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ハバナのひとよ③

喫茶店のドアを控えめに開ける。
もちろん、いらっしゃいませの言葉はない。
誤解を生まないように添えておくが、入店時挨拶なしは加点要素である。
良い喫茶店と良い古着屋の共通項だ。

店内に大音量で流れる、ジャズの名盤たちの音圧が身体にビリビリと響く。
彼が「名店しか知らない男」というのはどうやら本当のことのようだった。
圧倒されながらも、薄暗い店内で色男の姿を探す。

男を見つけるのには2秒と掛からなかった。

ストライプ入りのダブルのスーツに身を包み、
ハイライトを深く吸うその姿は彼以外に誰が当てはまるだろう。
顔を見ずとも断言できた。

『どもッス………』

音楽に集中している客たちを気にしながら、
伊勢佐木町公演ぶりの再会を祝した。(たった3ヶ月ぶりだが)
彼とは、
旅のこれからのことや、互いの近況のこと、
市内の"""名店"""についてのあれこれを話しては、煙草で灰皿を埋めていった。

『ほな、いきますかァ…………』

彼と示し合わせると、
""新規営業""がてら「北酒場」へと向かった。

『今夜の恋は 煙草の先に 火をつけて くれた人…🎶』

これは細川たかしのレコード大賞受賞曲「北酒場」のワンフレーズである。
演歌路線の彼の持ち曲の中だとPOPS要素の強い異色の曲だ。
初の北国の盛り場訪問に、私の心は北酒場のリズム感が似合いなほどに高揚していた。

さて、スナックへの新規営業だが、
この分野においてはGoogle Mapの下調べが極めて難しい。
そもそもMAPに載ってもいなければ、
載っていたとしても、口コミはボケたジジイ達の宛にならない抽象的なコメントばかりだからだ。

一軒一軒訪問しては料金形態を尋ねるのも面倒なので、
ほぼほぼ決め打ちで良さそうだと思う店に入った。

店に入ると、
ショートカットのママが
「まだ準備中だけどいい?」と前置きしつつも、受け入れてくれた。

比較的オープンしたばかりというこの店は、
我々を除きノーゲストということもあり、
「ほいだら…」とばかりにマイクに手を伸ばす。

私は、ろくでなしの男である自身を戒めるかのように「落陽/吉田拓郎」からスタートした。
(戒められていません)
それに対し、彼は「季節の中で/松山千春」を入れる。
きちんと義務教育を修了した方ならもうお分かりだろう。
そう、いずれも「北海道に縁のある歌」だ。

そこから我々は歌いたいままにデンモクへ曲を入れた。
安全地帯、矢沢永吉、黒澤明とロス・プリモス、
鶴岡雅義と東京ロマンチカ、内山田洋とクール・ファイブ、
箱崎晋一朗、細川たかし、江利チエミ、森進一など。

髪型も相まって玉置浩二の再来を彷彿とさせる。

そう久方ぶりでもないが彼の生歌は、飽くことを知らず、私を楽しませた。選曲の素晴らしさもさることながら、人を惹き付ける魅力がある美声に私は惚れ込んでいる。

スナックの料金形態が思いの外、高かったため我々はキリの良いところで店をでて、
そのあとは名店しか知らない彼に「答えバー」の数々を案内してもらった。
気づくと私は札幌という街自体に耽溺していた。

ジャズバーに入らずんば…

夜も更けるころ、
「ほな、明朝10:00に某所で…………」
と簡単に約束し、解散した。

ここには書ききれなかったが、
1日で濃密な体験をした私は、脳がそれを処理するのに時間を要した。
ホテル時計台に戻って今日をゆっくりと振り返り、
「都会の天使達」をスマホ越しに眺めては、あすの"""湯治"""に向け気分を高めた。

すすきのの夜は十分すぎるほどに更けていた。

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