いにありそうです。

参考

・KYKYモデルハンドブック
Greater Helsinkiに関して
StartupGenome Reports
Espooに関して
Espoo市HP
The Espoo Story
Innovative Espoo
What is Espoo Innvation Garden?
Startup Hotspotsに関して
Startup Hotspots HP
6Aika関連
What is 6Aika?
What has been completed?
Choose Espoo
KYKY living lab conceptに関して
https://openlivinglabdays.com/2019/06/19/scaling-public-private-co-creation/
https://www.espoo.fi/en-US/City_of_Espoo/Innovative_Espoo/Join_us_in_cocreating_learning_environme(169996)
Co-creating Betwyll


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