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自己紹介→祝*100記事目

noteを始めて1年と数ヶ月。記事もこれで100本目。

きっかけは、この記事を声を大にして言いたかった、聞いてほしかった

イッくんの行動を見て、ハッとさせられ「ありがとうの大切さ」を改めてかみしめました。

みんながこういう行動をとれるようになったら、人間関係もギスギスしないだろうな・・・

ということで、すぐに夫に伝え、夫婦で、ちょっとしたことでも「ありがとう」「お願いね」と言うように。

改めて、「自己紹介」してみようと思います。

子どもたちを教える立場(ピアノ教室、小学校講師)

私は、教育学部で学び、小学校、幼稚園の教諭免許を取得。

教員を目指したきっかけは、中学時代、友人に定期テスト前「数学」を教えてあげたら、とても評判がよく、「教えるの、楽しい」になったのでした。

非常勤講師として、小学校、中学校、幼稚園と働きました。
小学校の仕事の時に、実母の介護と両立しなければならなくなった時、往復9時間、面会1時間。心身共に疲労困憊になり、途中で離職させていただくことに。それ以降は、自宅にも高齢者がいるので、ピアノ教室1本でいくことに。

絵本の読み聞かせボランティア

結婚して、初めて電車から降りて、最寄り駅を出た時・・・
「合宿で来るような場所・・・」
というような印象でした『ようこそ海の町○○へ』

夫の土地、家に入り、近所にコンビニもありません。
食料品を調達するスーパーもどこにあるのか?

私用の車を購入してもらい、ようやくスーパーに行けるように。

知り合いも友達もいません。

長男を産んでからは、公園を見つけては、同じくらいの赤ちゃんを見つけては片っ端から声を掛けました。
常連さんになると、そこから、「時間を決めて集まろう」と、
『育児サークル』を作りました。

長男が小学生になり、図書館での「読み聞かせ講座」に参加すると、育児サークルのお仲間がいて・・・

『読み聞かせボランティアグループ』を立ち上げました。

地元の小学校で講師をやったこともあるので、学校に出向き、『絵本の読み聞かせをやらせてください』という交渉をしたところ、3小学校でやることに。

長男が小6の時、学区内の中学校が「荒れている」という噂を耳にし、その中学校に出向き、『1年生だけでいいので、絵本の読み聞かせをやらせてください』とお願いに行きました。

当時の教頭先生が、とてもマメで、月に1回、1年生3クラスと支援級で半年くらいやらせていただき、3月には、「中学生への読み聞かせ」についての、感想・意見を聞いて、アンケートにしてまとめてくださいました。

同居嫁

私は、核家族で、口出しもほぼしてこない、両親にのびのび育てられました。

興味があること以外は、全く頭に入らない、「無知」な人間に育ちました。

学生時代、「体育会系」で、上下関係の厳しい部活に入り、『飲み会』の席で、「先輩が来たら、席を立ち、深々と礼」「先輩が座るまで起立している」「先輩のグラスが空いたら、即注ぎに行く」「ビール瓶が来たら、乾杯に入る直前に、一気に栓を抜く」後者2つが、空気を読んでタイミングを見なくてはいけないのですが、とても苦手でした。

学校現場に入っても、若い人が、朝礼の前に「お茶出し」をしなければいけなかったのですが苦手でした。
「○○先生のカップはこれ。飲み物は、コーヒー、砂糖入り、ミルク入りなどなど・・・」

同時に、嫁に行った先でも、「10時、3時のお茶」「お客様がいらした時のお茶出し」も苦手でした。『おちゃおけ』←うちの方は、お茶と一緒に出すお菓子のことをこう呼ぶ。

何のお菓子をどのくらい入れ物に入れて出せばいいか、わからず、苦労しました・・・

夫婦で「今後の生き方」を考える

現在、息子二人とも、親元を離れ、一人暮らし。←社会人、大学生

私の年齢もそれなりにいったので、町、地域の重要な役回りもお願いされるようになりました。

コロナ禍という事もあり、元気な義父母がずーっと家の中を占拠していて、私たち夫婦の居場所がなく、息子である夫が壊れてしまいました。

私が壊れてしまった時には、夫に支えてもらったので、今度は私がなんとか考える番・・・今、修復の方法を模索しているところです・・・

人生、何が起こるかわからないですね・・・

義父母よりも先に逝かないように、自分たちの心と身体をいたわりながら、この先の人生について、夫婦でよく話し合って生き抜いていきたい。

* * * * * * *

私の日々の活動&考えていることのまとめ

今後ともよろしくお願いいたしますm(_ _m)

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