【ウィズ・カタナ・スシ・アンド・ヒダル】#4

遠くで声が聞こえる。遠い遠い、遥か遠く。

「お前の010は確かに01101010101だが、それじゃあ01011メだ。そのためには……」

「スシ!!!」タケミツはフートンを蹴飛ばして跳ね起きた。「アイエッ!?」傍で看病していた女が驚き仰向けにひっくり返った。

タケミツはフートンに正座し、奥ゆかしくアイサツする。「ドーモ、はじめまして、ムトー・タケミツです。貴女様はどなた様ですか。アッシはいったい…?あとスシをもらえませんかい?」

女も恐る恐るアイサツを返す。「ド、ドーモ、ムトー=サン、シゲ・カオルです…貴方が街道に倒れていたので、お連れしたのです…スシはあちらに…」

カオルが指差す方向には重箱が二つ。うち一つは蓋が開けられ、中のスシが見えている。タケミツはイナヅマのように振り返った。カオルがまたひっくり返りそうになった。

マグ…いやタマゴだ。エンガワ、マグロ、アナゴ、ハマチ、エビ、ナットウ、アナゴ、イカ、マグロ、エビ、タマゴ、イカ、エンガワ、ハマチ、マグロ、イカ、ナットウ、タマゴ、エンガワ、ナットウ、アナゴ、エビ、カツオの叩き、炙りイカ、ウニ、カツオの叩き、炙りイカ、ウニ、カツオの叩き、炙りイカウニ、カツオ、炙りイカ、ウニ……。

電撃的に一つ目重箱を空にしたタケミツはすぐに次の重箱の蓋を取った。彼は健啖家なのだ。

「これは…?」しかし、さしもの健啖家の彼もその中身には困惑を隠せなかった。

重箱の中身は乳白色のヨーグルトめいたドロドロの塊。しかし、香りは魚介と酢飯のそれだ。蓋には箸ではなく匙が取り付けられている。

「これも…スシ…?」「ハイ、我々ワカヤマー・ヴィルの特産、ナレ・ズシです。普通のフナ・スシを、ネタやシャリが液状化するまで極度発酵させています。お口に合わなければ別に」「オカワリ」「アイエッ!?」彼は健啖家なのだ。……………………………

二日後、タケミツは、カオルの先導で山道を歩んでいた。体力はほぼ完全に回復している。非凡なニンジャ回復量が、完全食スシによってブーストされた形だ。

二人の目指す先は、スモトリ崩れのヨタモノ、鬼キヘジの住処だ。他国から流れてきた鬼キヘジはスモトリの腕力に物を言わせ、胡乱な博徒を呼び寄せたり、近隣の村人を脅して持ち物を奪ったり、無差別に張り手を食らわせるなど乱暴の限りを尽くしているそうだ。

以前、ユカノという美しい女ニンジャが懲らしめてくれたことがあり、暫し大人しくしていたが、また悪さを始めたらしい。

乱暴者鬼キヘジに灸を据えることを頼まれたタケミツは快諾、隣村イワデ・ヴィルとの境にあるという、その住処に向かっているのだ。

「此処か…」「ハイ」鬼キヘジの住処は意外にもしっかりとした門構えの家だった。かつては名主の屋敷だったのだろうか。門には見張りの楼台らしきものさえ見える。しかし何という悪臭だ。屋敷の屋根には十数匹のカラスが止まり、黒目がちな目でこちらを見ている。

タケミツは脇の茂みにアグラする人影に鋭い一瞥を加えた。カオルは気づいていない。

「センセイドーゾ!お、お願いします…」カオルはオドオドと半開きになった門を指差す。門の内側には割れたカワラや阿片煙管、マグロの生首、千切れた木人その他のガラクタが散乱し凄まじい有様だ。

「……カオル=サン、アンタが先に入んな…!」「エッ!?」カオルが驚き、タケミツの顔を振りあおぐ。タケミツは険しい表情で見つめ返す。

「エッ!?」「いいから早く入んなさい!イヤーッ!」「ンアー!?」半ば突き飛ばすようにしてカオルを門の中に押し込め、外から閂をかける!

「アイエエエ!開けて!開けて!コワイ!」内側から門を乱打するカオルに、タケミツは叫ぶ!「いや、中に鬼キヘジはいない!此処が一番安全だ!いいかい、アッシが戻ってくるまで絶対誰も中に入れんじゃないよ!」なおも打ち鳴らされる門を背後に、タケミツは走った。鬼キヘジの痕跡は住処の外、イワデ・ヴィルの方角!住処から漂う気配で最早明らかだ。鬼キヘジはニンジャだ!

タケミツは茂みの中でアグラする人影を再び一瞥する。派手な柄の着物を着ている。おそらく博徒だろう。首が、無い。

………………………………

鬼キヘジの痕跡を辿り、タケミツはイワデ・ヴィルの村内に歩を進めた。……まるでツキジだ。路上には捥がれた手足や首が散乱している。血が川のように流れ、空は無数のカラスが狂喜し飛び回る。常人ならば一目で発狂しかねぬ地獄の光景だ。地獄の中央で立ち尽くす、大柄な鬼の背中。

「ドーモ、はじめまして、鬼キヘジ=サン、ムトー・タケミツです」鬼キヘジがノロノロと振り向き、アイサツを返す。「ドーモ、はじめまして、ムトー=サン、オウガジェイラーです」振り返ったその顔は、邪悪なメンポに覆われていた。

【ウィズ・カタナ・スシ・アンド・ヒダル】#4終わり #5に続く





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