【ザ・セイクリッド・カジバパワー】

ゴーン……ゴーン……ゴーン……

鐘楼で鐘が鳴った。ノジミはIRC端末を開き、時刻を確認した。午前0時8分7秒。また見当違いの時間に鳴っている。二ヶ月に内蔵UNIXが狂って以来、ずっとこうなのだ。

セント・オヨネ市には技術者がいない、金がない、そもそも向上心がない。みんな面倒になってしまっているのだ。あるのは20年ほど前の市町村合併の際に押し付けられた悪趣味な市名と、市名の由来となった隠れキリシタン修道女オヨネが建てたとされる、大きな鐘楼付きの教会くらいだ。

その数少ない街のシンボルすらこのザマなのだ。他は推して知るべし。インフラ、ネット回線、娯楽、医療、教育、就職。何もかもダメ。ノジミの友達も、気の利いた者から順番に街を離れていった。後に残ったのはカンオケに片足を突っ込んだ年寄りと、年寄り以下のボンクラばかり。

ルビオだけが別だった。ルビオは黒の革ジャンとエメラルドのピアスが似合う、涼しいなイケメンで、彼と一緒ならば腐った農道も薔薇色のハイウエイに見えた。有り金を叩いて買ったオープンカーのハンドル操作をルビオが誤り、田圃に突っ込んで泥だらけになった時でさえも楽しくて仕方がなかった。

ルビオは、ノジミの贈り物を大事にしてくれた。一昨年の誕生日に贈ったブレスレットは特に気に入ってくれて、二人で会う時にはいつでもつけてくれた。

去年の夏、なぜルビオと教会に行く事になったのかは思い出せない。肝試しだったのか、ルビオが手に入れたZBRタバコを試すためだったのか、シンピテキな気分で前後するためか。

教会が火事になった理由はもっと分からない。大人たちが言うように、やはりタバコの火の不始末だったのだろうか。いや、タバコの火程度で、石造りの教会があそこまで燃えるだろうか。或いは突然ルビオの身体が発火したのだっただろうか。あの日の事を考えようとすると頭がぼぉっとしてしまう。

覚えているのは、視界一面が炎で真っ赤で、火の中からルビオが「逃げろ!逃げろ!」と叫んでいたことだけだ。

焼け跡からルビオの遺体は見つからなかった。それから今日で丁度一年。普段から訪れる者の少なかった教会は閉鎖された。礼拝堂の中で踊るオバケを見たという噂も、人を遠ざける一因となった。

ノジミは花束を片手に礼拝堂の門を開け、……花束を取り落とした。こちらに背を向け、俯いて誰かが……、否、ルビオが立っていた。

心臓が早鐘のように打つ。黒の革ジャン、手首のブレスレット、エメラルドのピアス。間違えるはずもない。「ル、ルビオ!」ノジミは叫び、駆け寄ろうとした。だが何故だろう。足がすくむ。鼓動がさらに早くなった。

「……アバッ……ノジミ……ノジミ……?」ルビオはゆっくりと振り返ろうとした。「アバッ!アババババーッ!」突如、その首から上が炎に包まれた!ナ、ナムアミダブツ!

「アッ、アイエエエエ!?」「アババババーッ!ノジミ!ノジミ!アバッ、助けアババババーッ!」奇怪な頭巾めいて炎に包まれた頭部を振りながら、ルビオが走り寄ろうとした。

「アイエエエエ!」彼女にできることは、走り寄ってくるルビオを失禁しながら見つめることだけだった。炎の頭巾の中にはかつて愛した男の顔が……、否、苦悶しながら醜く灼け爛れた顔には一切の面影が無い。「アババババーッ!熱い!熱アババババーッ!」

ゴーン……!ゴーン……!ゴーン……!再び鐘が鳴った。午前0時14分53秒。午前0時より893秒経過。獣の時間。

鐘の音と共に天使のラッパが、否、ヤクザスラングと銃声が轟く!「ザッケンナコラーッ!」BLAM!BLAM!

「アバグワーッ!」ルビオが、否、炎の魔人が肩に被弾しよろける。

KRAAAAASH!「最期の晩餐」を描いたステンドグラスをヤクザキックで蹴破りつつエントリーしたその男は!「贖罪の天使、ヤクザ天狗参上!」

「アババババーッ!ドーモ、ヤクザ天狗=サン、ファイアトーメントで」火だるまのニンジャがアイサツを返そうとする。アイサツをされれば返さねばならぬ。たとえニンジャソウルの闇がもたらした炎によって、生きながら焼かれている最中であろうとも。

「スッゾコラーッ!」BLAM!BLAM!BLAM!アナヤ!アイサツが終わりきらぬうちの発砲!ニンジャ世界ではあり得ぬシツレイ!しかしヤクザ天狗はモータルなのだ!ニンジャの礼儀を守る必要無し!

「イヤアバーッ!」ファイアトーメントは突如、礼拝堂の壁に走り寄って垂直に走り登る!重金属弾命中せず!ハヤイ!

ヤクザ天狗は冷静にサイバネアイのロックオン機能で敵ニンジャの機動をトレースし……、「アバイヤーッ!」ファイアトーメントは上りきった壁を蹴って長椅子に飛び乗り、そのまま六連続側転ののち床を蹴って先ほどとは逆の壁に飛び乗り、さらに壁を蹴ってトライアングルリープを決め、再び長椅子に飛び乗る!「なんだと!?」ナムサン!あまりの速さと動きのランダムさにトレース不可!

「トレース不可」「ハヤイ過ぎる」「シックスゲイツ級」のアラートがヤクザ天狗のサイバネ視界を埋める。BLAM!BLAM!BLAM!全弾回避……、否、それにしてはフェイントが過剰だ。ナムアミダブツ、ファイアトーメントはヤクザ天狗の弾を避けているのではない、己の炎から逃れようとしているのだ。

その鋭い機動により、一時的に顔の炎は搔き消えるが、「アバッ、アババババーッ!」邪悪なるニンジャソウルは内側から彼に火を放つのだ。最早、死ぬまで終わらぬ拷問めいたカトン・ジツだ。

ヤクザ天狗はニンジャハントに不都合な礼拝堂内から一旦脱出すべく

「アバイヤーッ!」「グワーッ!?」一瞬の、隙とも言えぬほど小さな隙を突かれ、ヤクザ天狗はニンジャにマウントを取られた。

「アババババーッ!助けてアババババーッ!」ニンジャが悲鳴を上げながら掴みかかってくる。「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」ヤクザ天狗が苦悶の叫びを上げる。肉の灼ける嫌な臭いが立ち込める。恐ろしいことに、ヤクザ天狗の高級スーツや天狗オメーンには一切の損傷が無い。ファイアトーメントの炎は人間の肉体のみを焼き苛む。ファイアトーメント自身の肉体も例外ではない。「アババババーッ!苦しい!アババババーッ!」おお、ブッダよ、寝ているのですか!

「許しアババババーッ!」その間、ノジミは祈っていた。ヨダレと鼻水と失禁でベチャベチャになりながらも、愛する男のために祈っていた。「……ブッダでも!オーディンでも、天狗でも死神でも誰でもいい!彼を救って!」

……ゴーン……!ゴーン……!ゴーン!

午前0時16分16秒3。ヤクザ天狗登場から89.3秒経過。獣の時間。

「グワアアアアア!」焼き苛まれながらも、ヤクザ天狗は拳銃をファイアトーメントのこめかみに押し付けた。

「汝らに……罪無し!……ブッダ……エイメン!」BLAM!

「アバーッ!」ファイアトーメントは逆のこめかみから灼けた血と脳漿が噴き出した。

「ルビオ!」ノジミが駆け寄った。既に顔の炎は消えている。「アアアアア……」「ルビオ!もう大丈夫よ!……会いたかった!」ノジミは手を差し伸べる。

「アアアア、ノジミ……」ルビオはその手を握り返した。そして、「ノ、ノジミ……サヨナラ」ルビオの肉体が崩れ、灰の小山となるのを、ノジミは呆然と見送った。背後に、ヤクザ天狗が立った。

ヤクザ天狗はノジミを優しく、しかし力強く立たせると、灰の山を繰り返し殴りつけた。「ザッケンナコラーッ!ザッケンナコラーッ!ザッケンナコラーッ!」その背中は哀しみに震えているようだった。

しばらくして、ヤクザ天狗はゆっくりと立ち上がり、左手で火傷を抑えながら礼拝堂の外へと出ようとした。「ヌウウウ……」エントリー時とは異なる、苦しげな歩みだった。

ノジミは肩を貸そうと歩み寄りかけたが、ヤクザ天狗は厳かに右掌を向け、断った。「私が……あやつらを解き放ったのだ……すまんな、本当にすまん」

ヤクザ天狗が礼拝堂の外へと出たのを見送ったのち、ノジミはブレスレットを握りしめていたことに気づき、声を上げて泣いた。

……………………………

ヤクザ天狗は苦心しながら、ヤクザモービル「クルセイド」の運転席ドアを開け、中に転がり込んだ。全弾撃ち尽くし。身には重度の火傷。今日も紙一重の勝利だった。

ヤクザ天狗は左掌の中を見た。エメラルドのピアス。同じ灰の中にあったブレスレットは取るに足らぬ既製品であったが、このエメラルドはなかなかの値打ちものと思われる。これで医療費や重金属弾、その他の必要な経費を賄える。

モービル内の盗聴スピーカーや盗撮モニターは、新たなニンジャの暴虐を伝えている。

「すまんな、本当にすまん。聖戦にはドネートが必要なのだ」ヤクザ天狗はアクセルを踏み込む。現在時刻、8時9分3秒。獣の時間はまだ終わらない。





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