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『攻殻機動隊』誤訳検討[2巻 3章後半~4章]

本記事は『攻殻機動隊』漫画原作の2巻『Manmachine Interface』を英語版誤訳チェックのパート2です。パート1はこちらです。併せて御覧ください。では早速見ていきましょう。

※講談社のDeluxe Edition Complete Boxed Setを使用し、ページ数の表記はそちらに準拠します。
※画像はスマホ撮りかつ縮小で見づらいかと存じますが、ご了承ください。

03章

p.80

日:第5レベルの知覚野にセット!

英:第5レベルの知覚野をセット!

「第5レベルの知覚野に用意したウイルスをセットしろ」という意味です。


p.82

日:前回の到達地点を通過しました!

英:設定地点を通過しました!

"前回の通過地点"とは、ロヴの通信を逆探した際に辿った衛星のことです。ロヴの通信からは犯人を特定できなかったので、ウイルスを送り込んで前回は終了しました。ところが、不注意により同僚のレブリスがロヴのウイルスに感染します。素子はそれを好機ととらえ、レブリスから犯人への通信をリアルタイムに追跡することで犯人を特定しようとするのです。リアルタイムであることにより、前回到達した衛星を超えても通信を追跡できるということでしょう。


p.82

日:やっぱりモナビアか なンかひっかかるわね〜

英:モナビアってところが なんかひっかかるわね

細かいニュアンスの話です。「最終的にモナビアにたどり着くのは当たり前ではあるが、それでも何かしっくりこないところがある」という意味が含まれています。このサイバー戦は元々、モナビアにあるブタ臓器工場への襲撃から始まりまったものです。素子によるウイルスの逆探が始まったのも、直接の襲撃犯であるモナビアテロリスト組織を追っている最中です。ゆえに、逆探の結果モナビアにたどり着くのはおかしなことではないのです。

にも関わらず素子がひっかかると言っているのは何故か。それは、ブタ襲撃犯を逆探しているつもりだったのに、途中で相手が入れ替わっていたからです。逆探を進めていく最中に「この相手の対応はブタの襲撃犯とは違うような気がする」という直感があったわけです。探索の初期段階で、AIが敵からの逆探を検出したことがありましたが、その時点でブタ襲撃犯とは異なる別の相手に切り替わっています。その際に、素子は相手の反応の妙な速さに違和感を覚えています。だからこそ、モナビアにたどり着いた時にもひっかかっていたわけですね。


p.84

日:
(素子)でも それにしちゃ機圧が低いし迎撃も鈍い
(AI)フリしてるだけかも
(素子)何の為に?

英:
(素子)うーん CPU圧も迎撃もひどく弱い
(AI)そういうフリしてるだけでしょうか?
(素子)でも何の為に?

"それにしちゃ"という語句とそのニュアンスが省かれています。"それにしちゃ"とは"AIにしては"という意味です。素子側のAIは「敵は人間のフリをしているAIなのでは?」と推測しているのです。

"AIなのか人間なのか分かりにくい"という性質は、相手の正体に関するオチと繋がっているので、丁寧に訳す必要があります。


p.84

日:無線経路を抑えました 有線上の物理断線を回避可能

英:無線経路を抑制しました 有線回路を物理的に切断することは避けられます

これも主語の省略による誤訳ですね。正しくは「敵の無線通信を掌握しました。敵が有線通信を物理的に遮断したとしても、それを迂回して接続し続けることが可能になります」という意味です。


p.85

日:あれれ 第5レベルに入っちゃった 敵のハードは変わっています

英:おっと 第5レベルに入りました 敵のハードウェアは変化しています

「敵のハードウェアは奇妙だ」という意味であり、変化しているということではありません。敵の脳の第3レベルを突破した直後、第4レベルを飛ばして第5レベルに到達したので、AIが不思議がっているという場面です。後に判明した通り、この敵は並列化したブタヒト脳であったため、ハッキングした時の反応が普通の人間の脳と違っていたわけです。


p.90

日:危ない危ない 反射型のデコイか

英:危ない!反射型のデコイよ!

単純な誤訳ですね。「危なかった」の意味です。


p.91

日:地雷と抗免疫因子群対策をレベル7に!

英:地雷除去と抗免疫因子群をコンディション・ブルーに!

以降、この種の例を拾うのはやめますが、レベル7をコンディション・ブルーに変えるのは、現代的な基準ではあまり好ましいローカライズ方法ではありません。また、「"敵の地雷"への対策および"敵の抗免疫因子群"への対策」です。これも冗長な文章による誤訳ですね。


p.93

日:ヒト脳は記録上0件ですが 探査結果は100%です

英:探査は100%完了 ヒト脳の記録は0件でした

意味が逆になってしまっています。「ブタを実際に探査した結果、発注記録に無いヒト脳が全てのブタで見つかった」という意味です。公式記録に残さないまま、大量のヒト脳が製造されていたのです。


p.94

日:どこで入れ違ったのかしら?

英:でも どうしてこうなったのかしら?

素子の本来の追跡相手は"ブタ襲撃犯"だったはずです。ところが追跡の末に見つけたのは"襲撃対象のブタ"でした。ブタを襲った犯人と、密かにブタヒト脳を作っていた犯人。この"入れ替わり"の部分を訳してあげないと、何が面白いシーンなのか分かりません。


p.94

日:オフの職員含め電脳スタッフに動きありません

英:レイオフされた職員および電脳スタッフに影響ありません

二つ間違いがあります。オフとは休暇中の意味であり、また監査の対象は全て電脳スタッフです。「勤務中・休暇中に関わらず電脳化したスタッフを全て調べましたが、ブタヒト脳製造に関わったような痕跡は見つかりませんでした」という意味です。チェックを電脳スタッフのみに限定しているのは、外部からの電脳ハッキングによる犯行とみなしているからでしょう。


04章

p.98

日:書類上はキューバに存在する筈の潜水艇支援母船仕様フロートブロック内部

英:キューバ所有とされている潜水艦支援船と(書類上は)同等のスペックを有するフロートブロック内部

"書類上"という言葉がかかっているのは"キューバに存在する筈"という部分です。つまり、このフロートブロックはキューバに無いのに、公式記録上はキューバに存在することになっているわけです。そして"潜水艇支援母船仕様"というのは、通信や格納、着水揚収装置の機能を有しているということでしょう。何か特定の船とスペックを比べているわけではありません。これも文章の冗長さによる誤訳ですね。


p.105

日:あまり好ましい事じゃないが 隠す理由もないからいいだろう

英:見せるべきではないが 君は計画ファイルに全てアクセスできるのだから隠す理由もないだろう

警備状況をなぜ"隠す理由もない"のか、作中では特に言及されていませんが、こうやって付け足すのはあまり好ましくありません。


p.107

日:ただし武装はスタンのみ

英:武装はスタンモードに

この後の展開を見れば分かりますが、"スタンのみ"とは"スタンナックルのみ"の意味でしょう。別にモード切替のある武器を持っているわけではありません。


p.107

日:5分間親交談話し調印は遅らせる 後はレイアウトで対処する様に

英:よろしい 調印を遅らせるために5分間親交談話し その後しばらくレイアウトについて話す

"レイアウトで対処する様に"とは「5分間調印を遅らせる以上の対処は社長側ではおこなわないので、後は警備側のレイアウト調整によって安全を確保しろ」という意味でしょう。社長がレイアウトについて談話するわけではありません。


p.107

日:その様に電賊の侵入を簡単に許してしまうのは… ん?

英:我々がそんなに簡単に電賊の侵入を許すとお思いか…?

二つ間違いがあります。まず、ここで武官が言いかけていたのは「その様に電賊の侵入を簡単に許してしまうのは、そちらの責任でもあるのではないか?」という事でしょう。警備の責任問題を問おうとしています。そして、言葉の途中で「ん?」と言ったのは、まさに電脳に侵入されて体が勝手に動き始めたからです。次の見開きの最初のコマへの布石になっているので、忠実に訳してほしいところです。


p.111

日:全員2人1組(ツーマンセル)で互いを監視

英:全員 指定のツーマンセルで互いを援護

援護ではなく監視です。既にウイルス感染した警備員が現れた以上、他の警備員のうち誰が警護対象者を襲うか分からない状況です。警備員同士で互いを監視させる必要があるわけです。


p.128

日:社長を『死人』にして隠す為放置したのか?

英:何かを隠蔽するために 奴らが公に社長を死んだように見せかけたのだと思うか?

文章の主語と、"隠す"の目的語を誤解しています。リー部長が聞いているのは「あなた(素子)は偽物の社長の暗殺をわざと放置したように思えるが、本物の社長を隠すために、社長が殺されたように見せかける工作をしているのか?」ということです。


p.128

日:そんなテは通じないわ

英:そんな方法は使ってこないわ

先程のコマで主語を誤訳したために、こちらでも誤訳が生じています。"そんなテ"を使うのは素子の側です。

もう一点。素子が使っているラップトップ端末から「ちぅちぅ」とネズミの鳴き声がしているのですが、そこが正しく訳されておらず、ただのビープ音になっています。


p.129

日:本来なら国連のNP(ネットポリス)か…今だとインドかシンガポールの電警に任せるべきだけど こんな事で社の機密壁が崩されるのもつまらないしね

英:通常は国連のネットポリスに任せるんだけど 今回の場合はインドかシンガポールに対処させるべきね 今回の結果ポセイドンのファイヤウォールが破壊されたりダメージを受ける事は避けたかったの

会話のポイントが理解できていない訳に見えます。まず、そもそも素子はここで「ネットポリスにも電警にも"任せない"」ということを言っているのです。犯罪行為が生じたのですから、以降の捜査は本来なら警察の仕事です。ですが、警察に依頼するということは、即ち警備を含む社のセキュリティシステムに外部の人間を入れることになります。警察の介入がセキュリティリスクを増してしまうわけです。本物の社長は殺されていないのですから、"こんな事"で警察を呼び込んでセキュリティリスクを増やしたくないわけです。ネットポリスか電警か、というのは単に事件発生の場所・状況次第で管轄が変わるというだけでしょう。


p.129

日:被害者が出るまで待つのは好きじゃない 防壁なんか組み直せば済むだろ

英:うーん 被害者が増えるまで消極的に待つのは好きじゃない 防壁を組み直したらどうだ?それなら…

「防壁なんか組み直せば済むだろ」というのは、「電警を呼び込むことでセキュリティリスクが生じたとしても、それはシステムを再構築すれば解決できる問題だろう。その程度のコストは払うべきだし、犠牲者が出るよりもマシだ。」という事でしょう。つまり、リー部長は警察をさっさと呼べと言っているのです。


p.129

日:あっ被害が出た!システム飛んじゃったわ 奴のウイルスは読み込みを拒むタイプね

英:おっと もうダメージが生じたわ!抗ウイルスシステムが飛んじゃった 敵のウイルスは全ての読み込みを拒否するみたい やるわね!

訳者はここで何が起こっているのか分かってないのだと思います。素子はこのラップトップに仮想の検体を構築して、敵のウイルスがどう作用するかシミュレーションをおこなっているのです。"システム飛んじゃった"とは、その検体シミュレーションが乗っている元のシステムが丸ごと落ちたということでしょう。読み込みを拒否する敵のウイルスが、仮想環境での感染後に大本のシステムを破壊したわけです。

加えて、「あっ被害が出た」というセリフは直前のリー部長の「被害が出るまで待つのは好きじゃない」という文句に対する皮肉となっています。その点も汲んで訳してほしいところです。

もう一点。ラップトップ内の仮想検体は、ウイルス感染後に「ゴロゴロゴロゴロゴロ ンガッ」という芝居をしているので、その点もちゃんと訳してほしいですね。単なるビープ音ではありません。


p.129

日:元の検体に感染した状態で開けるラットを捜し出してきて

英:元の体内で感染した状態で開く"ラット"を探して

先ほどの仮想検体のくだりを誤解したまま進んでいるため、この箇所も誤訳しています。先ほどは、仮想環境にて検体をウイルス感染させ、検体をチェックしようとするとシステムが破壊されました。ウイルスを分析するためには、同様の条件でちゃんと開くことのできるマシンが必要です。そのようなマシンを探してこいと、AIに注文をつけているわけです。


p.129

日:電脳もネットもダメよ!P(プロテクション)4 独立機(スタンドアローン)でね

英:電脳もネットもダメだわ… プロテクション4でスタンドアローン型なのか ふうむ…

さきほど注文したラット、つまり仮想検体を走らせるマシンについて、細かい注文をつけている場面です。


p.130

日:
(リー)今時身体制御がギムニ30のままって事ぁねえだろ 迷彩かけてやがる
(主任)それを言うなら擬態では?

英:
(リー)まさか 未だに身体制御にギムニ30を使ってるわけないだろ ソフトウェアオーバーレイに違いない…
(主任)身体も擬態していると思いますか?

訳者が士郎正宗の衒学について行けなくなっています。ここで語られているのは「迷彩/camouflageと擬態/mimicryは定義上どう違うか」という話です。迷彩とは環境に溶け込んで目立たなくなるような形態的特徴を指し、擬態とは自分とは異なる別の生物種に"見せる"ような形態的・行動的適応を指します。素子が古い身体制御ソフトを偽装している件について、リーは"迷彩"と言い、主任は"擬態"と言ったわけです。この場合、リーの言葉遣いの方が正しいということなのでしょう。


p.131

日:
(ハブ)メンテに知り合いがいるんで初期化してもらっちゃいました
(リー)……簡単だな…

英:
(ハブ)メンテに知り合いがいるんです…完全初期化の順番待ちで割り込ませてくれました
(リー)ったく…簡単そうだな!俺はまだ順番待ちだよ…

訳者は、社長警備の際にハブがウイルス感染していたという事を忘れたか、もしくはその事に気付いていないのかもしれません。警備の際にウイルス感染してあわや社長を襲いかけ、素子のロボットに制圧されたハブ。そんな彼が一瞬で初期化して職場復帰してきたので、リーが驚いているわけです。


p.135

日:電脳MM(マイクロマシン)が何世代か進んだら──

英:電脳とナノテクノロジーが何世代か進歩したら

電脳とはマイクロマシンによって拡張された脳のことです。ここでは、二つの異なる技術について語っているわけではありません。


p.140

日:さて こいつでどの辺まで手繰れるか

英:ふふ… こいつでどこまで操れるか…

"たぐる"を"あやつる"と読み違えています。社長を襲撃したウイルスを逆探知し、そのウイルスを送信したロボットの制御盤を抜き取り、犯人の居場所まで辿り着こうとしている場面です。


p.140

日:南海速配社で何か発送したのも覚えてない?記録を抹消したのも判らん?

英:何!?南海速配社で何か発送したのも覚えてない?自分の記憶が抹消されたのも判らん?

抹消された記録とは、発送の記録でしょう。記憶を消したと言っているわけではありません。(でも記憶に残っていない出来事についての場面なので、ややこしいですね。)


p.141

日:電脳探偵のアルグリン氏は毎度の事務所で仕事中です 予約のセボット飛ばしておきました

英:電脳探偵アルグリンはいつも通り事務所で仕事中です 彼の雇ったセボットたちは"トバして"おきました

後の場面で訪問先の警備セボットが潰されているのは事実なのですが、この文章単体では「アポイントメントに小型ロボットを送った」という以上の意味にとれません。過剰な意訳だと思います。


p.143

日:
(アルグリン)私の秘書が言う通りだ
(クロマ)一部はね

英:
(アルグリン)私の秘書が言うのももっともだ…そう思わないか?

2つ目のセリフはクロマのものでしょう。


p.144

日:
ハード面から手繰れるかも

英:
ハードウェアを通じてマニュアルで操れるかも…

二度目ですが、"たぐる"を"あやつる"と誤読しています。


p.147

日:この背面の皮膚感触は… ?! 現実のボディは単車に座ってるんだわ…… この感覚は断線警報(アラーム)にしとこう…

英:背面の感覚は何だ?私の物理的な肉体はまだバイクにある…とりあえず断線アラーム信号と考えておこう

断線アラームの意味を取り違えています。現実におけるバイク座席からの皮膚感覚が続く限り、素子の意識はクロマと繋がっています。逆に言えば、座席の感覚が無くなった瞬間、クロマと素子の意識が切れたということであり、警戒する必要が生じます。"アラームにしとく"とはそういうことです。


p.179

日:管制に9機も該当機があって衛星に映らない 妙なヘリだ

英:衛星に登録のない奇妙なヘリだが 管制には該当する機体が9機ある

"衛星に映らない"とは、そこだけマスク処理か何かされているのでしょう。管制に複数機があるのは、管制の情報を通じて第三者に現在地を特定されないようにするためだと思われます。そのように推理しながら読むのが楽しい作品ですので、訳す場合もSF的な説明を念頭に置いてほしいところです。


p.180

日:清掃局の回線で回収を切り上げ焼却場へ向かう様に指示を出して 発信機信号の様子を見てみる

英:清掃局の回線で回収を切り上げ焼却場へ向かう様に指示を出せ それで発信機信号の様子を見よう

ここで会話しているのは、"クロマを監視しているフラクト"と"素子のハチ型セボットを追跡しているキリー"です。このコマで喋っているのはキリーの方ですので、彼から清掃局に指示を出します。


p.180

日:ではこちらは「探偵にアレを持ち込んだクロマとかいう端末体」の追跡をヤマゾに任せて

英:了解 何にせよクロマは"アレ"を探偵にもちこんだので 残りの追跡はヤマトに任せる

「探偵にアレを持ち込んだクロマとかいう端末体」という極めて冗長な主語を訳するにあたって、会話のポイントがどこにあるのかボケているように思います。読者のための説明的なセリフなので、どう自然な言葉に置き換えるかは難しいところです。


p.182

日:フラクトよりコード6

英:フランスよりコード6

フラクトがフランスに誤植されています。


p.182

日:キリーにゲート設定

英:キリーに対してゲート解放

"キリーにゲート設定"とは、「敵(素子)を迎撃するにあたって、(このスターバトマーテルのシステムの部品である)キリーをゲートとして使うように設定しろ」ということだと思われます。


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1巻:本記事

2巻 1章~3章前半

2巻 3章後半~4章:本記事

2巻 5章前半

2巻 5章後半~6章

1.5巻

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