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新型コロナへのフィンランド教育の対応 | フィンランドEdTech #6

この記事は株式会社BEILリサーチブログにて 2020/7/10 に公開した記事を移行したものです

今回の記事では、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う、フィンランドの教育の変化について解説します。日本と同様、学校閉鎖を決めたフィンランドですが、学習機会の平等性の観点から5月には学校再開を決定しました。その背景にある政府・企業・学校の対応とそれぞれの意見についてご紹介します。

今回扱うトピック

・新型コロナのフィンランドへの影響
・政府:教育に関する新型コロナへの対応
・産業界:教育に関する新型コロナへの対応
・教育機関:教育に関する新型コロナへの対応
・まとめ

新型コロナのフィンランド社会への影響

まずこの章では、フィンランド社会全体に対する新型コロナウイルスの影響について簡単に解説します。

人口550万人のフィンランドでは、7月5日現在、これまで7248人の罹患者、328名の死者が観測されています。3月16日には全土に緊急事態宣言が発表され、日常生活に制限が課されることになりました。これに伴い5月初旬までは、在宅勤務が推奨され、レストラン、バー、映画館は閉鎖されていました。加えて18日には小中学校・大学施設の閉鎖が開始され、10名以上の集会の制限や高齢者・感染弱者が利用する施設訪問の制限が行われました。また国外からの人の流入を防ぐため国境閉鎖も行われ、3月14日には全ての国への渡航制限、3月19日にはフィンランド国民・在住者を除く旅客の入国制限が始まりました。

5月初旬になると、政府が感染拡大のための各種措置を緩和する姿勢を見せ、この状況に変化が現れました。5月14日から,保育施設や就学前教育施設、小中学校が再開されました。また6月1日からは飲食店や、美術館・図書館・水泳プールなど屋内公共施設の営業が再開されています。現在では集会に対する制限も10人規模から50人規模まで緩和されています。

6月15日には、緊急事態宣言が解除され、各種制限の多くが撤廃されました。一方で、飲食店の営業に関する規制や病院・介護施設への訪問制限は、一部緩和した上で継続されています。このように、現在フィンランドでは、緩和された制限の下の活動が行われています。

フィンランド政府の教育に関する新型コロナへの対応

次に、特に教育領域での政府対応についてご紹介します。

学校閉鎖の決定とその後の取り組み

フィンランド政府は3月16日に緊急事態宣言を発表すると、18日から学校・大学の施設の閉鎖を開始しました。続いて3月31日には、学校閉鎖の措置を延長する決定がなされました。学校の閉鎖期間にも生徒が学びを継続できるよう、政府により学校へ遠隔教育の方法指導や教材提供などの支援が行われました。ただし、子供たちは、上記のように娯楽施設や公共施設が閉鎖される中、自宅にこもらざるを得ない環境に置かれていたといえます。そのケアのため、両親の仕事が重要で休めない幼稚園児・小学1-3年生の子供に対しては、特例として園・学校へ通うことが許可されていました。また特別な支援が必要な子供に関しても、希望に応じて対面での授業を行うことができるように指示が出ていたようです。

学校再開にむけた取り組み

フィンランドには、子供達の学習機会の平等性を重んじる風潮が存在します。これを反映し、4月後半になると学校再開の方向で検討が始まりました。この再開は、主に2つの根拠に基づいています。まず1つ目は、国内、及び国外の事情を鑑みると、子供は新型コロナウイルスの主要な感染源としては考えづらく、学校再開を再開しても生徒・スタッフの双方にとって安全が脅かされないと考えられることがあります。この考えは、政府のプレスリリースの中でも述べられており、再開の根拠の一つになっていたことがわかります。

また2つ目に、これまでの制限の根拠となっていた緊急権限法の適用が失効し、これに基づく教育面での制限も失効することがあります。フィンランドの憲法は基礎教育を受ける権利を全国民に等しく認めており、対面授業以外の教育は公平な学びを保障できないのではないかという声がありました。今回のコロナウイルスの流行に対応するために緊急制限法が一時的に成立し、中央政府は特例的に遠隔教育を認めていましたが、その適用期間が終わると、再び遠隔教育は法律で認められない状態に戻ります。

その後政府は緊急権限法の適用を5月13日まで延長する決定をしましたが、この失効を受けて教育面では、4月30日に幼児教育、就学前保育、初等・中等教育で、5月6日には高等学校、職業訓練学校、高等教育機関などでも段階的に制限を解除しました。

続いて5月14日からは、幼児教育、就学前保育、初等・中等教育では、感染防止への細心の注意を払った上での対面授業が再開されました。こうして学校生活は再開されましたが、もし生徒・教員の中に新型コロナウイルスの陽性患者が認められた場合、陽性患者に接触した者は検査を受けるとともに2週間の出席停止措置にすると定められました。

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政府対応への評価

こうした政府の決定に対し、賛否両方の意見が出ています。それぞれ見ていきましょう。

賛成意見

教育の内容や生徒の精神面を理由に、賛成する意見もあります。世界約120ヵ国以上で子供の権利の支援を行うSave the Childrenは、フィンランド政府の対応を支持しています。4月にフィンランド国民3000人を対象にアンケートを実施し、27%が精神的に困窮しており、特に低収入家庭ではその割合が43%にものぼっていること、また、70%以上の教職員が、「生徒への教育内容がコロナ前より限定されている」と感じているとの調査結果を発表しています。

Save the Childrenは、学校再開により、教職員、スタッフは生徒により適切な学習サポートをできるとしていました。また、特別なサポートが必要な生徒についても、再開することでより良い教育環境を用意できるのではないかと述べています。

反対意見

フィンランドのほとんどの教師が所属し、教育機関との交渉を担当している教育労働組合(OAJ)は、「新しくガイドラインを定めたとしても、生徒が遵守する事が難しい」と述べ、教職員と生徒の健康を守る事が実質的に難しいことを理由に対面授業の再開に反対しています。反対表明は対面授業の再開が検討され始めた時から続き、学校再開が実施された5月18日においてもなお、再度学校閉鎖を検討するべきだとの姿勢を崩していません。

また、フィンランド最大の日刊紙HELSINGIN SANOMAT (通称The HS)は、学校現場からの厳しい指摘を取り上げています。ある学校の校長は、「遠隔教育は上手くいっており、対面教育を新しいシステムで行うなら、それに見合うだけの利点が保証されなければいけないでしょう。」と述べ、対面授業に戻す意味に疑問を呈しています。またYLE(フィンランド国営放送)の番組では、現役教員からの次のような意見が紹介されました。

「対面授業が再開されれば教師、スタッフ、生徒の全員がリスクにさらされることになってしまうでしょう。例えば、遠足などの特別行事で衛生上必要な安全を保つことはとても難しいと思います。自分も家で子供を世話しなければならないのに、ファーストラインワーカーとしてリスクを取ることに不安があります。」
「長い夏休みを前に、2週間だけ学校を再開する意味があるのか疑問です。」

加えて、小さい子供をもつ親からの「学校再開後も子供を休ませることはできるか」という問い合わせも紹介されました。

YLE(フィンランド国営放送)は、遠隔教育の新たな可能性についても述べています。遠隔地からの通学がある地域では、通学費用を地域の教育予算から支給しています。そのため、遠隔教育を推進することで、生徒への投資や通学時間の削減が実現できることから遠隔教育に可能性を見出している人々もいるようです。

産業界の教育に関する新型コロナへの対応

学校閉鎖により、子供たちの学ぶ機会が少なからず損なわれている現状に対し、民間企業が教師・生徒への支援を行う動きが始まっています。ここでは特に、個別企業の枠を超えた連帯の動きに着目します。フィンランド国内ではkoule.me、北欧全体ではTeach Millionsという企業間アライアンスが形成され、参加企業が様々なサービス提供を始めています。

フィンランド国内の企業アライアンス:koule.me

フィンランド国内のEdTech企業が集まって成立したKoule.meというネットワークがあります。実際に学校で使われているフィンランド発のEdTechサービスをまとめて紹介するプラットフォームを提供しています。これにより、教員は遠隔教育を実施するために必要な、従来の教え方を補完できるような新しい教育ツールを発見しやすくなっています。また、企業側にとっても、海外市場を開拓する新たなチャンスです。例えば今年1月にローンチしたばかりのClubhouseはkoule.meにより新たなマーケットを獲得し、現在では世界30ヵ国で導入され、8ヵ国でも現在交渉中とされています。

様々なサービスがリストアップされており、これまで、日本、ブラジル、パキスタン、カナダなど世界中から合計4万回以上の閲覧実績があります。

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koule.meに掲載されているサービスの中には、このパンデミックを受け、特別な期間限定サービスを提供しているものもあります。例えば、1-9年生(日本の小中学校に相当)向けにプログラミングやロボティクスの学習サービスを展開するCode School Finlandでは、期間限定でアカウントを無償で提供しています。また、語学学習用のロボット教材を提供するElias Robotも、遠隔授業のためにアプリを教師・生徒向けに無償提供し、加えて教材の活用方法を教員に伝えるオンラインワークショップを4ヵ国語(英語、フィンランド語、フランス語、ドイツ語)で開催しています。

この取り組みに対して、政府系のEdTech関連PR機関であるEducation Finlandは、「フィンランドのEdtechソリューションやコンテンツが、フィンランド国内に留まらず多くの学習の継続に役立っていることはとても喜ばしいことです。」とコメントを寄せています。

北欧全体の企業アライアンス:Teach Millions

また、フィンランド国内に限らず、北欧8ヵ国でのEdTechコミュニティ、「Teach Millions」も登場しています。これは北欧の企業が提供するEdTechサービスを100以上カバーする検索プラットフォームであり、参加企業はフィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク 、アイスランドとバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)から集まっています。各企業は自国のEdTechコミュニティを通じて参加しており、国ごとのEdTechコミュニティを結ぶ形で企業が集められています。プラットフォームに登録されているサービスは無償で提供されており、プラットフォーム全体で25ヵ国語という対応言語の豊富さが目立ちます。また、教育教材のサービスだけでなく、教育コンサルティングサービスも提供されています。学習段階ごと、言語ごとなど様々な検索オプションが実装されており、利用者の多様なニーズに対応する姿勢が伺えます。

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教育機関の教育に関する新型コロナへの対応

次に、3月の学校閉鎖から2ヶ月ぶりに再開した学校で、どのような対策が取られているかご紹介します。

ある中学校では、学年ごとに始業時間を15分ごとにずらし、密集を避ける対策をとっています。また、クラスによっては体育館など、普段の教室よりも大きな教室に移動する場合もあるようです。大きな教室に移動ができないクラスでは、クラスを2分割にし、生徒の間隔を2mずつ開けるなどの対策が取られています。全生徒が学校に到着した際には手を洗う事が義務付けられ、ドアやコンピューターにも触らないようにと指導されています。

1日あたり教師は1人しか出勤しないため、出勤した先生は各クラスに異なる科目の課題を配布します。もしその科目に関する質問があった場合、子供たちは各科目の担当教師にテキストメッセージを送ることになっています。

また、ある小学校では、通常8:15に始まる授業を、11時開始に変更しています。この小学校でも上記の例と同様に、ソーシャルディスタンスを保つため、普段より大きな教室で授業をします。またクラス間での子供達の交流を避けるため、休み時間もクラスに応じて変わります。しかし、誰もマスクをしていない様子が見受けられ、本当にリスク管理ができているのか疑問を呈する指摘もあるようです。

まとめ

今回の記事では、新型コロナウイルスによるフィンランドの社会・教育への影響と、政府・産業界・教育機関の対応についてご紹介してきました。最後に、フィンランドの対応における特徴を2点にまとめます。

まず1点目、政府・教育機関の対応で特徴的な点は、対面授業を再開したという所です。これはフィンランドが学習の平等性を重んじており、遠隔教育では平等な学習機会を提供できないと判断していたためです。学校再開に向け、政府はガイドラインを定め、衛生面に細心の注意を払うように求めました。現場の教育機関や教師からの反対の声も上がったものの、学校が再開すると、登校時間をずらす、大きな教室で授業を行うなど、感染防止対策を行ってきました。「感染リスクと向き合いながら、いかに平等な学習機会の提供を達成するのか」、「学校再開に向けての具体的な対策は何をすれば良いのか」という議論において、参考にすることができるでしょう。

また2点目に、産業界の対応で特徴的なのは、EdTech企業のアライアンスが迅速に結成された点です。もともと、Edtechのエコシステムが発達しており、企業間でコミュニケーションが取りやすい環境があったからこそ、短期間でアライアンスが結成されたといえます。その結果、多くの教育機関・子供達が必要なサービスを発見し、学校が閉鎖されている間でも遠隔教育・自主学習を行う環境が整ったと言えるでしょう。

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