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なんでもロボット


超高層ビル達が建ち並ぶ。このビルから見る限りでは、少なくとも水平線の向こうまでこのビル群は続いており、あまりにも無機質な街並みだ。ビルの頭は雲に届きそうなくらい遠くに見える。

そんなビルのうちの一棟、その65階。そのベッドに横たわっているのは、この部屋の住人、Y氏だ。妻と二人で暮らしており、商社に勤めている。

明け方のビル群は、日光に照らされ、地面に大きな影を作っている。それから一時間もすれば、ビルの頭の方だけが日光に晒され、目覚ましと共にカーテンが自動的に左右に開く。それに釣られるようにカレンダーはモーター音と共にめくられ、昨日の日付が書かれた紙はカレンダーの一番後ろに仕舞われる。

窓は自動で厚さを調整し、特別な加工で光だけを取り込み、部屋の中は適切な明るさに調整される。部屋にあるエアコンのようなものが部屋の中を適温、そして新鮮な空気で満たしてくれる。

Y氏はベッド横にあるその機械のノブを調整し、気分転換にいつもとは違う匂いで部屋を満たした。

Y氏がベッドの上で伸びをしていると、どこからともなくアーム付きの椅子が伸び、Y氏はそれに座る。するとそのままY氏はシャワールームに運ばれる。

脱衣所で勝手に彼の服は脱げ、生まれたままの姿でシャワールームに入っていく。シャワーの下にY氏が座ると、自動的に背もたれが倒れる。自動的に彼の顔にはシェービングフォームが塗られ、壁から伸びたアームが剃刀で優しく髭を剃る。また、他のところからもアームが伸び、頭、体を自動で洗浄してくれる。

全身を綺麗にし終わると、「お湯が出ます」という声とともに、Y氏の全身は洗い流される。するとすぐに風が吹きつけ、全身はタオルを使わずともすっかり乾いた。するとまたすぐに顔に化粧水などが吹きつけ、身支度が完成する。

そして、もう一度椅子に座ると、日課通りにY氏は勝手に食卓に運ばれる。

キッチンにいる妻は、

「トーストと半熟の目玉焼き、作ってますからね」

と、Y氏に話しかける。Y氏は

「ありがとう」

と一言言い、既に机に用意されていたコーヒーを飲みながら、食卓の窓から見えるビル群を眺める。

しばらくすると、妻がこちらに歩いて来て、

「どうぞ」

とトースト、目玉焼きを食卓に配膳する。

Y氏は「いただきます」と言い、トーストを一口齧る。

Y氏が不意にテレビに目をやると、勝手にテレビは起動する。ちょうどテレビを付けようと思ったところだった。

テレビを観ながらY氏は、

「今日の予定は?」

と話す。すると天井から、

「今日ハ、9時に出社、11時カラ会議、12時カラ13時ハ休憩、15時カラ再ビ会議、18時ニ退社。18時30分カラS氏トディナー、22時ニ帰宅ノ予定デス」

と声がする。

「今日は夜ご飯を食べてくるから」

と、Y氏は妻に伝え、テーブルの上のボタンをY氏が押すと、テーブルの天板が開き、管の中に皿は通され、食洗機の中に入って行く。

先程からずっと座っている椅子がY氏を玄関に運ぶと、どこからか香水が吹きつけ、いつもの香りでY氏を包む。Y氏は「行ってきます」といい、ドアを開けると、空中トロッコがやって来て、それに乗り込むと、あっという間に会社へ送られた。


それから何日も経って、また朝がやってきた。Y氏は定刻に目覚め、ベッドでいつものように伸びをしていたが、いつになってもアーム付きの椅子がやって来ない。

「そうか、今日は一年に一度のメンテナンス日か」

メンテナンスの日は、毎日ロボットが勝手にやってくれている日課を、自分で行わなければいけない。

Y氏は、エアコンのような機械のノブを動かし、部屋の中の空気を適温、新鮮にした後、自分の足で立ち上がり、カレンダーを自分の手でめくる。

Y氏は眠いままの足で洗面所へ向かい、自分で服を脱ぎ、シャワールームへ入る。椅子がないので立ったままシャワーを浴びることにした。

自分で顔にシェービングフォームをつけ、カミソリで剃る。そして、自分の手で頭と体を洗い、自分でボタンを押してシャワーを出し、自分でボタンを押して体を乾かす。そして化粧水をつけ、用意しておいた服に着替える。

服を着替えたら、食卓へ向かう。いつもとは違う食卓の椅子に腰掛け、外の景色をいつものように眺めた。しかし、いくら待ってもコーヒーすら用意されない。そればかりか、キッチンから物音すら聞こえない。気になってY氏がキッチンへ様子を確認しに行くと、妻はキッチンで動かなくなっていた。

ここでY氏は自分の妻がロボットであったことを思い出した。

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