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犬にも車イス。ボクサー界のパラアスリート #いい部屋ペット

2021年、夏、ハンディがあっても、それを弾き飛ばして活躍するパラアスリートの輝きに感動しました。

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2021年3月。都庁前にて。仲良しのイタリアン・グレーハウンドといっしょに遠足

実は私も6年ほど前に「一生車イスになるかもしれません」と言われたことがあります。「黄色靱帯骨化症」という難病になってしまい、背骨の手術をしました。私の背中には、今も大きめのムカデのような手術痕があります。手術は成功し、車イス生活は免れましたが、術後半年間ほど完全寝たきりの生活をしました。

当時のブログを読み返すと、改めて今よく歩けるように戻ったなぁ、と感慨深いです。私の場合、いちばんのモチベーションは「何がなんでも犬の散歩に行きたい。これからも犬と暮らしたい」→「だから歩けるようになりたい」でした。本気で強くそう思い、リハビリや疼痛管理の勉強をして実行しました。

今ではうちの犬たちと毎日散歩に行くことができています。私にとって犬の散歩は、今でもいちばんのリハビリです。

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「家族みんなで散歩に行く。歩く。」というこの当たり前のことが、当たり前でなくなるのは困る。それは私もメルも同じ

ともあれ、厄介な病気になったおかげで、ハンディキャッパーや車イス・ユーザーの気持ちが少し理解できました。そして健常者であっても、いつ誰がある日突然ハンディキャッパーになるかわからないということも痛感しました。

また、生きている限り生き物は誰もが老化します。それとともにハンディが起きやすくなります。足腰が悪くなったり、排泄のコントロールがうまくできなくなったり。それは、ヒトも犬も同じです。犬の方がヒトより寿命が短いので、先代の犬たちの晩年を見て「ああ、自分もいつかはこんな風に老いていくんだな」とか「犬も好んで老いているわけではないしね」と感じ、犬だけでなく、自分の親や、世の中のご老人(たとえば横断歩道がピコピコしているのに渡りきれないなど)にも優しい気持ちになれた気がします。

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2021年5月。車イスがないと、腰が立ちません。座ったまま進むしかないので、やわらかい芝生や砂浜以外では傷だらけになってしまいます

病気や老化でハンディが生じたとき、いかに痛みや不自由さを取り除いてあげられるか、どうすれば人生(犬生)のQOL(クオリティー・オブ・ライフ。生活の質)を向上させることができるか。

犬の場合は、飼い主の価値観、信条、経済力などによって、その扱いは大きく変わります。「寝たきりでもいいから、1日でも長く生きていてほしい」という人もいれば「歩けないなら安楽死をさせた方がいい」という人もいます。どれが正しいかは、私にはわかりません。

ただ、幸か不幸か痛みがない(つまり麻痺)なら、私は犬にも「車イス」という選択はアリだと思います。後ろ足は動かないけれど、上半身は元気いっぱい、食欲もやる気もいっぱいという犬はいます。たとえば脊髄を損傷する疾病や事故の場合です。若くしてガンや交通事故で断脚(足を切断)するケースもあります。

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車イスがないときは、スポーツタオルやハーネスでメルの腰を持ち上げて散歩をしていました。これ、飼い主の腰が壊れそうになるんです

うちの11歳のボクサーのメルも、昨年夏前くらいから、なんとなーく後ろ足の運びが悪くなってきました。でも痛がりはしません。痛みをともなわず、ゆっくりと進行し、最終的には死に至るコーギーやジャーマン・シェパード・ドッグなどに多いDM(変性性脊髄症)の可能性もありますが、確定診断は、死亡後に解剖して遺伝子検査をしないとわかりません。

どちらにせよ、歩かないと足以外の筋肉も落ちていく。心肺など内臓の機能も落ちそう。オシッコを我慢して膀胱炎がひどくなる……など、全身への影響が考えられます。

何よりも活動的な犬にとって運動は、食べることと同じくらい本能的な悦び。散歩に行かないと、脳や体への刺激が少なくなり、楽しみが減る。犬も認知症になることもある。寝たきりになる日が1日でも先延ばしになるように、できることをした方がいいんじゃないか、と私は考えました。

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前回の記事で紹介した同居犬のウシちゃん。健全な犬なら、走るの大好き! 犬はみんな生まれながらのアスリート!

しかし「まだメルは歩けてるしな〜。車イスはまだ早いよね」と思っていたところ、経験者の友人から「車イスは、まだ歩けるうちから使った方がいいよ、早く慣れるよ」と教えてもらいました。なるほど。完全に不自由になってからでは、力の入れ具合や進み方がわからないだろうし、ガラガラ音のでる不審物を装着されたら不安も強くなるはず。

最初のうちは「車イス」というより「歩行器」という感覚でいいんじゃないかな。筋肉を維持するためのリハビリ道具。そう思い直して、すぐ買うことにしました。

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2021年春、東京ビッグサイトで開催された日本最大のペットイベント「インターペット」でも新しい車イスのメーカーが出展していました。動物用の車イスや介護用品はどんどん進化しています

うちは友人の評判もよかった「ポチの車イス」(神奈川県厚木市)で車イスを購入することを決めました。メルを同伴し、体のサイズを採寸して、足の状態も確認してもらいました。メルにぴったりの車イスをオーダーメイドで作ってくれるのです。

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親切で犬によく馴れている「ポチの車イス」のお父さん。まずは測定車(採寸・計測用の仮の車イス)にメルを乗せて、体格や足の麻痺具合を確認し、メル仕様の車イスを考えてくれます

そして待つこと約2時間。思ったより早く車イスが出来上がりました。
あら、アルミ製でずいぶん軽い。強度は大丈夫?と聞いてしまいました。でも軽さって大事なんだそうです。重いと、犬が嫌がって動かなかったり、犬の体の負担になるそう。なるほど、使ってもらえないのは本末転倒ですものね。

さあ、装着してみましょう!メルは最初に少し「あれ?なにこれ?」という顔はしたものの、すぐにシャンシャンと歩き出しました。もっと嫌がるかと思ったのに。個体差はあると思いますが、メルがまだ歩けるうちだったというのが功を奏したのではないかと思います。メルはすぐ理解し「これ、歩けるじゃん!走れるじゃん!」という感じで小走りしていました。びっくりするやら感動するやらです。

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舗装路以外の山道だって、ガンガン行けちゃう!

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海岸の砂浜も平気で進みます。前肢の筋トレにもよさそう。まるでウミガメのようなメルの車輪跡(笑)

去年の9月に車イスを作ってから1年が経ちました。メルの車イスのことをわが家では「メルバギー」と呼んでいます。毎日、1日4回(膀胱炎になりやすいので、朝・昼・夜・寝る前)の散歩に出動しています。DM(変性性脊髄症)だったら、半年くらいで寝たきりになるかと思っていたのに、まだちゃんと散歩しています。バギーで毎日散歩することがリハビリになり、病気の進行を遅らせているなら嬉しいです。

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2020年12月。まだなんとか歩けていました。砂浜では「メルバギー」をはずして、自分の足で歩く練習。アルミ製で片手で持てる軽さだから、扱いやすい

徐々に後肢麻痺は進んでいますが、それでも本人は自分の足で歩いているつもり(笑)。「ドライブに行くよー」と言うと、バギーをつけたまま、車の後部座席に乗り込もうとするほどです。犬の自信を失わせない、という点でも車イスは意義があります。

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箱根・芦ノ湖へも旅行しました。健常な犬と同じように活動できます

同居犬のウシちゃんは若くて元気バリバリなので、もれなくメルも自然の中へ遊びに行きます。舗装されていないところにもガンガン行きます。そのためか、今年6月にパイプが金属疲労で折れました。8月にはビス穴が広がって、タイヤがはずれそうになりました(メルバギーを酷使しすぎ!)。その都度、大慌ててで電話するのですが(車イスがないと歩けないので、オシッコ・ウンチを我慢してしまうのです)、いつも快く修理してくれるので、非常に助かっています。

「壊すくらい使ってくれて嬉しいよ。また壊したら持っておいで」と、メルの頭を撫でてくれました。なんて温かいお言葉(涙)。足の麻痺が進んで四肢麻痺になったら、二輪車から四輪車に改造もしてくれるそうです。

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修理完了! 直ったー!! よかったーーー。親子2代で動物の車イスづくり。お父さん、嬉しそうにメルの写真を撮ってるし。微笑ましい

お店は、採寸など時間がかかるので予約制なのですが、ひっきりなしにお客さんが交代でやってきます。コーギー、ダックス、柴犬、ハスキー……。ついつい取材癖で観察してしまうのですが、家族みんな笑顔で帰って行きます。車イスは、犬の大きさや症状により値段に幅はありますが、だいたい3万円〜7万円くらい。安い買い物ではないですが、それでも日本には、愛犬に車イスを買ってあげて「よかったね。これで歩けるね」と嬉しそうに帰る飼い主さんがこんなにたくさんいるんだと、胸が熱くなりました。

メルは車イス・ユーザーになって1年になりますが、後肢の筋肉は落ち、麻痺も進んではいるものの、まだ自分の前足の動力で、散歩に行くことができているのは、この車イスのおかげです。山や海のニオイを嗅いだり、犬友達にも会ったり、いい刺激をいっぱい受けています。「メルバギー」は、間違いなくメルの「犬生」のQOLを向上させてくれ、家族がメルの介護をするサポートもしてくれています。

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「歩くことは、生きること」。歩けなくなって初めてわかる、ありがたさです

ボクサーはほかの犬種よりも短命な犬種ではありますが、メルにはこれからもボクサー界のパラアスリートとして、そして「犬にも車イスがあると、自由に走れるよ〜。老後が豊かになるよ〜。まだまだ若いもんには負けないぞ〜」を体現するレジェンド(笑)として、生き生きとした晩年を過ごしてもらいたいと思います。

そもそも犬は、自分にハンディがあるとか、麻痺があるとか、不自由さがかっこ悪いなどとは1ミリも思っていません。毎日犬らしく、おもしろ楽しく、美味しく!動けば、おなかも減るでしょう。この笑顔を見るために、これからも飼い主は頑張ります。

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取材協力:ポチの車イス https://pochinokurumaisu.com
プロフィール
白石かえ
広告のコピーライターとして経験を積んだ後、動物好きが高じてWWF Japan(財)世界自然保護基金の広報室に勤務、日本全国の環境問題の現場を取材する。
その後フリーライターに。犬専門誌や一般誌、新聞、webなどで犬の記事、コラムなどを執筆。現在、ボクサーのメルちゃん(メス)、ポインターミックスのウシちゃん(オス)、ニンゲン2と暮らしている。趣味は、犬と野山へ行くこと。
▶執筆サイト:dogplus.me 犬種図鑑
▶ブログ:バドバドサーカス
▶主な著書:
東京犬散歩ガイド
東京犬散歩ガイド武蔵野編
ジャパンケネルクラブ最新犬種図鑑』(構成・文)
うちの犬—あるいは、あなたが犬との新生活で幸せになるか不幸になるかが分かる本

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